第42話:有名人の日常
翌朝。
重い足取りで登校する。
配信での「カミングアウト」から一夜明け、世界は少し落ち着きを取り戻した……わけがなかった。
「……見ろよ、あれ」
「七瀬さんだ」
「マジでいた……」
「ワルキューレ……」
校門をくぐった瞬間、数百の視線が突き刺さる。
以前のような「遠巻きにする」視線ではない。
畏怖、称賛、そして純粋な好奇心。
スマホのレンズが、まるで銃口のように四方八方から俺を狙っている。
まるで動物園のパンダか、あるいは降臨した神を見るような目だ。
「おはよう、師匠」
昇降口で待っていたセナが、タブレット端末を操作しながら声をかけてきた。
「おはよう、セナ。……なんだ、この空気は」
「崇拝対象へのランクアップが完了したのよ。昨日の配信、同接120万超えてたから。今の師匠は、ただの『強いJK』じゃなくて、『国家公認の英雄』というアイコンに昇格したの」
「……嬉しくない昇格だな」
溜息をつきつつ、上履きに履き替える。
その動作一つ一つに、周囲から「おお……」とどよめきが起きる。
やりづらいこと、この上ない。
「七瀬殿!」
そこへ、アーサーが駆け寄ってきた。
彼は周囲の視線を気にする様子もなく、俺の前でパシリと敬礼する。
「昨日の配信、拝見しました! あの見事な指弾……さすがであります!」
「……声がでかい。あと、その『殿』はやめろ」
「ハッ、失礼しました! ですが、私の敬意を表するにはこれしか……」
「目立つんだよ。これ以上変な噂を立てられたくないなら、『さん』付けで統一しろ」
「イエス・マ……いえ、承知しました。七瀬……さん!」
アーサーの無邪気な笑顔を見ていると、頭が痛くなってくる。
こいつが変に敬うせいで、周囲の「七瀬遙=やんごとなき存在」という誤解が加速している気がする。
教室に入ると、空気が凍りついた。
今まで普通に話していたクラスメイトたちが、一斉に口をつぐむ。
担任の教師でさえ、俺と目が合うとビクリと震え、「あ、七瀬さん……体調は大丈夫ですか? 無理しなくていいですからね?」と、腫れ物に触るような扱いだ。
授業中も背中に視線を感じ続ける。
これではうかつに居眠りもできない。
そして、地獄の昼休みが訪れる。
俺はいつものように購買でパンを買おうとしたが、それは叶わなかった。
「……よし、行くぞ」
「気配遮断ですか?」
セナの問いに頷き、俺は人混みに紛れる特有の歩法を発動した。
だが。
「あ、七瀬さ……!」
「きゃあ! こっち見た!」
一瞬で見つかった。
廊下に出た瞬間、生徒の壁ができる。
まるでモーゼの十戒のように、俺の進む道だけがぽっかりと空くが、その両脇にはスマホを構えた生徒たちがびっしりと並んでいる。
サインを求める者、握手を求める者、ただ遠くから拝む者。
悪意はない。だが、これではトイレに行くのも一苦労だ。
「貴様ら! 七瀬殿の進路を塞ぐな!」
さらに悪いことに、アーサーが勝手にSP気取りで周囲を威圧し始めたせいで、余計に目立ってしまっている。
「……撤退だ」
「賢明な判断ね」
結局、俺たちは屋上に避難し、セナが持っていた予備の栄養ゼリーを啜ることになった。
秋の高い空を見上げながら、俺はスマートフォンの銀行アプリを開く。
昨日の配信の収益――約三千万円。
その数字を確認して大きく息を吐きつつ、(これで特殊弾薬の補充費用も自腹で賄えるな)と密かに独りごちる。
「有名税にしては高すぎるな」
「諦めて。それが『プロ』になるってことよ。……それに、もう普通のバイトや生活には戻れないでしょ?」
「ああ。コンビニに行くのすら、公安のエスコートが必要になりそうだ」
自由と引き換えに得た、莫大な富と名声。
52歳の元傭兵としては、静かな余生が遠のいたことに一抹の寂しさを覚えるが、通帳の桁が増えるスピードを思えば、まあ許容範囲か。
その時、スマホが短く震えた。
田中からのメッセージだ。
『公認探索者としての初任務に向けた、事務手続きがあります。放課後、ギルドへ』
空になったゼリーの容器を、ぐしゃりと握り潰す。
「……仕事の時間か」
平和な学園生活?
そんなものは、最初からなかったのだ。
だが、今の俺には「非課税」という最強のバフがかかっている。
稼げる時に稼ぐ。
それが、フリーランス(傭兵)の流儀だ。




