第43話:新人研修(という名の公開処刑)
放課後。
俺は田中に呼び出され、協会の地下にある訓練場へと連行されていた。
「……で、なんで俺がこんな所に?」
「公認探索者としての登録手続きです。装備の調整も兼ねて、現在の『戦闘技能』を測定します」
田中は涼しい顔でタブレットを操作している。
目の前には、広大な屋内運動場のようなスペースが広がっていた。
そこには、俺以外にも数人の若者が整列している。
彼らもまた、協会が育成している認定探索者候補生らしい。
「おい、見ろよ。あれ……」
「七瀬遙だ」
「マジかよ、本物だ……」
候補生たちがざわめく。
彼らの視線には、好奇心と――そして明確な敵意(ライバル心)が混じっていた。
まあ、いきなり現れた「ポッと出のアイドル」に、公認第一号の座を先越されたのだ。面白くないのは当然だろう。
「整列ゥ!!」
怒号が響いた。
現れたのは、筋肉の鎧を着たような巨漢の教官だった。
顔にある古傷と、鋭い眼光。
漂う空気は、戦場を知る者のそれだ。
「本日、貴様らの教官を務める権田だ! ここは遊び場じゃねえ! 『配信のネタ』が欲しいだけの軟弱者は、今すぐ帰ってママのミルクでも吸ってやがれ!」
権田教官は、あからさまに俺の方を見ながら叫んだ。
なるほど、歓迎されていないらしい。
「では、測定を始めます。まずは基礎体力から……」
「待て」
権田教官が田中の言葉を遮った。
彼は俺の前に歩み寄ると、見下ろすように鼻を鳴らした。
「握力だの反復横跳びだの、そんな数字遊びに意味はねぇ。現場で必要なのは『殺れる』か『殺られる』か。それだけだ」
「……つまり?」
「実戦形式でやる。俺と立ち合え、お嬢ちゃん」
教官がファイティングポーズをとる。
周囲の候補生たちが息を呑んだ。
俺は田中に視線を送るが、彼は「お手柔らかに」と肩を竦めるだけだ。止める気はないらしい。
(面倒くさいことになったな……)
この教官、ランクは低くない。
構えに隙がないし、魔素の練度も高い。
まともにやり合えば、俺の実力がバレる。
ここは適当にあしらって、怖気づいたフリをして負けるのが正解か。
「……お願いします」
「いい・返事だ。行くぞッ!」
ドンッ!
踏み込みと共に、権田教官の拳が迫る。
速い。だが、見えている。
俺は悲鳴を上げて尻餅をつく……イメージを脳内に描く。
だが、その瞬間。
教官の軌道が変化した。
直突き(ストレート)と見せかけた、足払いへのフェイント。
かつて、中東の戦場で俺の喉笛を食い破ろうとした傭兵と同じ挙動。
(――敵性反応。排除する)
思考よりも早く、脊髄が「戦場」の最適解を弾き出した。
俺の体は足払いを最小限の動きで回避し、同時に教官の懐へと潜り込む。
無防備な喉仏へ、硬質化した指先を突き出し――。
ピタ。
寸前で止めた。
指先が、教官の首の皮膚に触れる。
全速力からの完全静止。衝撃波が遅れて発生し、教官の短い髪を揺らした。
同時に、俺の肩の奥で嫌な音がした。
脳内の動きは完璧でも、この身体の関節はまだ追いついていない。
指先の感覚が薄くなり、肘から先がじんわり痺れる。
「……あ」
静まり返る訓練場。
権田教官は、白目を剥いて硬直している。
死の幻影を見たのだろう。全身から脂汗が噴き出している。
「……あー、すいません! 足が滑って、転んで偶然あんな形に!」
俺は慌てて距離を取り、JKらしい言い訳を叫んだ。
だが、誰も笑わなかった。
候補生たちは青ざめ、震えている。
今の動きは、どう見ても素人の「マグレ」ではなかった。
洗練され尽くした、殺人術(CQC)のそれだ。
「……はぁ。やはり、こうなりますか」
田中だけが、予想通りと言わんばかりに溜息をついた。
「権田教官、失神してますね。……七瀬さん、測定終了です。貴女の戦闘データは十分に取れました」
俺は気まずさに視線を泳がせながら、無言で更衣室へと逃げ込んだ。
扉を閉めてから、壁に背を預ける。
右手を開いて、握る。
開く。握る。
動く。だが、遅い。
たった一手でこれだ。全盛期の感覚で身体を動かせば、敵より先に自分の関節が壊れる。
どうやら、基礎訓練は免除(出禁)になりそうだ。




