第49話:夜の校舎の攻防(ホーム・アローン作戦)
アカデミー寮の消灯時刻を過ぎても、俺はまだ寝ていなかった。
時計の針は二十三時を回っている。
机の上には懐中電灯、結束バンド、ガムテープ、養生テープ。
一見すれば図工セットだが、組み合わせれば人を止めるには十分だ。
校内で拾える物だけで作る、即席防衛キット(インプロビズド・ディフェンス)。
現地調達で穴を埋めるのは、傭兵の基本だ。
(敵は「拉致」が目的。騒ぎを嫌う。なら、静かに折る)
窓の外で風が鳴る。
その下に、わずかな金属音。フェンスを越える時の擦れ方だ。
「……来たか」
俺は寮の廊下へ出て、非常口の電源を落とした。
暗闇の中、足音を殺して校舎棟へ移動する。
廊下の角、音楽室前、視聴覚室前――昼間のうちに仕込んだ小細工を順番に確認した。
理科室の前に、最初の侵入者が現れる。
黒装束。夜間暗視のゴーグル。最低でも四人。先頭は手信号で指示を出している。素人じゃない。
『対象、二階へ移動。五分で回収する』
小声の無線が聞こえた。
俺は天井の梁に張った釣り糸を軽く引く。
視聴覚室の自動ドアが半開きになり、内部のプロジェクターが起動した。
白壁一面に、熱源だらけの映像が映る。
セナが作ってくれたダミーだ。人影が複数いるように見える。
「クリアリング! 中を確認!」
侵入者二名が室内へ突入した瞬間、俺は反対側の扉を閉め、外からモップの柄で閂をかけた。
続けて、ドア下の隙間に消火器のノズルを差し込み、二酸化炭素を短く噴射する。
死にはしない。だが視界は白くなり、呼吸は乱れる。戦意は落ちる。
「う、ぐっ……前が見えない!」
残りの二名が応援に走る。
その時、体育館側の廊下から地鳴りみたいな音が走った。
ゴロゴロ、ドムドム、バンッ。
階段の上から雪崩れ込んできたのは、大量のバスケットボール。
ワックスの効いた床で跳ね回る橙色の散弾だ。
「なっ――!?」
足を取られ、二名が同時に転倒する。
俺は暗闇から踏み込み、片方の手首をひねって無線機を落とさせ、もう片方の膝裏を蹴り抜いて床へ伏せさせた。
結束バンドで手足を固定。口にはタオル。所要十秒。
最後尾の男が拳銃を抜く。
俺は廊下の消灯スイッチを叩き、完全暗転を作った。
次の瞬間だけ、非常灯が点く。逆光で男の輪郭が浮いた。
そこへ理科準備室の扉を蹴って開き、棚上のプラスチックケースを落とす。
中身はビー玉。床いっぱいに散る。
男は踏ん張れず、銃を滑らせて転んだ。
俺は銃を蹴り飛ばし、手首を床に固定する。
「掃除の時間だ。暴れるな」
男は無言で抵抗したが、三秒で呼吸が荒くなった。
訓練を受けた兵でも、関節は嘘をつかない。
俺は視聴覚室の閂を外し、窓を全開にした。
中の二名は床で咳き込んでいたが、意識はある。酸欠の兆候なし。手足だけ拘束し、壁際へ座らせる。
非致死。これが条件だ。ここは戦場じゃなく学校だからな。
廊下の時計は二十三時十四分。
侵入から十五分以内で制圧完了。想定どおりだ。
◇
十分後。校舎裏の植え込み。
捕まえた四名を並べ、識別票を確認する。
偽造学生証、国外メーカーの無線機、麻酔パッチ。目的は暗殺ではなく回収だ。
背後で、乾いた拍手が鳴った。
「見事ね、ナナセ」
アリスが街灯の陰から現れた。
制服の上に薄いコート。左手には小型端末。逃走路を管理していた顔だ。
「部下を使い捨てるのは趣味じゃないな」
「誤解よ。私は止めたかった」
「なら、最初から来るな」
アリスの右手がコートのポケットに沈む。
笑顔は崩れないまま、瞳孔だけが針のように細くなった。空気の温度が一段落ちる。
次の一拍で刃が出る。そう判断した瞬間、体が先に動いた。
俺は半歩先に踏み込み、ポケットから刃を引き抜きかけた右手首をつかんで壁へ押し付けた。体勢を崩したアリスの左手から端末が地面に落ちる。
右手に握られていたのは薄い刃。小型のセラミックナイフ。金属探知を抜けるタイプだ。
俺は手首を内側へひねって刃先を床へ向け、握りを弾いてナイフを壁際へ叩き落とした。
「っ……!」
「これ以上は学校の管轄を越える。ここから先は大人に任せる」
俺はアリスの腕を離し、代わりに結束バンドを見せた。
「歩けるか」
「……紳士じゃないのね」
「俺はただのJKだ」
皮肉にもならない返答を残し、俺は田中へ短い暗号メッセージを送った。
『害虫駆除完了。ゴミが五つ。分別して回収されたし』
返信は三秒で来た。
『すぐ行く。今回は本当に寝ていてくれ』
無理な相談だ。
遠くでサイレンが一度だけ鳴り、すぐ止んだ。田中の回収車だろう。
夜風の中、俺は拘束した連中を見下ろした。
次は尋問と外交の時間になる。




