第39話:世界は彼女を見逃さない
現代社会において、情報の完全な隠蔽など不可能に近い。
特に、数千人の生徒が目撃し、スマホで撮影できる状況下では。
『速報:ダンジョンで謎のJKがオークを変異種ごと瞬殺』
『【動画あり】この銀髪の子、動きが人間じゃなくない?』
『#戦乙女 #ワルキューレ #南校舎の奇跡』
SNSのトレンドワードは、一夜にして彼女の色に染まった。
動画サイトにアップロードされた「盗撮映像」は、削除されても数秒後には別のアカウントから再アップされるイタチごっこ状態だ。
◇
「……消せ。徹底的に消せ」
協会本部の統括室で、田中は充血した目で叫んでいた。
部下たちがキーボードを叩く音だけが響く修羅場。
「課長、無理です! 海外サーバー経由の拡散が止まりません!」
「米軍のサイバー部隊らしき痕跡もあります。向こうも『銀の亡霊』に気づいています!」
「クソッ……!」
田中はデスクを拳で叩いた。
『魔素汚染による隔離』というカバーストーリーで、本人の身柄は確保した。
だが、あそこまでの戦闘力を見せつけられては、「ただのJK」という設定に無理が生じる。
「……発想を変えろ。隠しきれないなら、誘導する」
「誘導、ですか?」
「ああ。『彼女は政府が極秘に育成していた、認定探索者候補生である』という情報をリークしろ。軍属という線は消しつつ、一般人ではないと認めさせる」
これ以上「正体不明」のままだと、無用な憶測と陰謀論が加速する。
ならば、ある程度の「公式設定」を与えて、民衆の好奇心を鎮火させるしかない。
「七瀬遙……。貴女は本当に、私の寿命を縮めてくれますね」
田中は胃薬を流し込みながら、深い溜息をついた。
◇
一方、当の本人。
「……知らない天井だ」
俺がつぶやいたのは、ビジネスホテルのような個室病室だった。
窓の外には、日常を取り戻しつつある街並みが見える。
枕元のサイドテーブルには、没収されていたはずの俺のスマホが置かれていた。
「確か、田中にドナドナされて……。そういえば、寮に残してきた盆栽の水やりは大丈夫だろうか」
身体を起こす。
痛みは引いている。熱も下がったようだ。
丸三日は寝ていた感覚がある。
俺はおもむろにスマホを手に取り、恐る恐る自分の配信チャンネルを開いた。
「……は?」
思考が停止する。
前回確認した時、登録者は25万人前後だったはずだ。
学園編が始まって配信頻度は落ちていたが、キララちゃんとのコラボ効果などで順調に伸びていた。
だが、画面に表示されている数字は桁が違った。
『チャンネル登録者数:120万人』
「……バグか?」
再読み込み(リロード)する。
増えている。125万人。
最新のアーカイブ(配信履歴はないが、誰かが勝手に作った切り抜き動画へのリンクがコメント欄に溢れている)には、英語、中国語、ロシア語など、多言語のコメントが嵐のように流れていた。
『She is REAL』
『Ninja? Samurai? No, JK.』
『結婚してくれ!』
『国の宝だ、保護しろ』
「……おいおい、冗談だろ」
俺は額を押さえた。
年金の足しにするための小遣い稼ぎ。
目立たず、細々とやるつもりだった。
それがどうして、国際的な注目案件になっているのか。
「……これ、収益化の申請通ったら、いくらになるんだ?」
傭兵としての勘が警鐘を鳴らす一方で、貧乏性な俺の脳内電卓が皮算用を始めていた。
この登録者数なら、広告収入だけで……。
「いや、駄目だ。落ち着け俺」
目立てば、それだけ「過去」がバレるリスクも高まる。
だが、今さら逃げることもできない。
ここまで顔と能力が割れてしまった以上、逆に「有名税」を払ってでも表舞台に立った方が、身の安全を守れるかもしれない。
ピロン。
その時、スマホに通知が届いた。
田中からのメッセージだ。
『お目覚めですか、七瀬さん。状況が変わりました。……至急、今後の対応について協議が必要です』
その文面には、隠しきれない疲労と、新たなトラブルの予感が滲み出ていた。




