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9/17

第8話 雨の日とファンアート

 窓の外では雨が降っていた。

 しとしとと降り続く雨がアスファルトを濡らしている。


 そういえば梅雨入りしたらしい。


 いつからだったかはよく知らない。

 天気予報なんて、ほとんど見ないから。


 季節が移り変わるのは早い。

 ナギさんにスカウトされた頃はまだ桜も咲いていなかった。

 けれど、気付けば六月も半ばに差し掛かろうとしている。


 そして、僕がVtuberデビューしてからもうすぐ一週間が経とうとしていた。


『こんエリです』


〈こんエリ!〉


〈こんエリ~〉


〈今日もかわいい!〉


〈初見です謝罪会見から来ました〉


『だからあれは忘れてくださいって……』


〈忘れないよ^^〉


〈一生擦るぞ〉


〈伝説だからな〉


 コメント欄が笑いで流れていく。


 初配信から一週間。

 どうやら謝罪会見の件は、そう簡単には風化してくれないらしい。


 あの配信のあと、マネージャーさんからしっかり注意を受けた。

 

 それもそうだ。

 今にして思えば、謝罪する内容も決めずに謝罪会見を始めるなんて何を考えているんだろう、という話である。


 事実あの時の僕は何も考えていなかった。

 言い訳が許されるのであれば、頭が真っ白だった。


 結果として炎上してなかったから良かったけれど。

 本当に炎上していたら火に油どころの騒ぎではない。


「私たちはいつでも貴女の味方です。もし炎上してしまったとしても」

「その時は全力で私たちが貴女方ライバーを守ります」

「だから、一人で抱え込まず相談してください」


 マネージャーさんの言葉を心の中で反芻する。


 どうにも僕は人に頼るというのが苦手だった。

 昔からそうだ。


 困ったことがあれば自分で何とかしようとして。

 失敗してからようやく助けを求める。

 そんなことを何度も繰り返してきた。


 でも、少しずつ変わっていかなきゃいけないんだと思う。


 人に頼ることも。

 助けを求めることも。

 僕はまだ、あまり得意じゃないから。


 もっと、人を頼れるようにならないと。


 そう思った。


〈エリスちゃん?〉


〈急に黙ったな〉


〈考え事してる?〉


〈フリーズした?〉


『あっ』


 コメントに呼ばれて我に返る。

 どうやら少し考え込みすぎていたらしい。


『すみません』

『ちょっと考え事してました』


〈謝罪会見の反省会?〉


〈コミュ障あるある一人反省会〉


『もうその話やめませんか……?』


〈やだ^^〉


〈一生擦るぞ〉


〈諦めろ〉


『ひどいです……』


〈かわいい〉


〈かわいい〉


〈エリ虐すこ〉


 最近になって、コメント欄にも色々な人がいることがわかってきた。


 僕のことを狂犬だと言ってくる人。

 コミュ障仲間として妙な親近感を抱いてくれている人。

 声がかわいいと褒めてくれる人。

 ゲームの話になると急に長文になる人。

 毎回のように謝罪会見を擦ってくる人。


 最後の人たちはそろそろ許してほしい。


〈そういえばFA見た?〉


〈#えりすけっち増えてるぞ〉


〈昨日もいっぱい投稿されてたな〉


〈ナギエリ絵また増えてたぞ〉


『え?』


 思わず間の抜けた声が出た。


 ファンアート。

 もちろん存在は知っている。


 タグも初配信のあとにリスナーさんと一緒に考えた。

 でも、実はまだちゃんと見れていなかった。


 理由は単純だ。


『あの』

『自分の絵を見るのって結構恥ずかしくないですか?』


〈わかる〉


〈まあわかる〉


〈本人はそうかもしれんw〉


〈でも見ろ〉


〈見ろ〉


〈見ろ〉


〈逃げるな〉


『圧が強い……』


 コメント欄に押し切られる形で、僕は恐る恐るSNSを開いた。

 検索欄に「#えりすけっち」と入力する。


 次の瞬間。


『……えっ』


 画面いっぱいに、紅音エリス(自分)のイラストが並んだ。


 笑顔のイラスト。


 ゲーム中のワンシーン。


 デフォルメされた可愛らしいイラスト。


 どれも信じられないくらい上手だった。


『すごい……』


〈かわいいだろ〉


〈愛されてるな〉


〈みんな描くの早いんよ〉


 自分が描かれている。

 当たり前のことなのに、不思議な気分だった。


 しかもみんな、実物より可愛く描いてくれている。

 というか、みんな少し幼く描いてない……?


『私ってこんなに幼い感じでしたっけ……』


〈え?〉


〈え?〉


〈え?〉


〈今さら?〉


〈自覚なかったのか……〉


〈中学生じゃないの!?〉


〈違うぞ小学生だゾ〉


〈知ってるけど見た目は完全に中学生だぞ〉


〈中身込みで小学生だと思ってる〉


『小学生はさすがに言い過ぎですよ……?』


〈いやでも声がね〉


〈声が可愛すぎなのが悪い〉


〈ランドセル似合いそう〉


〈言動も正直17歳には……〉


〈しーっ!〉


〈謝罪会見したしな〉


『最後関係なくないですか!?』


〈あるぞ〉


〈大人は謝罪内容決めてから謝罪するんだよ〉


〈痛恨の一撃で草〉


『うっ』


〈効いてて草〉


〈なんか小学生が背伸びして頑張って敬語使ってる感じなんだよな〉


〈わかる〉


〈わかる〉


〈褒められると露骨に声嬉しそうなのとかね〉


〈それな〉


〈わかりみ〉


〈間取って中学生で妥協しといてあげるよ〉


『なんで私がわがまま言ったみたいになってるんですか……?』


〈あと嘘コメ信じ過ぎね〉


〈それ、純粋すぎる〉


〈お父さん心配ですよ〉


〈あ、自認お父さんの不審者さんは帰ってねー^^〉


〈ルミナ姫に騙されたしな〉


『あれは騙されたわけじゃ……』


〈本人自供済みだから……〉


〈謝罪会見 (ガチ)で自分で言ってたんだよなあ〉


〈珍しくあのルミナ姫はしおらしかった〉


〈信じやすいえりすちゃん(17)かわいい〉


『うぅ……』


〈あ、その下のイラストおすすめ〉


〈それまじかわいい〉


〈感想聴きたいね〉


『え?』

『これですか?』


 コメントに言われるまま一枚のイラストを開く。


『……?』


 そこに描かれていたのは。

 犬耳の生えた紅音エリス()だった。


『なんでですか!?』


〈そりゃあねえ?〉


〈狂犬だから〉


〈狂犬だから〉


〈狂犬ですし〉


〈解釈一致〉


『だから狂犬じゃないです……』


〈でもその絵かわいいだろ?〉


『それはそうですけど……』


〈認めた〉


〈認めたな〉


〈自分が可愛いって認めたか〉


『いや、この絵がとてもかわいいだけで認めたわけでは……』

『というか、よく見たら犬耳のイラスト多くないですか?』


 次のイラストも。

 その次のイラストも。


 犬耳。

 犬耳。

 犬耳と犬尻尾。


 かわいいイラストから、目つきの鋭いかっこいいイラストも。

 たくさんの犬耳紅音エリスの絵が溢れていた。


『あ』


 もう一枚開く。

 今度は犬耳だけじゃなかった。


 首輪。

 そしてその先のリードをナギさんが握っていた。


『首輪まで付いてるんですけど!?』


〈飼い主付きです〉


〈ナギ付き〉


〈お得パック〉


〈セット商品〉


〈実質ハッピーセット〉


『そもそもコラボもしてないのに……』

『というかなんかその、この絵……』


〈えっちだよな〉


〈小学生にはちょっと早かったか^^〉


〈中学生にも早いぞ〉


 改めてイラストを見る。

 

 紅音エリス()の首輪から伸びたリードを握るナギさん。

 手繰り寄せられた紅音エリス()は、なぜか頬を赤らめていた。


 二人の距離も近い。

 とても近い。


『なんか近くないですか……?』


〈近いぞ〉


〈近いですね〉


〈でも解釈一致です〉


〈解釈一致って便利な言葉だよな〉


 スクロールする。


『あ』


 またナギさんと一緒の絵だった。


『あ』


 また。


『あっ』


 また。


〈草〉


〈増殖してる〉


〈ナギエリは公式なんで〉


〈公式(未コラボ)〉


『公式ではないです』


〈公式が勝手に言ってるだけだから〉


〈ナギエリ見たもん!〉


〈ぜったいいたもん!〉


『いません』


〈即答草〉


〈でもナギ好きでしょ?〉


『もちろん好きですよ』


〈うおおおおおおおお〉


〈言質いただきました〉


『先輩として、です……!』

『ナギさんには、デビュー前にもいろいろお世話になったので』


〈必死乙〉


〈ナギも言ってたねそれ〉


〈配信機材揃えてもらったんだっけ〉


〈やっぱナギエリてぇてぇだわ〉


〈早く供給ください〉


〈コラボいつですか?〉


『はい、この話はおしまいです』


〈打ち切られた〉


〈強制終了〉


〈解散!〉


 コメント欄を流し見しながら、もう一度イラストを眺める。


 犬耳の絵。

 ゲーム中の絵。

 ちょっとかっこいい絵。

 デフォルメされた絵。


 どれも本当に上手だった。


 配信を始める前は知らなかった。

 誰かが自分のために絵を描いてくれる。


 そんな経験ができるなんて。


『なんというか』

『嬉しいですね』


〈よかったなあ〉


〈愛されてるぞ〉


〈これからもっと増えるぞ^^〉


〈照れてる?〉


『ちょっとだけです』


〈かわいい〉


〈素直でよろしい〉


〈今日の配信平和だな〉


『平和が一番です』


 その後もしばらく雑談を続けて。

 気付けば配信終了の時間になっていた。


『それじゃあ今日はこの辺で』


〈おつエリ!〉


〈おつかれー!〉


〈楽しかった!〉


〈またねー!〉


『はい』

『また来てくれたら嬉しいです』

『おつエリでした』


 配信終了ボタンを押す。


 部屋に静寂が戻った。


 ふぅ、と息を吐く。


 今日も楽しかった。

 そう思いながら開いていたSNSを閉じる。


 その時だった。


 ぴこん。


 Discordの通知が鳴る。


「……?」


 送り主を見る。

 そこに表示されていた名前は。


 翠葉(みどりは)エナ。


 思わず背筋が伸びた。

 同期から届いた、初めてのメッセージだった。


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