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第3話:バズりと勘違い

 第二層に入ったあたりで、異変に気づいた。

 視界の隅に表示されている同接カウンターが、異常な勢いで回転しているのだ。


 10人……50人……100人……500人……。

 桁が違う。

 1000人を超えた。


「……故障か?」


 俺はドローンを軽く叩いた。

 だが、数字は止まらない。

 コメント欄も、滝のように流れている。


『SHOOTのツイートから来ました』

『ここが伝説の場所か』

『JK? マジでJKなの?』

『装備ガチすぎワロタ』

『そのベスト、ブラックホーク社の本物じゃね?』

『銃の構え方が完全にプロ』


 ……読めん。

 動体視力には自信があるが、文字情報の処理は専門外だ。

 最近の若者は、こんな速度で会話ができるのか。ニュータイプか何かなのか。


「……コメントが早くて読めん。質問があるなら、もっとゆっくり頼む」


 俺は正直に言った。

 すると、コメント欄が少しだけ落ち着いた(ような気がする)。


『声かわよ』

『塩対応助かる』

『「読めん」ってwwwおじいちゃんかよwww』

『ギャップ萌えですね、わかります』


 おじいちゃん……。

 地味に傷つく言葉だ。まだ52歳だぞ。働き盛りだ。


 その時、前方の通路から重低音が響いてきた。

 この足音、この臭い。

 ミノタウロスだ。

 本来なら、第五層あたりに出現する中ボス級のモンスターだが……はぐれ個体か?


『おい、ミノタウロスだぞ!』

『逃げろ! 初心者装備じゃ無理だ!』

『死ぬぞ! 配信切って逃げろ!』


 コメント欄がパニックになる。

 だが、俺は冷静に敵の戦力を分析していた。

 身長3メートル。武器は巨大な戦斧。

 質量差は、およそ20倍。

 かすっただけで、この華奢な体はひき肉になるだろう。


「……ふぅ。嫌な汗が出てきたな」


 俺は独り言を漏らした。

 以前の体なら、筋肉の鎧で多少の衝撃は耐えられた。

 だが今は、紙切れ一枚で鉄球を受け止めるようなものだ。

 失敗は許されない。


 俺は銃をホルスターに戻し、ナイフ一本を抜いた。


『は?』

『ナイフ? 正気か?』

『諦めたのか……?』


 ミノタウロスが咆哮を上げ、戦斧を振り下ろす。

 風圧。

 それだけで、体重の軽い身体が吹き飛ばされそうになる。

 俺は地面に靴底を食い込ませ、その風に乗るように一歩踏み出した。


 懐への侵入インファイト

 ここなら斧は届かない。だが、俺のナイフも届きにくい。


(リーチが、足りない……っ!)


 すれ違いざま、アキレス腱を狙う。

 だが、今の俺の腕力では、分厚い皮膚を切り裂けない。

 俺は全身のバネを使い、体重を乗せて刃を押し込んだ。


 ズバッ、と重い手応え。


「グオオオオッ!?」


 体勢を崩したミノタウロスの膝裏に乗り、さらに跳躍。

 背中を駆け上がる。

 一歩ごとに肺が焼けつくようだ。スタミナの減りが早すぎる。


 首筋へと到達する。

 そこには、太い血管がドクドクと脈打っていた。


「……おやすみ」


 逆手に持ったナイフを、全体重をかけて延髄に向けて突き立てる。

 骨が軋む音がした。俺の腕の関節も悲鳴を上げる。

 だが、刃は吸い込まれるように深々と刺さり、神経を断絶させた。


 ドサァァァッ……。

 巨体が地に伏す。

 俺は転がるように着地し、荒い息を吐いた。膝が笑っている。

 ギリギリだった。


「……硬いな。刃こぼれより、俺の骨が心配だ」


 俺は震える手でナイフの刃先を確認する。

 コメント欄は、静まり返っていた。

 そして数秒後。

 爆発した。


『ファッ!?』

『瞬殺……だと……?』

『ミノタウロスをナイフ一本で!?』

『動きが見えなかった』

『「おやすみ」って……クールすぎるだろ』

『戦場の女神だ……』

『スパチャ投げさせろ! 口座教えろ!』


 画面がスパチャのエフェクトで埋め尽くされる。

 赤スパ、虹スパ。万単位の金が飛び交う。


「……なんだこれ。画面が光って見にくいんだが」


(……待てよ。この金、どうやって引き出すんだ? 登録には身分証と口座が必要……俺は死人で、口座は凍結中……)

(……引き出せないじゃないか)


 俺は絶望した。

 目の前に数百万円があるのに、1円も触れない。

 画面の端に、D-Tube運営からの自動通知が出ていた。

 『本人確認が完了するまで、配信収益は一時保留されます。一定期間内に確認が取れない場合、探索者ギルド管理下の供託口座へ移管されます』


「……供託口座。つまり、餌を見せておいて首輪を付ける仕組みか」


 よくできている。

 未成年探索者の収益を保護する建前で、ギルドは身元不明の配信者を必ず窓口に引きずり出せる。

 俺のような死人には、実に都合の悪い制度だ。


 まあいい。凍結が解けた時の回収予定金、あるいはギルドとの交渉材料だと思うしかない。

 当面の生活費は、魔石を換金して稼ぐしかないか。


 俺が眉をひそめると、それがまた「媚びない態度」として評価されたらしい。

 同接は3万人を突破していた。


 こうして、俺の初配信は、本人の意図しないところで伝説の幕開けとなったのだった。


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