第44話:ライバルからの挑戦状(幽霊ごっこ)
権田教官を失神させてしまった翌日。
俺は憂鬱な気分で、アカデミーの廊下を歩いていた。
「……目立つ」
周囲からの視線が痛い。
昨日の今日だ。噂は光の速さで広まっているらしい。
「教官を瞬殺した新人がいる」「いや、あれは黒魔術だ」などと、尾ひれすらつかないデマが飛び交っている。
そんな中、俺の前に立ち塞がる影があった。
「――七瀬遙だな」
透き通るような美声。
顔を上げると、そこには金髪の美少年が立っていた。
仕立ての良い制服を着こなし、腰には装飾的な魔導剣を帯びている。
どこぞの貴族か、あるいは王子様か。絵に描いたようなエリートだ。
「……誰だ?」
「西園寺レオ。……この学園の『主席』だ」
西園寺レオ。
聞いたことがある。大手魔導具メーカー『西園寺グループ』の御曹司であり、入学試験を歴代最高スコアで通過したという神童だ。
取り巻きの女子たちが「レオ様~♡」と黄色い声を上げている。
「昨日の訓練、見せてもらったよ」
レオは俺の目を真っ直ぐに見据えて言った。
「あれは偶然ではない。……君は、計算して教官を嵌めたね?」
「……何の話だ?」
「とぼけても無駄だ。君の所作……あれは、単なる『訓練生』の動きではない」
「……どういう意味だ?」
「綺麗すぎるんだ。教科書通りの模範解答でありながら、同時に、躊躇いがない。まるで、実戦で人を殺すことに慣れきっているかのような……」
……鋭いな。
ただのお坊ちゃまかと思ったが、目は節穴ではないらしい。
「で? 俺を告発でもする気か?」
「まさか。……僕は、君の実力を確かめたいだけだ」
レオは手袋を外し、俺の足元に投げ捨てた。
決闘の申し込みだ。古風な奴め。
「放課後、第3演習場に来たまえ。……逃げたら、君の『正体』についてあることないこと吹聴して回るよ」
「……チッ」
脅迫か。
逃げれば騒ぎが大きくなる。ならば、ここで完膚なきまでに「格付け」をして、黙らせるしかないか。
◇
放課後。第3演習場。
そこは市街地を模したコンクリートの迷路だった。
レオは全身に最新鋭の魔導プロテクターを装着し、やる気満々だ。
対する俺は、制服にローファーという軽装。
「……その格好でやる気かい?」
「十分だ。……それに、俺は暴力が嫌いなんだ」
俺はため息をついて、提案した。
「殺し合いは野蛮だ。……『鬼ごっこ』にしよう」
「鬼ごっこ?」
「ああ。制限時間は1時間。このエリア内で、お前が一度でも俺に触れることができたら、お前の勝ちだ。……俺は攻撃しない。逃げるだけだ」
レオの顔が赤くなった。侮辱されたと感じたのだろう。
「……逃げ回る気か? いいだろう。その余裕、すぐに後悔させてやる!」
開始のブザーが鳴った。
レオが即座に詠唱を開始する。
「風よ、我が足となれ! 『アクセル・ウィンド』!」
風魔法による高速移動。
レオの姿がブレて消える。
しかし――。
(……直線的すぎる)
俺は一歩も動かずに、彼の軌道を見送った。
レオが俺の背後に回り込み、剣を突き出す。
「捉えた!」
その刃が俺の背中を貫く――寸前。
俺は半歩だけ、右にズレた。
ちょうど、建物の影と西日の逆光が重なるポイントへ。
シュッ。
レオの剣が空を切る。
彼は勢い余ってつんのめり、慌てて振り返る。
「なっ……消えた!?」
俺はそこにいる。
彼の視界の端、認識の死角に。
しかし、レオの脳は俺を認識できない。
逆光によるホワイトアウトと、彼自身の動体視力が生む残像。それらを計算して立ち位置を調整しただけだ。
「どこだ……! どこへ行った!」
レオが周囲を見回す。
俺は音もなく移動した。
彼の足音が反響するタイミングに合わせて、自分の足音を重ねる。
呼吸のタイミングすら同調させる。
これは魔法ではない。
純粋な技術による『透明化』だ。
「ウィンド・カッター!」
レオが適当に魔法を放つ。
俺は最小限の動きでそれを避ける。
コンクリートの壁が切り裂かれるが、俺にはかすりもしない。
5分、10分……30分。
レオは走り回り、魔法を乱射し続けた。
それでも、一度も俺を捉えることはできない。
俺はずっと、彼の数メートル後ろをついて歩いているのに。
「ハァ……ハァ……! なぜだ……! センサーにも反応がない……!」
レオが膝をつく。
魔力切れだ。
彼の顔には、疲労よりも深い「恐怖」が張り付いていた。
見えない敵。
そこにいるはずなのに、いない幽霊。
その不気味さが、彼のエリートとしてのプライドを粉々に砕いていた。
「……クソッ……出てこいよぉぉぉ!!」
レオが最後の魔力を振り絞り、全方位への衝撃波を放とうとした、その時。
ポン、と。
俺は彼の肩に手を置いた。
「――終了だ」
「ひっ!?」
レオが悲鳴を上げて飛び退く。
俺はその場に座り込み、ポケットから携帯糧食を取り出した。
「1時間経った。……水分補給しろ。脱水症状で倒れられても迷惑だ」
俺はペットボトルの水を放り投げた。
レオはそれを受け取れず、地面に転がったボトルを呆然と見つめる。
「……いつから、後ろに?」
「最初からだ。お前が走り回っている間、ずっと背中を見ていた」
「……化け物か、君は」
レオが震える声で呟く。
俺は肩をすくめた。
「ただの盆栽好きだ。……いいか、お坊ちゃん。戦場では『目に見えるもの』だけが敵じゃない。……死角を愛せなければ、生き残れないぞ」
俺はおじさん臭い説教を残して、立ち去った。
背中で、レオが地面を叩く音が聞こえた。
悔しがっているのか、それとも感謝しているのか。
まあ、少なくともこれで「安易な決闘」は挑んでこないだろう。
◇
その一部始終を、校舎の屋上から見つめる視線があった。
新しく編入してきた留学生、アリス・シルバーバーグ。
金髪碧眼の美少女だが、その瞳には感情のない冷たい光が宿っている。
「……Target confirmed。Threat Level……Unknown」
彼女は小型の通信機に向かって囁いた。
「ただの女子高生じゃない。……あれは、同業者の動きだ」
アリスが妖艶に唇を舐める。
俺の平穏な学園生活に、また一つ、面倒な火種が持ち込まれようとしていた。




