第63話:アイドルは盾になる
大型モニターに映し出された少女は、いつものポップでフリフリな衣装ではなく、動きやすいダークトーンのセットアップを着ていた。
人気アイドル配信者、キララ。
彼女の背後には、学園都市周辺の詳細な3Dマップが投影されている。
『はいはーい、みんな聞いてる? 今日は特別企画、キララと一緒に覚える防災マップだよ! いざという時、どこに逃げればいいか、しっかりチェックしてね!』
明るく、それでいて浮つかない絶妙なトーン。
画面の端では、リアルタイムのコメントが滝のように流れていた。
『草』
『こんな時まで配信かよ』
『でも助かる』
『うちの地区の避難所どこ?』
『キララちゃんマジ天使』
ギルド地下の対策本部。
俺とセナは、その配信画面を見つめていた。
「大した度胸だ」
俺が素直に感心して腕を組むと、隣でキーボードを叩いていたセナが誇らしげに胸を張る。
「でしょ? キララちゃん、ああ見えてすっごく真面目なんだから。それに、彼女の発信力は下手な役所の広報車よりずっと広範囲に届くからね」
「ああ。パニックを抑える『防波堤』としては一級品だ」
現状、学園都市はいつ敵の波状攻撃が来てもおかしくない状態だ。
市民の避難導線が確保されていれば、実戦部隊の負担は劇的に減る。逃げ遅れた民間人を庇いながらの戦闘など、極力避けたいのが本音だ。これ以上、呪いで重い身体に無駄な負荷をかけずに済むならありがたい話だ。
とはいえ、今の俺たちの真の目的は、防災の啓発だけではない。
「セナ、網にはかかったか」
「うん、大漁。今、配信のコメント欄から『意図的に不安を煽る書き込み』と『避難所の位置を執拗に探る質問』を逆探知処理してる」
セナの端末画面には、無数の文字列が高速で並び、自動的にフィルタリングされていた。
「敵さんは、世論をコントロールしてパニックを誘発したいみたいだけど……やり方が古典的すぎる。自動投稿群の活動時間と、使用してる言語モデルの癖が丸見えだよ」
「実戦部隊は一流でも、裏方は詰めが甘いようだな」
敵は、武力による直接攻撃だけでなく、情報戦でも揺さぶりをかけてきている。
ならば、その『糸』を逆算して、本体のクモの居場所を特定するまでだ。キララの配信は、そのための巨大な囮でもあった。
◇
配信開始から一時間が経過した頃だった。
画面の中で、キララが不意に言葉を切った。
『えっと……なに、これ?』
スタッフから手渡されたらしい、小さな小包。
表面には、ギルドの『検品済み』を模した偽造シールが貼られているのが画面越しにも見えた。
彼女が不審そうに箱のテープを切った瞬間――スタジオの照明が激しく明滅し始めた。
『きゃっ!?』
『停電!?』
『おい、なんだその煙!』
マイクが、スタッフの悲鳴や機材が倒れる音を拾う。
箱の中から、黄色味がかった不気味な粉末が間欠泉のように吹き出し、瞬く間にスタジオの空気を汚染していった。
間違いない。魔素だ。
「セナ!」
「わかってる! スタジオの通信回線をバイパス、保護する! 配信経路は死守するよ!」
俺は即座に田中に無線を入れる。
「田中さん、キララのスタジオに魔素テロだ! 事前の検品はどうなってる!」
『偽造シールで検問を抜けられました……! すでに除染班と突入班を手配済み、到着まで三分!』
画面の中は混乱の極みにあった。
濃密な魔素に当てられたスタッフが次々と膝をつき、激しく咳き込んでいる。このまま濃度が上がれば、微小な異常発生すら起こりかねない。
素人なら即座に逃げるべきだ。カメラを捨てて、一刻も早く。
だが。
『み、みんな、落ち着いて!』
キララは、倒れかけたカメラの三脚を自ら掴み起こし、レンズを真っ直ぐに睨みつけた。
『大丈夫、だ、ただの設備トラブルだからっ……! み、みんなは画面の前から動かないで! さっき説明した避難ルートの確認、ちゃんとできてる!?』
息を乱し、涙目で咳き込みながらも、彼女は決して「作り笑顔」を崩さなかった。
恐怖で声が震えているのがスピーカー越しでもわかる。だが、配信を切ろうとはしない。
自分がここで「助けて」と泣き叫べば、それを見ている何百万人という視聴者にもパニックが伝染し、都市の避難計画が内側から崩壊することを理解しているのだ。
(……見事な盾だ)
人々の心を守り、恐怖の蔓延を防ぐ。彼女は今、トップアイドルとして、最前線で誰よりも大きな役割を果たしていた。
コメント欄の勢いが、さらに加速する。
『キララちゃん逃げて!』
『放送事故だろこれ!』
『でもこっちの指示出してくれてるぞ!』
『俺たちも落ち着け!』
三分後、防護服を着たギルドの突入班がスタジオに駆け込み、画面が安全名目で強制暗転するまで――キララは一歩も引かずに、堂々と前線を支え続けたのだった。
◇
「……スタジオの制圧と除染、完了しました」
田中が、ひどく疲労した声で会議室に報告を持ってきた。
「幸い、キララ含めスタッフの命に別状はありません。ただ、しばらくは絶対安静の監視下に入ります。敵の目的はただの脅し、あるいは我々の対応速度と情報網を測るための小手調べでしょう」
「民間人を戦場に巻き込むことに、一片の躊躇いもないな」
俺は冷めたコーヒーを喉に流し込む。
無関係な少女にあんな顔をさせた連中を、野放しにしておくつもりはない。
「師匠、出たよ」
セナが、真っ赤に充血した目でモニターを指差した。
「コメント欄を荒らしていたボット群の上位制御IP……全部、一つのサーバーを経由してる。場所は、湾岸サブネット」
「湾岸……この前の『予行起動』で俺たちが急襲した、あの物流区画の別回線か」
俺は立ち上がり、壁に掛けられたタクティカルベストに手を通した。ベルトのバックルを締め、予備の弾倉を叩き込む。
「次は、俺たちの番だ」
一人の少女が、体を張って稼いでくれた糸口だ。
これを手繰り寄せずに、何が伝説の傭兵か。若者の覚悟を無駄にするほど、俺は老いぼれちゃいない。




