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第51話:尋問室の交換条件

 地下三階の取調室は、冷蔵庫みたいに冷えていた。


 白い机、白い壁、白い照明。

 逃げ場のない色だ。


 対面にはアリス。

 手錠こそ外されているが、椅子の脚は床に固定され、出入口には防弾ガラス越しの監視員が二人。

 田中はいつものくたびれたスーツで、湯気の消えた紙コップを握っている。

 中身はたぶん三杯目のブラックコーヒーだ。


「では、再開します」


 田中がタブレットを開いた。


「氏名」

「アリス・シルバーバーグ」

「所属」

「交換留学生」

「本当の所属を」

「交換留学生」


 田中のこめかみがぴくりと動く。

 俺は壁にもたれて腕を組んだ。

 この手の尋問は、質問より順番が命だ。


「田中さん、質問を変えろ」

「どうぞ」


 俺はアリスを見る。

 表情は柔らかい。

 だが、視線の置き方が機械みたいに正確だ。

 俺と田中の喉元、監視カメラ、退路の順で三秒周期。

 頭の中で座標を切っている。


「お前の目的は俺の拉致だったな」

「そう聞いた?」

「違うのか」

「……観測よ」


 アリスが、初めて少しだけ口角を上げた。


「あなたを連れて帰るのは、あくまで二番目。最優先は、戦闘負荷をかけた時の反応を見ること」


 田中がタブレットへ打ち込む音が速くなる。


「誰の指示だ」

「それは言えない」

「なら、ここで終わりだ」


 俺が言うと、アリスは首を横に振った。


「終わらない。あなたたちは、もう遅れてる」


 室内の空気が一段重くなる。


「学園の詳細図面、訓練計画、候補生の行動ログ。全部、複製済み」

「ふざけるな」


 田中が机を叩いた。

 アリスは瞬きひとつしない。


「怒っても事実は変わらない。私はその一部を持ってる。全部じゃないけど、あなたたちよりは先に見てる」


 俺は壁から体を離し、机の端に腰を預けた。


「取引をしたいわけか」

「ええ。私は全面黙秘でも、全面協力でもない」

「条件を言え」


 アリスは少しだけ視線を落とした。

 最初から用意していた台本の顔だ。


「第一に、私の身柄を“戦時協力者”として扱うこと。犯罪者として公表しない」

「却下」

「即答ね」

「次」

「第二に、私の端末返却」

「却下」

「第三に、私から渡す情報で民間人被害が減った場合、あなた――ナナセが証言すること」


 そこだけ、声色が違った。

 冗談を言う時の軽さがない。


「……責任の分担か」

「違う。保険よ。私はいつでも切り捨てられる側だから」


 俺は田中を見る。

 田中は渋い顔で頷いた。

 条件の文面はいくらでも加工できる。

 だが情報が先だ。


「いいだろう。証言は“内容次第”だ」

「十分」


 アリスは背筋を伸ばし、短く言った。


「作戦名はPhase Bellフェーズ・ベル


 田中が目を細める。


「予鈴、という意味か」

「そう。これは本番じゃない。大扉ゲートを開く前の、都市単位の適応試験」


 室内の空調音だけが響く。


「開始はいつだ」


 俺が聞くと、アリスは俺だけを見た。


「七日後」


 田中が即座に割り込む。


「場所は」

「複数」

「対象は」

「学園だけじゃない」

「ふざけるな。座標を言え」


 アリスは椅子の背にもたれ、肩をすくめた。


「ここから先は段階取引フェーズ・トレード。先払いで全部喋るほど、お人好しじゃないの」


 俺はしばらく黙って、彼女の呼吸を見た。

 一定。

 脈も乱れない。

 嘘を混ぜる時の癖が出ていない。


「田中さん」

「はい」

「いったん切る。情報班に“Phase Bell”と“予鈴”“七日後”で全件走査。学園の図面漏洩範囲を再計算だ」

「了解」


 田中が立ち上がる。

 椅子が軋む音が、やけに大きく聞こえた。


 出る直前、アリスが背中に声を投げる。


「ナナセ」

「なんだ」

「次に鳴るのは、予鈴じゃないかもしれない」


 俺は振り向かないまま答えた。


「遅刻は嫌いだ。鳴る前に止める」


 廊下に出ると、アーサーが壁際で仁王立ちしていた。

 腕を組んだまま、顔だけこちらへ向ける。


「隊長、収穫は?」

「不作だが、種は拾った」

「農家みたいな顔で言わないでください」


 田中が胃薬を噛み砕く音がした。


「七日です。笑ってる時間はありません」


 分かっている。

 七日。長いようで、実働に割れば短い。

 まず学園側の監視網を組み直し、次に地下導線の封鎖順を決める。

 田中は外交、俺は現場。役割分担は明確だ。

 その上で、切るべき枝はもう一つある。

 盆栽の剪定だ。判断が鈍る前に、手元を整えておきたい。


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