第57話:合同潜入演習(ジョイント・インフィルトレーション)『実戦』
作戦名は「夜間防災演習」。
提出先は教務部、配布先は候補生全員。
書類の見出しだけ見れば、ただの訓練だ。
実態は、湾岸物流区画への急襲だった。
午後十時二十分。学園地下駐車場。
無灯火仕様の輸送車が三台、無言で並ぶ。
レオがヘルメットの顎紐を締めながら俺を見る。
「陽動班、準備完了」
「派手にやれ。ただし死ぬな」
「了解」
アーサーは短剣を鞘へ押し込み、田中は最終通信チェックを終える。
セナは端末を抱え、隣でアリスが静かに外気温を読んでいた。
敵対的協力者。便利だが、背中は預けない。
「出るぞ。時刻合わせ、二十二時三十分」
◇
湾岸第七バース。
潮の匂いと、錆びたコンテナの鉄臭さが混ざる。
レオ班が正門側で発煙筒を焚いた瞬間、警備ドローンが一斉にそちらへ向いた。
陽動は成功だ。
その隙に、俺たちは倉庫裏の整備通路を抜ける。
「裏口、電子錠。三十秒ください」
セナが膝をつき、端末ケーブルを差し込む。
ロック解除まで二十七秒。
充分速い。
中へ入ると、壁際に梱包材と工具箱が積まれていた。
俺はその中の耐衝撃ケースを一つ持ち上げる。
「これ、盆栽鋏の持ち運びにちょうどいいな」
「師匠、いま?」
「修学旅行の土産は実用品がいい」
「潜入任務です!」
イヤホン越しにレオ班の笑いを噛み殺す音が漏れた。
緊張が一瞬だけ緩む。
悪くない。
アリスが呆れた顔で囁く。
「あなた、本当に戦場でそれ言うのね」
「言う。動けるうちに笑っとけ」
◇
目標のサーバー棟は倉庫中央の二階にあった。
窓なし、鋼板扉、二重認証。
アリスの提供キーとセナの侵入手順を重ね、四十秒で開ける。
室内のラック群が青いLEDを脈打たせていた。
セナが即座に接続し、必要データを吸い上げる。
「共鳴塔の配置図、搬入ログ、制御ファーム……取れてる、取れてる」
その時、天井スピーカーが無機質に鳴った。
『不正アクセスを検知。自爆プロトコル(セルフ・パージ)を開始します。残り120秒』
赤色灯が回り始める。
空調が止まり、ラック内の温度が急上昇する。
「全回収は無理だ!」
田中の判断は速かった。
俺は即座に切り替える。
「セナ、優先順位」
「共鳴塔関連だけ抜く! 他は切る!」
「レオ班、離脱路の確保!」
『了解、三十秒で合流する!』
セナが最後のパケットを掴み、端末を引き抜く。
俺はアリスの腕を掴んで扉へ押し出した。
「走れ」
「命令口調、嫌いじゃないわ」
階段を飛び降り、整備通路へ滑り込んだ直後、背後で鈍い破裂音が連続した。
サーバー棟の窓枠から火花が噴く。
完全焼却。証拠隠滅の癖まで律儀だ。
◇
帰投は午前一時。
学園研究棟の解析室で、セナが確保データを展開する。
「回収率は三割。でも一番欲しいところは取れた」
画面に、三本の塔の設計図が並ぶ。
うち二本は同系列。残る一本だけ、配線思想がまるで違った。
「……これ、本命は別系統」
セナの声が低くなる。
田中が額を押さえた。
「囮が二つ、本命が一つ。しかも場所情報が分離されている」
「向こうは最初から、追跡される前提で餌を撒いてる」
アリスが壁に寄りかかり、目を細める。
「司祭のやり方よ。正解に着くまで、何人潰れてもいいって設計」
俺は画面の“異質な一本”を指で叩いた。
「じゃあ次はこれを追う。寝不足のままでもな」
窓の外で、始発前の空が少しだけ白い。
演習報告書には「軽微な設備故障」と書く予定だ。
現実は軽微どころか、都市単位の導火線がもう半分燃えている。
仮眠を取ったら、異質な一本の追跡計画を組み直す。
まだ終わらせる気はない。




