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第67話:灰衣の司祭、再来

 試験官の野崎が、顔を紅潮させて書類の束を叩きつけた。


「解体した共鳴獣の廃棄物処理費……試算で四百万です! 周辺住民への説明文案、候補生への心理的影響調査の費用も、全部私のところに回ってきてます!」


「演出の精度が本物と見分けがつかなかったのは、ギルドの技術力が高い証明だろう」


「褒めてどうするんですか!!」


 そこで俺の言葉は尽きた。野崎は机に突っ伏し、「若い頃に戻れるなら」と虚ろに呟いた。人生の先輩として、若さが悩みの解決策にはならないと伝えてやりたかったが、今夜は遠慮した。


     ◇


 午後十一時過ぎ。

 候補生を仮眠テントへ下がらせ、対策本部に残ったのは俺とセナ、アーサーの三人だった。


「師匠。第零共鳴炉の稼働ログ、詳しく分解できた」


 セナがタブレットをテーブルに置く。


「炉の制御ロジックが、私の研究草稿の内部構造とほぼ一致してる。公開していない、外に出したことのない段階のアーキテクチャ」


「草稿データが漏れていたのか」


「湾岸サーバーの回収データか、それ以前の何かで。……自分の書いたものが、こんな使われ方をしてたとは」


 セナは画面を見つめたまま、あとは何も言わなかった。怒りではなく、静かな嫌悪感だった。自分の技術が別の意図に流用される感覚は、長く戦場にいれば避けられない経験だ。俺にも、覚えがある。


 背筋が粟立ったのは、セナが口を閉じた直後だった。


 足音でも振動でもなく、空気の磁場が変わる感覚。長く戦場に身を置いた身体でなければ気づかない、無音の予兆。


「アーサー」


 言い終える前に、アーサーはすでに立っていた。


 対策本部の壁が一区画、音もなく溶けた。コンクリートが分子ごとほどけて虚空が生まれ、そこから灰色の外套が漂い出てくる。

 灰衣の司祭。

 足が床に触れているようで触れていない。輪郭が灰煙のように揺れている。指先から広がった灰色の粒子が、テーブル上のセナの端末を一台、黒く腐食させて黙らせた。


「久しいな、亡霊」


「セナ、機材を持って下がれ。アーサー、外の警戒班に現状維持の通達。候補生はここに入れるな」


「通達済みです」


「わかった」


 セナがバックパックに機材を詰めて後退し、俺が前に出た。


 対魔弾を司祭の中心に叩き込む。だが弾道の寸前で輪郭が揺れ、実体がすり抜けるように薄れた。弾は背後の壁に穴を開けただけだった。


「アーサー、間合いを詰めて剣の腹で打て。刃ではなく」


「承知」


 アーサーが踏み込み、大剣の腹で司祭の胴を強打した。近距離が過ぎて霧散が間に合わなかったのか、鈍い衝撃音とともに輪郭が一瞬だけ収縮し、実体を持った。

 その隙に三発を連続で叩き込む。今度は避けられない。司祭がよろめき、靴の底が床を叩いた。


 よろめいた直後、司祭の視線がセナへ動いた。指先から粒子が広がり始める。俺は一歩踏み出し、身体でその視線を遮った。

 だが司祭は止まらなかった。俺の脇をすり抜けようとする動きを取る。外套の端を掴む。粒子が手の甲を焼いたが、離さない。

 アーサーが無言で割り込み、大剣を水平に構えて通路を塞いだ。


「……なるほど。二人で一つか」


「制圧するには少し足りなかったな」


 司祭は戦闘を続けず、外套の内側に手を入れた。攻撃の構えではない。それだけは判断できた。


「お前たちは、一人の首魁を倒せば全てが終わると思っている」


「違うというなら、手短に頼む」


「我らは一頭の蛇ではない。複数の頭を持つ蛇だ。ウロボロスとは、そういう名だ」


 司祭が端末を取り出し、床に置いた。

 アーサーが踏み込む前に、輪郭は灰煙に溶け、消えた。


     ◇


「師匠」


 セナが端末を拾い上げ、接続する。俺は出入り口の気配を確認しながら待った。

 外からレオの確認通信が届いたが、アーサーが短く「異常なし」と返した。


「……開いた」


 タブレットに転送された画面を、俺はセナの横から覗き込んだ。

 表組みだった。

 都市名。座標。日時。起動プロトコルの識別番号。

 五都市。日時の欄は全て同一だった。十日以内の、同じ刻限。


「五都市、同時か」


 五本の指が同時に動くなら、一本を押さえても四本は動く。

 「複数の頭を持つ蛇」という言葉が、今になって具体的な形を持った。分散した拠点が独立して動ける構造なら、中枢を一つ叩いても全体は止まらない。


「田中に送れ。今夜中だ」


「もうやってる」


 俺は首の後ろを押さえた。重い。呪いの痛みか疲労か、最近は判別がつかなくなってきていた。


(今週こそ剪定しようと思っていたのに……また後回しだな)


 やるべきことが両手で数えきれない。

 候補生の再編、五都市の情報精査、田中への状況共有。

 俺は作業テーブルに向かって、次の手を考え始めた。


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