第53話:偽作戦会議
会議室の窓の外は真っ黒だ。
時計は二十一時を回っている。
室内はモニターの光だけが浮いている。
画面には三本の線。
A、B、C。
昨日流した偽ルートだ。
「反応ログを時系列で」
田中が言うと、壁一面に通知が走った。
Bルートだけ、漏洩から外部反応までの時間が異常に短い。
セナが画面を拡大する。
「B配布先の閲覧は七端末。そのうち五端末は通常業務。残り二端末が不自然」
「どっちだ」
「どっちも“教務副主任アカウント”」
同一IDの二重起動。
場所は違う。時刻は同じ。
あり得るのは一つだ。
「鍵を持った奴が、鍵を複製してる」
俺は机に置いた校内図へ赤線を引いた。
第一教務室から資料倉庫まで、最短の裏廊下ルート。
「ここだ。今日の深夜、もう一度動く」
アーサーが眉をひそめる。
「隊長、確証は?」
「ない。だから作る」
◇
二十三時四十分。
教務フロアの非常灯だけが、細い通路を青白く照らしていた。
俺と田中は資料倉庫の死角に伏せる。
イヤホン越しにセナの声。
『対象ID、館内ネットワークに再接続。場所は教務端末群』
足音。
革靴。重さは中年男性。
角を曲がって現れたのは、教務副主任の名札を付けた男だった。
周囲を見回し、倉庫扉へカードキーをかざす。
「今だ」
俺が飛び出すより先に、男は息を呑んだ。
顔色が変わる。
逃げるつもりだ。
俺は真正面に回り込み、扉を背にした男の進路を塞いだ。
「夜間立入だな」
「……は?」
「校則第17条。無断入室は禁止だ。反省文を原稿用紙三枚」
男の表情が一瞬だけ崩れた。
予想外の角度で殴られた顔だ。
「お、お前、何を言って――」
「字数は守れ。誤字脱字も減点だ」
その間に田中が横へ回り、退路を完全に閉じる。
男はようやく罠だと理解したらしい。
「ふざけるな! 俺は教務副主任だぞ!」
「だから聞いてる。副主任が校則を破る理由を、ちゃんと文章で説明しろ」
俺が一歩詰めると、男はカードキーを握りしめて叫んだ。
「命令だったんだ! 俺だけじゃない! 俺は――」
そこで、廊下奥の非常灯が一度だけ瞬いた。
同時にセナの声が飛ぶ。
『注意! 対象端末が外部から強制削除モード。別経路にバックアップ転送中!』
俺は男の手首を掴み、カードキーを落とさせた。
「転送先は?」
『追ってる! でも分岐が多い……』
田中が男へ手錠をかける。
抵抗は短かった。心が折れるのが先だ。
「名前と、連絡窓口を」
「……言えない」
「じゃあ反省文は五枚だ」
「そこじゃないだろ!」
男の声が裏返る。
俺は顔を寄せ、低く言った。
「お前が漏らした時刻で、現場の人間が死にかけた。校則の話から始めてるのは、まだ生かしてるからだ」
男は唇を震わせ、視線を落とした。
観念した顔だ。
「連絡は、メモアプリに届く暗号だけだ……差出人は毎回違う。俺は、指定された資料をスキャンして、教務端末から中継しただけで……」
田中が録音を止める。
「これで司法は動けます。ですが“上”はまだ遠い」
セナの声が続いた。
『転送先、一部確保。最終到達は学園外……でも中継点が一つ、校内に残ってる』
「場所は」
『第一資料庫の監視カメラ。ログに“教師権限の深夜入室”が残ってる』
田中と目が合う。
次の獲物は、現場実行犯じゃない。
権限を回している側だ。
◇
拘束された副主任を回収班へ引き渡した後、俺は監視室で問題の映像を再生した。
時刻は午前二時十三分。
画面の端に、教員IDバッジを下げた影が映る。
帽子とマスクで顔は隠れているが、入室手順は慣れきっていた。
「……教師権限で、ここまで潜られたか」
田中が胃薬を水で流し込む。
「学園内部の裏切り、確定です」
俺は再生を止めた。
画面が暗くなり、窓に俺の顔が映る。
「偽会議は終わりだ。明日から本当の掃除を始める」
廊下のスピーカーが、消灯時刻を告げるチャイムを鳴らした。
戦場にも一応、就寝時間はあるらしい。
だが今夜は寝ない。
次に潜るべき扉と、次に折るべき鍵は、もう見えている。




