第24話:初日(本当にJKやらされる)
4月。
本来なら桜が舞う季節だが、ダンジョン都市の空はいつも通りドローンと飛行船で埋め尽くされている。
「……帰りたい」
俺は教室の自分の席で、深く沈み込んでいた。
周りは輝かしい未来を夢見る10代の少年少女たち。
対して俺は、中身52歳の元傭兵。
今はこの学園の1年生、『七瀬遙』としてここにいるわけだが……。
浮いている。物理的にも精神的にも。
「ねえねえ、昨日のLIME見たー?」
「見たー! マジ卍じゃない?」
「それなー!」
前の席では、女子生徒が風魔法でペンを浮かせながら雑談し、隣の男子生徒は指先から小さな放電を出してスマホを充電している。
魔法が日常に溶け込んだ光景。これがこの世界の「普通」だ。
……卍? 寺記号か?
飛び交う若者言葉が暗号にしか聞こえない。
俺は戦場の無線用語なら5ヶ国語で理解できるが、JK構文は解読不能だ。
さらに、俺の隣の席。
ここだけ空気が違う。
「……師匠」
「師匠と呼ぶな」
白衣を羽織った小柄な少女――如月セナが、授業中だというのにタブレットを操作しながら話しかけてくる。
特待生だからか、あるいは天才特有の許容枠なのか、教師も彼女の行動を黙認している。
「あの試験の動き、シミュで再現してみたの。……重心移動の効率が異常値。筋肉の使い方が現代人じゃない。まるで戦場の死神ね」
「人聞きの悪い数値を出すな」
「教えて、師匠。あの動き、どうやったらできるの?」
「……盆栽に水をやればできるようになる」
「ふうん。植物による精神安定と魔力波長の同調……新しいアプローチね。メモしておこう」
セナは真顔でタブレットに打ち込んでいる。
冗談が通じないタイプか。面倒なことになった。
◇
放課後。
俺とセナは、研究棟に来ていた。
田中の指示(という名の命令)で、俺はセナの研究室の警備を兼任することになったのだ。
「ここが私の城。……好きにしていいよ、師匠」
部屋に入ると、そこは魔境だった。
大量のモニター、剥き出しの配線、未解析の魔石、そして飲みかけのエナジードリンクの山。
天才の部屋というのは、得てして汚いものらしい。
「片付けないのか?」
「無駄。エントロピーは増大するものだから」
「……」
俺は無言で袖を捲った。
元傭兵の整理整頓スキル(几帳面さ)が疼く。
俺は目にも留まらぬ速さでゴミを分別し、配線を結束バンドでまとめ、モニターの配置を最適化した。
「……すごい。エントロピーが逆行した」
「掃除だ。……で、お前は何を研究しているんだ?」
俺は綺麗になったソファに腰を下ろした。
セナはモニターの一つを指差した。
「これ。……ダンジョンの『波長』」
画面には、複雑な波形グラフが表示されている。
「最近、地下深くから奇妙なノイズが出てるの。……まるで、誰かがドアをノックしてるみたいな」
「ドア?」
「うん。深層にある『大扉』。……あれが今、無理やり開けられようとしてる」
セナの声が少し震えた。
俺は眉をひそめた。
深層の大扉。伝説上の存在だと思っていたが。
「もし開いたらどうなる?」
「……世界中の魔素濃度が今の100倍になる。人間は魔力酔いで死滅するか、魔物に変わるか。……終わりだよ」
その時。
学園内にサイレンが鳴り響いた。
ただの避難訓練ではない。本物の警報だ。
『緊急連絡。地下訓練ダンジョンにて異常発生。規定値を超える魔素反応を確認。生徒は直ちに避難を――』
アナウンスが途中で途切れた。
代わりに、獣の咆哮のような音がスピーカーから漏れ出した。
「……始まったみたいだね」
セナが青ざめた顔でモニターを見る。
そこには、訓練ダンジョンの地図を埋め尽くすほどの赤い点(敵性反応)が表示されていた。
「師匠。……これ、予兆じゃない。本番」
「ああ、分かっている」
俺は立ち上がり、ブレザーの内ポケットから愛用のナイフを取り出した(校則違反だが知ったことか)。
JK生活初日にして、早くも授業の時間のようだ。
「セナ、俺の後ろにいろ。……課外授業をはじめようか」
俺はニヤリと笑った。
学園モノの皮を被った、戦争の始まりだ。




