第68話:五都市同時火災
午前四時十分。対策本部のメインモニターが、一斉に赤く染まった。
大阪。名古屋。福岡。仙台。札幌。五都市のエリアアイコンがほぼ同時刻に共鳴障害検知の警告へと切り替わっていく。付随情報が続々と流れ込んでくる。河川沿いでの魔物出現。変電所の爆発。港湾区画の火災。
待機していた候補生の一人が「なんだ、これ」と呟いた。誰も答えなかった。
「田中から通信です」
アーサーが端末を差し出す。
「七瀬さん」
田中の声から、いつもの余裕の滲みが削れていた。
「見えている」
「五都市、同時です。すでに各地の自衛隊と対災害特務班が展開を開始していますが、学園都市への中央支援は……」
「回せない、ということだな」
短い沈黙。
「はい。権限の範囲で、現地裁量の全面委任を正式に通告します。学園都市の防衛は、あなたに一任します。……申し訳ない」
謝罪のあとにまた間があった。俺から切った。
「師匠、見て」
セナが別の端末を向けてきた。学園都市の上空を示す魔素濃度マップが、リアルタイムで書き換わっていく。等高線が中心点へと収縮し、渦を巻くように変形していった。
「大扉直結現象、確認。上空の魔素流が収縮点を作ってる。ここだけが別の磁場の中にあるみたいに」
セナが言葉を切った。モニターの数値が表示限界に達し、低い警告音が鳴り続けている。
窓の外を見ると、空が変色していた。夜明けのはずの東の空が、通常の朝焼けとは異なるくすんだ紫を帯びている。魔素の高密度化が大気の光散乱まで変える、とセナに教わったのは先週のことだ。フェーズ・ベルの「黄ばみ」より一段深い色だった。
(三十年前も、こんな色だった。あの最深部で扉が軋んだ夜に)
敵は本起動の最終段階に移行したのだ。
「師匠」
セナがそのまま画面を切り替えた。呪いの進行ログだ。
「ここ四十八時間で、進行速度が二倍になってる。直近の記憶欠落は三回。このまま全力戦闘に入ったら……Lv3に到達するかもしれない」
「到達するとどうなる」
「記憶の欠落が定常化する。戦闘中に指示系統の記憶が飛んだら、チームが機能しなくなる」
俺は窓の外に目を戻した。紫の滲みが、じわりと広がっていく。
「抑制薬は、まだポーチに入っている。確認した」
「……うん」
セナが短く答えた。それ以上何も言わなかった。この十四歳は、俺に余計なことを言っても意味がないと、とっくに知っている。
「アーサー、候補生を全員起こせ。三十分後に作戦会議だ」
「承知いたしました」
アーサーが部屋を出て行く。しばらくして廊下の奥から複数の足音が近づいてくる音が聞こえ始めた。レオたちだ。
俺は冷えた缶を手の中で転がした。
五都市が同時に燃えている。中央支援はない。学園都市は孤立した。外から助けはこない。
それでも、ここには俺が鍛えた連中がいる。装備がある。この呪いが弾ける前の、残り時間がある。
(盆栽の最後の剪定だけは、片付けておきたかった)
その思考を一度飲み込み、俺は地図を広げた。




