第25話:訓練ダンジョンの小事件
地下訓練ダンジョンへの入口は、パニックに陥っていた。
警報が鳴り響く中、生徒たちが我先にと地上へ逃げようとしている。
「きゃあああ! 何あれ、オークがおかしい!」
「魔法が効かないぞ! 逃げろ!」
逆走する人の波をかき分け、俺とセナは地下へと降りていく。
階段の踊り場で、数人の男子生徒が腰を抜かしていた。
その奥から、3体のオークが這い上がってくる。
「……3体? おいセナ、地図の反応はどうなっている」
「え? まだ真っ赤だよ! この通路だけで50体はいる反応が出てる!」
セナが画面を見て悲鳴を上げる。
だが、俺の目には3体しか映っていない。
光学迷彩か? いや、気配もしない。
俺は即座に結論を出した。
「……センサーの誤作動か」
目の前の3体。
こいつらが発する異常な魔素が、探知機を狂わせ、大量の『虚像』を表示させているんだ。
電子機器には騙されない。俺は自分の感覚だけを信じる。
「赤黒い肌……『変異種』か。こいつらが電波塔の正体らしい」
通常のオークではない。
体表に纏った魔素膜が異常に分厚い。
生徒たちの魔法が弾かれているのは、あの膜のせいだ。
「師匠。魔素濃度測定……通常の3.5倍。ダンジョン全体が興奮状態になってる」
セナがタブレットを見ながら冷静に実況する。
この状況で震えもせずにデータ収集とは、さすがマッドサイエンティストだ。
「セナ、解析班の仕事は終わりだ。ここからは実行部隊の仕事になる」
「援護は?」
「不要。……下がっていろ」
俺は制服のスカートを翻し、階段を蹴った。
空中でナイフを抜く。
狙うのは眉間ではない。
あの分厚い膜を正面から貫くには、タングステン弾芯のライフル弾が必要だ。
だが、ナイフ一本でもやり方ならある。
オークが棍棒を振り下ろす。
俺はその軌道を読み、最小限の動きで避けた。
そして、オークの脇の下――関節の継ぎ目、魔素膜が薄くなる一点にナイフを突き立てた。
ズプッ。
嫌な手応えと共に、刃が深々と吸い込まれた。
心臓を一突き。
オークが絶叫を上げ、光の粒子となって崩れ落ちた。
「……ふぅ」
俺はナイフの血糊を振るい落とした。
あと2体。
同じ要領で処理する。
魔法使い(生徒たち)が数人がかりで苦戦していた『虚像』の発生源を、物理だけで瞬殺する光景に、周囲が静まり返った。
と同時に、セナが声を上げた。
「……消えた! 地図の敵性反応、全部ロスト!」
「やはりな。今の奴らが信号の発信源だったわけだ」
戦闘終了後。
俺は消滅したオークの跡地に、奇妙なものを発見した。
ドロップアイテムではない。
黒く、ガラス質のような光沢を持つ『欠片』だ。
「……何だ、これ」
俺が拾い上げようとした瞬間。
「触るな!」
鋭い声が響いた。
振り返ると、スーツ姿の男たちが階段を駆け下りてくるところだった。
先頭にいるのは、田中だ。
「……田中か。来るのが早いな」
「君が関わっているからね。GPSで急行した」
田中は息を切らせながら、俺の手元(黒い欠片)を凝視した。
その目には、いつもの飄々とした態度はなく、焦りの色が浮かんでいた。
「それを渡してくれ。……君が持っていいものじゃない」
「ただのドロップ品じゃないのか?」
「『特級遺物』に指定されている危険物質だ。我々が回収する」
田中の部下が、完全防護服と専用のケースを持って近づいてくる。
俺は肩をすくめ、欠片を渡した。
「……分かった。好きにしろ」
田中たちは慎重に欠片を回収すると、すぐに生徒たちへの箝口令を敷き始めた。
「避難訓練の一環だった」「最新のAR演出だ」などと説明しているが、無理があるだろう。
騒ぎが収束し、解散が命じられた後。
俺とセナは再び研究室に戻っていた。
「……師匠。あれ、渡しちゃってよかったの?」
セナが不満げに頬を膨らませる。
俺はニヤリと笑い、ブレザーの袖口から小さなガラス管を取り出した。
「本体は渡したさ。……だが、『粉末』までは回収しきれなかったようだな」
俺が回収する際、爪先で削り取った微細な粉末。
あの黒い欠片の一部だ。
「解析できるか?」
「もちろんでしょ。……私を誰だと思ってるの?」
セナが嬉々としてガラス管を受け取る。
俺はニヤリと笑った。
「さて、答え合わせの時間だ」




