第71話:七日間の作戦会議
アナウンスから九時間が経過していた。
学園都市ギルド本部、地下二階の大型会議室。広いテーブルを囲んでいるのは、いつもの顔ぶれではない。自衛隊の二等陸佐、内閣危機管理室の次官補、ギルド連合の全国統括、それに学園の理事長代理。それぞれ違う上着、違う目的を持って同じ机に座っている。
モニターには五都市の被害マップと大扉の予備解放率グラフが映し出され、数値はまだ動き続けていた。
「七日では正面から攻略する兵力の集結が間に合いません。最低十日の準備期間が必要です」
自衛隊側が先に口を開いた。資料の数字は整っている。ただし、揃っているのと現場で使えるのは、別の話だ。
「各都市の遊撃部隊を分散展開し、第零共鳴炉への予備ラインを継続的に削り続けるべきでしょう。敵の修復速度を上回れれば、七日で本体の起動を遅らせる算段も立ちます」
ギルド統括が次の資料ページへ進めた。分散展開の配置図が映る。俺は黙って聞いていた。
どちらも正しい部分がある。どちらも今夜から使えない部分がある。正面集結は人員移動だけで四日かかる。本番まで七日しかない。分散展開は薄く広がりすぎて各個撃破される。昨夜の水路作戦は敵がこちらの戦力を誘導する罠だったことを考えれば、どちらの案でも同じ轍を踏む公算が高かった。
「七瀬さん」
田中が視線だけを向けた。
「どちらでもない」
机の上の地図を引き寄せ、マーカーで三点を打った。
「敵はこちらの動きをほぼリアルタイムで観測している。昨夜の封鎖作戦も、バックアップラインへの誘導だった。向こうはこちらの戦力配分を読み切れる前提で動いている」
「その読みを封じる手段が」
「ない。だから逆に利用する」
三点を繋いでΔを作った。
「偽目標を複数立てる。正面突入班、分散遊撃班、学園防衛の強化。それぞれ本物らしく動かす。敵がどれかに戦力を集中させた隙に、本命の侵入班を深層へ入れる。本命が読まれた時のために、本命に見せかけた囮を一つ追加する」
田中の眼鏡のブリッジがずり落ちた。
次官補が資料を行き来させ、独り言のように言った。
「分散と集中を、同時に見せるということですか」
「そうだ。敵の監視網を分割する」
「七日で可能ですか」
「五日で組む。残り二日を調整に使う」
ギルド統括が腕を組んだ。
「人員の手当ては」
「学園の候補生と、田中さんが動かせる現場班。自衛隊には正面陽動だけをお願いしたい。それで充分だ」
二等陸佐が机を指先で一度叩いた。考えを整理する癖らしい。
「本命班の編成は」
「状況次第で変わる。七日以内に手が増えれば組み直す」
「確定した作戦計画書を提示していただけますか」
「変数が多すぎて今は出せない。ただし偽目標の設計と動かし方の骨格は今夜中に出す」
理事長代理が静かに口を開いた。
「候補生を実戦に充てる前提なんですね」
「もう充てている。昨夜も今朝も、防衛線を支えたのは彼らだ」
異論は出なかった。
◇
六時間後、気象班から追報が入った。
大量の魔素が大気上層に蓄積しており、作戦期間中は魔素嵐が発生する確率が九割を超えた。衛星誘導と長距離砲撃支援が、気象条件から事実上使えない。
二等陸佐の顔色が変わった。
「遠距離支援なしとなれば、全てが近距離の現場判断に寄ります。指揮官の経験と、現場の練度に結果が直結する。リスクとして明確に提示しておく必要があります」
「分かっている」
二等陸佐がわずかに間を置き、それ以上は追ってこなかった。
「七日後、本命班が深層へ入る時、呼べる支援はない。通信も遅延する。その前提で機能する編成を組む。以上だ」
会議室を出ると、廊下にセナが端末を抱えて立っていた。
「どうなった」
「偽目標案が通った。五日で準備、二日で調整」
「気象情報、見た。魔素嵐だね」
「ああ」
セナが端末を閉じた。
「配信の遅延設定、今回は使えそう?」
俺は少し立ち止まった。遅延。D-Tubeが義務化した五分のディレイ。敵がこちらの配信を監視して動向を追っているのは、かなり前から分かっていた事実だ。
(……なら、その監視網ごと偽ルートへ引き込める)
「使える。むしろ配信の偽装を軸に組んだほうがいい」
「私もそう思ってた」
セナが端末を持ち直した。
「偽ルート映像を先に流して、敵の観測ドローンを空振りさせる。その隙に本命班が動く。映像と現実にズレを作れれば、五分の遅延は武器になる」
「具体的な設計は任せる。今夜から並行して走らせろ」
「了解」
俺は地図を脇に抱え直した。
偽目標は三つ。配信経路を使った情報偽装を追加で一本。本命侵入班は、映像の流れとは切り離した経路で深層へ入る。
七日ある。五日で組んで、二日で調整する。
決まっていないのは本命班の人選と、深層侵入ルートの最終確認だ。どちらも、セナが次の解析結果を出すまで待つしかない変数だ。
扉を開ける手を止め、廊下の窓から空を確認した。紫色の滲みは、朝より濃くなっている。




