第58話:三本目の塔
「……二重偽装です」
湾岸急襲の翌日、研究棟の解析室でセナが三つの設計図を重ねた。
同じ配線思想の塔が二本。癖まで同じだ。
残る一本だけ、心拍みたいに脈の打ち方が違う。
「囮が二つ、本命が一つ。しかも本命は物流ログから意図的に切り離してある」
セナが地図を拡大する。
「位置はここ。湾岸雨水幹線トンネル、S-3分岐の真下」
画面の赤点が、学園から一直線に伸びた地下水路に重なった。
嫌な導線だ。敵が学園を捨て駒に使う時の、綺麗すぎる線だった。
「レオ」
「いる」
「防衛班を率いろ。学園側に陽動が来る。正門と研究棟を絶対に空けるな」
「了解。落ちこぼれ小隊も使う」
アーサーが剣帯を締め直す。
「隊長、突入班は?」
「俺、アーサー、セナ、アリス。最小で入る」
田中が割って入る。
「通信は地下で死にます。中継ドローンも届かない」
「有線を引く。九十秒ごとに短報。返事が来なければ、次の分岐で一度止まる」
誰も反対しなかった。
反対できる時間が、もう残っていない。
◇
翌日、午後十一時十分。
雨水幹線トンネルは、湿った鉄の匂いで喉が重くなる。
俺たちは胸まで水かさのある流路を割って進んだ。
ヘッドライトの光が、コンクリ壁を細く舐める。
「師匠、魔素濃度が上がってる。通常の三倍」
「長居はするな。十五分で出る」
先頭のアリスが手を上げた。
「分岐。右が死路、左がS-3」
「本当に親切だな」
「今さら裏切るなら、もっと浅い場所でやる」
信用はしていない。
ただ、使える情報は使う。それだけだ。
左へ曲がると、空気が変わった。
低い鐘の残響みたいな振動が、靴底から骨へ上がってくる。
「……近い」
アーサーが低く言う。
俺も同意した。
◇
最深部は、巨大な縦穴だった。
中央に、灰色の骨みたいな塔が立っている。
表面を走る導線は脈打ち、根元の制御台には拳大の結晶鍵が刺さっていた。
「あれが起動キー」
セナが息を呑む。
「抜けば?」
「停止はできる。けど再起動は読めない。ログだけでも取りたい」
「三十秒で終わらせろ」
俺は周囲を警戒し、アーサーは制御台の前に立った。
セナが接続端子へケーブルを差し込む。
「同期開始。二十……十九……」
数字が十に落ちた時だった。
縦穴の上から、乾いた鈴の音が一つ落ちてきた。
チリン。
同時に、灰衣の人影が塔の中段へ立つ。
長い外套。面は見えない。声だけが妙に澄んでいた。
「遅いな、亡霊」
俺は銃口を上げた。
「お前が司祭か」
「呼び名はどうでもいい。重要なのは、鐘が誰のために鳴るかだ」
アーサーが踏み込む。
剣閃は確かに届いたはずなのに、司祭の輪郭が灰煙みたいに揺れて抜けた。
「っ、実体が薄い!?」
俺は対魔弾を二発撃つ。
命中音はした。だが司祭の外套に空いた穴は、灰が逆流するみたいに塞がった。
「君たちは“守る”ために戦う。だから遅れる」
司祭の手元で、黒い輪が回る。
次の瞬間、足場の振動が倍になった。
平衡感覚がずれ、照準が一瞬だけ跳ねる。
「セナ、まだか」
「ログ七割! あと八秒!」
司祭の声が落ちる。
「弱い個体を抱えた秩序は腐る。選別は必要だ。学園はその炉床になる」
「腐ってるのはお前の頭だ」
俺は制御台へ滑り込み、結晶鍵を一気に引き抜いた。
塔の脈動が一段落ちる。
勝ち筋は見えた。
その直後、司祭の袖から伸びた灰色の線が鍵へ絡みついた。
引かれる。
握力で抗うが、線の張力が異常だ。
「隊長!」
アーサーが腕を伸ばした瞬間、司祭の足元から落ちた閃光筒が爆ぜた。
視界が白く塗り潰され、次の一拍で手から鍵が消えた。
回復した視界の先、司祭は中段からさらに上へ退いている。
結晶鍵だけを持って。
「鍵を奪って逃げるだけか。腰抜けだな」
俺が吐くと、司祭は初めて笑った。
「予鈴は終わった。次は学園ごと鳴らす」
鈴の音が二度。
司祭の姿が灰の膜に溶け、上部ダクトへ消えた。
追おうとしたが、縦穴の壁面から鋼板シャッターがせり出し、逃走路は封鎖された。
「……ちっ」
◇
回収できたのは、セナが抜いた断片ログだけだった。
起動キーは喪失。
塔は停止したままでも、再点火の主導権は向こうに移った。
地上へ戻る途中、アーサーが拳を壁へ叩きつける。
「取り逃がした」
「感情は後だ。学園へ戻る」
セナが端末を抱えたまま言う。
「司祭の宣言、ハッタリじゃない。ログに学園側の共鳴経路がある」
アリスが珍しく冗談を挟まない声で続けた。
「次は本当に校内が鳴る。準備して」
トンネル出口の先に、薄い夜明けが見えた。
始業ベルまで、あと数時間。
俺は濡れた手袋を外し、短く息を吐く。
「なら、鳴る前に壊すだけだ」
濡れたコンクリの上で、水滴が一つ落ちた。
それは雨か、汗か、もう判別する気もなかった。




