↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
53/73

第53話:偽作戦会議

 会議室の窓の外は真っ黒だ。

 時計は二十一時を回っている。

 室内はモニターの光だけが浮いている。


 画面には三本の線。

 A、B、C。

 昨日流した偽ルートだ。


「反応ログを時系列で」


 田中が言うと、壁一面に通知が走った。

 Bルートだけ、漏洩から外部反応までの時間が異常に短い。


 セナが画面を拡大する。


「B配布先の閲覧は七端末。そのうち五端末は通常業務。残り二端末が不自然」

「どっちだ」

「どっちも“教務副主任アカウント”」


 同一IDの二重起動。

 場所は違う。時刻は同じ。

 あり得るのは一つだ。


「鍵を持った奴が、鍵を複製してる」


 俺は机に置いた校内図へ赤線を引いた。

 第一教務室から資料倉庫まで、最短の裏廊下ルート。


「ここだ。今日の深夜、もう一度動く」


 アーサーが眉をひそめる。


「隊長、確証は?」

「ない。だから作る」


     ◇


 二十三時四十分。

 教務フロアの非常灯だけが、細い通路を青白く照らしていた。

 俺と田中は資料倉庫の死角に伏せる。

 イヤホン越しにセナの声。


『対象ID、館内ネットワークに再接続。場所は教務端末群』


 足音。

 革靴。重さは中年男性。

 角を曲がって現れたのは、教務副主任の名札を付けた男だった。

 周囲を見回し、倉庫扉へカードキーをかざす。


「今だ」


 俺が飛び出すより先に、男は息を呑んだ。

 顔色が変わる。

 逃げるつもりだ。


 俺は真正面に回り込み、扉を背にした男の進路を塞いだ。


「夜間立入だな」

「……は?」

「校則第17条。無断入室は禁止だ。反省文を原稿用紙三枚」


 男の表情が一瞬だけ崩れた。

 予想外の角度で殴られた顔だ。


「お、お前、何を言って――」

「字数は守れ。誤字脱字も減点だ」


 その間に田中が横へ回り、退路を完全に閉じる。

 男はようやく罠だと理解したらしい。


「ふざけるな! 俺は教務副主任だぞ!」

「だから聞いてる。副主任が校則を破る理由を、ちゃんと文章で説明しろ」


 俺が一歩詰めると、男はカードキーを握りしめて叫んだ。


「命令だったんだ! 俺だけじゃない! 俺は――」


 そこで、廊下奥の非常灯が一度だけ瞬いた。

 同時にセナの声が飛ぶ。


『注意! 対象端末が外部から強制削除モード。別経路にバックアップ転送中!』


 俺は男の手首を掴み、カードキーを落とさせた。


「転送先は?」

『追ってる! でも分岐が多い……』


 田中が男へ手錠をかける。

 抵抗は短かった。心が折れるのが先だ。


「名前と、連絡窓口を」

「……言えない」

「じゃあ反省文は五枚だ」

「そこじゃないだろ!」


 男の声が裏返る。

 俺は顔を寄せ、低く言った。


「お前が漏らした時刻で、現場の人間が死にかけた。校則の話から始めてるのは、まだ生かしてるからだ」


 男は唇を震わせ、視線を落とした。

 観念した顔だ。


「連絡は、メモアプリに届く暗号だけだ……差出人は毎回違う。俺は、指定された資料をスキャンして、教務端末から中継しただけで……」


 田中が録音を止める。


「これで司法は動けます。ですが“上”はまだ遠い」


 セナの声が続いた。


『転送先、一部確保。最終到達は学園外……でも中継点が一つ、校内に残ってる』

「場所は」

『第一資料庫の監視カメラ。ログに“教師権限の深夜入室”が残ってる』


 田中と目が合う。

 次の獲物は、現場実行犯じゃない。

 権限を回している側だ。


     ◇


 拘束された副主任を回収班へ引き渡した後、俺は監視室で問題の映像を再生した。

 時刻は午前二時十三分。

 画面の端に、教員IDバッジを下げた影が映る。

 帽子とマスクで顔は隠れているが、入室手順は慣れきっていた。


「……教師権限で、ここまで潜られたか」


 田中が胃薬を水で流し込む。


「学園内部の裏切り、確定です」


 俺は再生を止めた。

 画面が暗くなり、窓に俺の顔が映る。


「偽会議は終わりだ。明日から本当の掃除を始める」


 廊下のスピーカーが、消灯時刻を告げるチャイムを鳴らした。

 戦場にも一応、就寝時間はあるらしい。

 だが今夜は寝ない。

 次に潜るべき扉と、次に折るべき鍵は、もう見えている。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。