第36話:崩壊する日常と、覚醒
籠城開始から約2時間。
陽が落ちかけ、教室がオレンジ色に染まる頃。
南校舎の空気は、限界まで張り詰めていた。
「ハァ……ハァ……も、もう無理……」
女子生徒の一人が、その場にへたり込む。
無理もない。
彼女たちは極限の緊張状態で、机を運び、窓を塞ぎ続けてきたのだ。
精神的な疲労はピークに達している。
「……休憩だ。少し水を飲め」
俺は短く指示を出し、壁に背中を預けた。
全身が重い。
軽い眩暈と、身体の奥から湧き上がるような熱。
『呪い』の初期症状だ。
(……チッ。やはり、この身体で長時間戦闘モードを維持するのはキツイか)
ポケットから携帯栄養食を取り出し、包装を破って口に放り込む。
甘さが脳に染み渡るが、身体のダルさは消えない。
このまま夜になれば、視界も悪くなり、さらに状況は悪化するだろう。
「ガギィィィン!!」
バリケードとして積まれた机の山が、激しく揺れた。
外からの衝撃。
オークが力任せに殴りつけているのだ。
「ひっ……!」
「また来た……!」
生徒たちの顔が引きつる。
バリケードの隙間から、醜悪な緑色の腕が伸び、一番近くにいた男子生徒の襟首を掴んだ。
「う、わあぁぁぁ!!」
「おい! 手を離せ!」
周囲の生徒が助けようとするが、オークの怪力には敵わない。
引きずり出されそうになる男子生徒。
俺はナイフを構え、駆け出そうとした。
――その時だ。
「……離してよッ!!」
ドンッ!!
女子生徒の一人が叫ぶと同時に、見えない衝撃波がオークの腕を弾き飛ばした。
ただの衝撃ではない。
明らかに『魔素』の流動を伴った、初歩的な風魔法だ。
「グギャッ!?」
オークが体勢を崩し、腕を引っ込める。
その隙に男子生徒が転がり戻ってきた。
「え……嘘、わたし……?」
魔法を放った女子生徒――クラス委員長の少女が、自分の手を見て呆然としている。
極限の恐怖で、身体が勝手に“魔素の通る道”を食い破った――そんな荒々しい気配が、俺の肌にもビリリと伝わってきた。
魔素への適応。……覚醒、か。
「……悪くないタイミングだ(ナイス・キル)」
俺は彼女の横を通り抜けざまに呟き、崩れた体勢のオークの眉間にナイフを突き立てた。
絶命を確認し、バリケードを蹴って元の位置に戻す。
「いいか、今の感覚を忘れるな」
俺は彼女に向き直った。
「え、あ、はい……」
「お前たちはもう、ただ守られるだけの存在じゃない。……『武器』を持ったんだ」
彼女の目に、怯え以外の色が宿る。
それは、自分の力で運命を変えられると知った者特有の、意志の光だ。
「バリケードを補強しろ! 魔法が使えるなら、内側から援護できるはずだ!」
「……はいっ!」
委員長の返事には、力強さがあった。
それに感化されたのか、他の生徒たちの目からも絶望の色が薄れていく。
戦場において、最も強い武器は銃でも魔法でもない。
『生き残る意志』だ。
(……教官の真似事までする羽目になるとはな)
俺は苦笑しつつ、再び窓の外を睨んだ。
だが、安堵したのも束の間。
俺の『危機察知』が、今までで最大の警鐘を鳴らし始めた。
ズシ……ン。ズシ……ン。
遠くから響く、地響きのような足音。
オークやワイバーンとは桁が違う、圧倒的な質量を持った『何か』が近づいてくる。
「……本命のお出ましか」
俺はHK416のセレクターを確認した。
残弾は少ない。
だが、ここで引くわけにはいかない。
背中には、ようやく「戦う顔」になったひよっ子たちがいるのだから。




