第2話:初配信
ダンジョン配信を始めるにあたって、準備が必要だ。
まず、配信機材。
これはドローン型のカメラがあればいい。幸い、偵察用の軍用ドローンが手元にある。
少し改造して、配信サイト『D-Tube』に接続できるようにした。画質は4K、暗視モード完備、自動追尾機能付きだ。
ついでに、探索者ギルドの公式アプリを入れ、「仮登録」も済ませた。
名前は「七瀬花子(仮)」、年齢は「16歳」。適当な偽名だが、身分証確認のない仮登録ならこれで通る。あくまで入場のパス代わりだ。
次に、衣装。
クローゼットを開けるが、あるのは迷彩服やタクティカルスーツ、あとは盆栽いじり用の作務衣くらいだ。
今の体格(身長150センチ前後)に合うものは……ない。
仕方なく、昔の任務で使った変装用の制服(なぜかセーラー服)を引っ張り出した。
……サイズ調整をして、着てみる。
今思えば、これが俺の『黒歴史』の始まりだった。
だが、今の俺にはこれしか選択肢がなかったのだ。
「……似合いすぎているのが、逆に腹立つな」
鏡の中の自分は、どこからどう見ても可憐な女子高生だった。
スカートの下にスパッツを履き、その上からレッグホルスターを装着。
タクティカルベストを着込むと、なんとも言えない「武装女子高生」スタイルが完成した。
まあ、顔さえ隠せばいいだろう。
俺はガスマスク……は流石に怪しすぎるので、目元を隠すタイプのタクティカルゴーグルと、口元を覆うフェイスマスクを装着した。
◇
近所のダンジョン(ランクD・初心者推奨)にやってきた。
入り口で配信を開始する。
タイトルは『初心者です。低層階の探索練習』。
無難なタイトルだ。これなら、下手な動きをしても笑って許してもらえるだろう。
「……あー、テステス。聞こえているか?」
マイクのテストをする。
声が高い。鈴を転がすような、とはこのことか。
自分の声に違和感を覚えつつ、俺はダンジョンへと足を踏み入れた。
現在の視聴者数:0人。
まあ、そんなものだろう。
第一層。
薄暗い洞窟のような通路が続く。
俺はハンドガン(サプレッサー付き)を構え、慎重に進む。
基本通り、コーナーの確認、天井の確認、背後の確認。
クリアリングは完璧に行う。油断は死に直結するからな。
カサカサ、と音がした。
3時の方向。距離15メートル。
俺は流れるような動作で銃口を向け、ダブルタップ(二連射)。
ズガンッ、ズガンッ。
乾いた発砲音と共に、飛び出してきたジャイアントバットが地面に落ちた。
眉間に二発。即死だ。
「……っ、ぐぅ」
俺は思わず呻いた。
手首に、予想以上の衝撃が走ったからだ。
サプレッサー付きのハンドガンとはいえ、華奢な少女の腕には反動が重すぎる。
脳内イメージでは完璧に制御できていたはずが、現実の筋肉が悲鳴を上げているのだ。
「……反動制御が、甘いどころじゃないな」
俺は痺れる手首をさすった。
単に筋力が足りないだけじゃない。骨格が違うのだ。
長年染み付いた「大人の男性の骨格」に最適化された構え方が、この華奢な体には合っていない。無理に抑え込もうとして、逆に衝撃を逃がしきれていないのだ。
「……フォームから作り直す必要があるか」
だが、逆に言えば。
この体に合った撃ち方をマスターすれば、また大口径の銃だって扱えるようになるはずだ。
この体、軽くて素早いが、耐久値は紙同然だ。
まともに撃ち合えば、敵に殺される前に自壊する。
それに、弾も節約しなきゃならん。
今使っているのは通常の鉛弾だ。低層の雑魚には効くが、深層の化け物には『対魔弾』――弾頭に魔石粉を練り込んだ特製弾――でないと通じない。だが、あんな高価な弾を買う金は、今の俺にはない。口座は凍結され、手元にあるのは隠し金庫のわずかな現金だけだ。
ダンジョン探索は、弾を使うほど赤字になりやすい。だから低層では、なるべく刃物で済ませる。
重心移動と技術で、反動を全て殺し切る必要がある。
たった二発で息が上がっている自分に、俺は軽い絶望を覚えた。
その後も、俺は淡々と探索を続けた。
ゴブリンの群れに遭遇すれば、閃光手榴弾を投げ込んで視界を奪い、その隙にナイフで喉を掻っ切る。
コボルトが飛びかかってくれば、半身でかわして背後を取り、ゼロ距離射撃で頭を吹き飛ばす。
作業だ。
完全に、いつもの害獣駆除の作業だった。
そんな俺の配信を、一人の物好きが見ていたらしい。
コメントが一つ、流れた。
『え、なに今の動き』
お、視聴者1人目か。
俺はカメラに向かって軽く会釈した。
「視聴感謝する。……今の動き? ああ、少し無駄があったな。次はもっとコンパクトにやる」
俺は反省を口にした。
今のゴブリンへのCQC(近接格闘)、踏み込みが浅かった。
もっと鋭く入れば、返り血を浴びずに済んだはずだ。
素人の目にも、俺の不手際がバレてしまったか。精進しないとな。
しかし、コメントの反応は俺の予想とは違っていた。
『いや、そうじゃなくて』
『今の、CQCだろ? なんで初心者が軍隊格闘使えんの?』
『しかもナイフの持ち方、逆手だし』
『エイムもやばい。ノールックで撃ってなかった?』
……ん?
最近の初心者は、CQCくらい嗜んでいるものではないのか?
俺が若い頃は、戦場の常識だったが。
「……独学だ。見様見真似というやつだな」
適当に誤魔化しておく。
元傭兵だなんて言ったら、身バレに繋がるからな。
『独学でこれは草』
『嘘乙』
俺は魔石を換金して帰路についた。
手持ちの現金は、今夜のコンビニ飯には足りる程度だ。
スマホを見ると、見慣れないアカウントから大量の通知が届いていた。
FPS界のレジェンドプロゲーマー、『SHOOT』。
彼が俺の配信URLをSNSで拡散したらしい。
『ヤバい新人見つけた。動きが人間じゃない。これ、チート疑われるレベルだけど、全部実写だわ。震える』
通知カウントが、見ている間にも増え続けている。
フリック入力が遅い俺には、到底追いきれない速度だ。
俺はスマホをポケットに突っ込み、足を速めた。
まず飯を食う。それから考える。




