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第55話:停止した学園

 旧研究棟へ向かう直前だった。

 学園全域の灯りが、同時に落ちた。


 ブツン、という音が校舎の骨まで伝わる。

 廊下の非常灯だけが遅れて点き、青い影が壁に伸びた。


「停電?」

「違う、落とされた」


 田中の返答と同時に、俺の端末に警報が連続で入る。


 第一寮セキュリティ断。

 研究棟アクセス制御異常。

 監視カメラ一斉ブラックアウト。


 狙いは一つだ。


「セナを移動させる。今すぐ」


     ◇


 研究棟二階、解析室。

 セナはすでにバックアップ媒体を抱えていた。顔色は悪いが手は震えていない。


「来ると思ってた」

「偉い。褒めてやる」

「師匠、今は褒める時間じゃない」


 正しい。

 俺は廊下の見取り図を床に広げ、班を切った。


「レオ班は北階段封鎖。落ちこぼれ小隊は南廊下で避難導線確保。アーサーは外周窓を全部見る。田中さん、通信が死んでる間は有線だけ生かせ」

「了解。ですが復旧には最低十五分」

「十分で終わらせる」


 レオが唇を引き結んで頷いた。


「……任せろ。今度は足を引っ張らない」

「引っ張ってもいい。止まるな」


     ◇


 侵入は三方向。

 北階段、機材搬入口、屋上ハッチ。

 どれも教員用マスターキーで開く経路だった。

 内部の鍵を敵が持っている証拠だ。


 最初に接敵したのはレオ班だった。

 暗闇の踊り場で、火花が散る。

 レオの報告が短く飛ぶ。


『北で二名接触! 非殺傷スタンを使用!』

「いい。進ませるな」


 次に南廊下。

 結城がライト魔法を叩き込み、雫が床を泥化、響が反響音で誘導する。

 落ちこぼれ小隊はもう“落ちこぼれ”じゃない。


『南、確保! 避難組十六名を講堂へ移送!』

「そのまま固定しろ」


 残るは屋上ハッチ。

 ここが本命だ。


 俺は非常階段を駆け上がり、最後の踊り場で足を止めた。

 上から、擦れる靴音が三つ。

 金属ケースのぶつかる音。

 誘拐用だ。


 ハッチが開く。

 黒装束の男が降りるより先に、俺は手すりを蹴って天井へ跳んだ。

 落下の勢いで一人目の首元へ前腕を叩き込み、呼吸を奪う。

 二人目の手首を折り返してワイヤー銃を落とさせ、三人目には消火ホースを巻き付けて階段へ引き倒した。


 四秒。

 音が止む。


「……遅い」


 俺が呟いた瞬間、背後の扉が爆ぜた。

 衝撃波で視界が白くなる。

 煙の向こうから、面体付きの侵入者が二名。

 手には麻酔ランチャー。


 俺は階段灯を蹴って消した。

 暗転。

 次の一歩だけ踏み込み音を大きく鳴らし、相手の照準を誘う。

 撃発音。薬矢が壁に刺さる。

 位置は割れた。


 膝裏、喉元、肘関節。

 三点だけを潰して、二人を床へ転がす。


 息を整える間もなく、アーサーが屋上側から飛び込んできた。


「隊長! 外周にドローン二機! 回収待ちです!」

「落とせるか」

「もちろん!」


 アーサーの剣閃が夜気を裂く。

 直後、金属の墜落音が校庭へ響いた。


     ◇


 停電発生から九分。

 学園中枢の電源が復帰した。

 廊下の蛍光灯が順に点き、白い光が戦場の跡を晒す。


 拘束済み侵入者、計七名。

 セナは無傷。

 一般生徒の被害、ゼロ。


 ただし、完全な秘匿には失敗した。

 非常灯だけが点いた廊下を、候補生の誰かが数秒だけ撮っていたらしい。

 D-Tubeの短尺欄に上がった動画は、朝になる前に十万再生を超えていた。


『停電中の学園で新人JKが廊下を横切る影、速すぎて草』

『また演習? 最近の学校、治安どうなってんの』

『レオ様がガチ顔で指揮してるんだけど』

『落ちこぼれ小隊、もう完全に特殊部隊じゃん』

『公式「設備点検です」←無理がある』


 田中がその切り抜きを見て、眉間を押さえた。


「幸い、画質が悪すぎて決定的証拠にはなりません。……世論は今のところ『過激な防災訓練』で押し切れます」

「便利な言葉だな、防災訓練」

「貴女が便利にしているんですよ」


 田中が有線端末を握ったまま、深く息を吐く。


「……本当に十分以内でしたね」

「約束は守る主義だ」


 セナが解析ケースを抱え直し、俺の袖を引いた。


「師匠、悪いニュース」

「言え」

「侵入班が逃げる時、中央サーバーの“閲覧ログ”だけ抜いてった。データ本体は無事だけど、誰が何を見たかの記録が持っていかれた」


 嫌な手口だ。

 敵は情報そのものより、こちらの視線を集めている。


「……俺たちの調査進捗を読みに来たわけか」

「うん。次は先回りされる」


 田中が即座に指示を飛ばす。


「全班、ログ再構築。明朝までに閲覧権限を再発行。旧研究棟四番棚の捜索計画は全面更新」


 俺は壊れた階段灯の破片を拾って捨てた。

 停電は止めた。

 誘拐も止めた。

 だが敵は、必要な一枚だけ持って逃げた。


 勝ち点はこっちが上。

 主導権はまだ五分。

 そういう夜だ。

 窓の外が薄く白み始める。

 あと二時間で朝礼だが、先に更新するのは授業予定じゃない。

 侵入経路と、次の迎撃配置だ。


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