第54話:内通者の値段
職員会議室。
午前九時のチャイムと共に、三枚の画像がスクリーンに映し出された。
一枚目、深夜二時十三分の監視映像。
二枚目、教員IDの認証ログ。
三枚目、学外ダミー法人からの送金履歴。
田中が指先で三枚目を叩く。
「法人名は『新東都教育資材研究会』。実体のないペーパーカンパニーです」
「教育資材ねえ」
俺は資料をめくった。
口座の流れは綺麗すぎた。月末に定額、四半期に成果報酬。
現場実行犯へ払う金額じゃない。
「依頼主は海外じゃないのか」
「直接は違います。国内ダミーを経由している。追跡を遅らせるための層ですね」
セナがタブレットを差し出した。
「この法人の決裁端末、学園の旧研究棟ネットワークを踏み台にしてる。内部協力者が“先生権限”を回してるのは確定」
つまり、敵は外から撃つだけじゃない。
校内で鍵を開ける人間を買っている。
「値段はいくらだ」
「初回五十万、以後は情報の質で上積み。最後は二百万」
俺は鼻で笑った。
「安い命だな」
◇
午後。地下聴取室。
椅子に座っていたのは、教務主任代理の真壁だった。
五十代。痩せた顔。目の下に濃い隈。
机の上には温くなった水と、押収済みのIDカード。
「何から話す?」
俺が座ると、真壁は苦く笑った。
「君は本当に学生か?」
「在籍はしてる。単位は危ない」
真壁が一瞬だけ吹き出しかけ、すぐに顔を戻した。
田中が録音開始を告げる。
「質問。なぜ情報を流した」
「……金だけじゃない」
「じゃあ何だ」
「更新だよ」
真壁は天井を見た。
「この国はもう古い。ダンジョンが出て、世界は変わったのに、学校も役所も昔のまま。誰かが壊さなきゃ、新しい秩序は来ない」
背中が冷える類の理屈だった。
思想を持った裏切りは、値段で止まらない。
「“大扉が開けば秩序は更新される”って誰に吹き込まれた」
「吹き込みじゃない。証明だ。彼らは未来を見てる」
「彼らって誰だ」
真壁は口を閉ざす。
田中が資料を一枚ずつ机に並べる。
送金記録、暗号チャット、入退室履歴。
「真壁さん。あなたが黙っても、法廷で詰みます。今ここで話せば、救える人間が増える」
長い沈黙の後、真壁が喉を鳴らした。
「……連絡役は“司祭”と名乗っていた。顔は見ていない。声も変えていた。だが指示は一貫してた。学園の防衛配置、候補生の訓練日程、セナの移動時間。全部だ」
十分。
これで線は繋がる。
「次の受け渡しは?」
「今夜、旧研究棟の保管庫。そこで――」
真壁の言葉が唐突に途切れた。
首筋を掻き、苦しそうに体を折る。
俺は立ち上がって襟元を掴んだ。
皮膚に貼られた薄い透明パッチが、熱で黒く変色している。
「田中! 遠隔毒だ!」
田中が警報ボタンを叩く。
外で足音が爆発する。
俺は真壁を床に寝かせ、気道を確保した。
「真壁、聞こえるか! 保管庫のどこだ!」
「……四、番……棚……暗号、は……」
そこで瞳が泳いだ。
唇から泡が零れ、言葉が潰れる。
数秒後、痙攣が止まった。
救急班が飛び込んできたが、反応は戻らない。
室内に、モニターの駆動音だけが残った。
◇
夜。解析室。
セナが真壁端末の残骸をつなぎ、呻いていた。
「自動消去きつい……でも断片なら抜ける」
数分後、画面に乱れた文字列が出る。
K-04 / BELL / 7D / WAREHOUSE
「……K-04。四番棚と一致」
「完全な座標は?」
「ない。けど“BELL”と“7D”は残ってる。予鈴七日、確定」
俺は椅子にもたれ、目を閉じた。
敵は人間を駒じゃなく、消耗品として扱っている。
こちらの口を開かせる前に、勝手に捨てる。
「田中さん」
「はい」
「今夜、旧研究棟を掘る。四番棚だ」
「同意です。公開逮捕は後回し。先に物証を押さえましょう」
田中が立ち上がる。
その動きは速いが、足取りは重かった。
「七瀬さん」
「なんだ」
「あなたの言う通りでした。外敵より、鍵を持った味方の方が厄介です」
俺は机の上のIDカードを裏返した。
表には学園の校章。
裏には、細い傷が一本。
爪で付けたような、ただの線。
こういう傷が、次の裏切りの目印になる。
見落としたら終わりだ。




