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第9話 降り続く雨の中で

 画面の中で、翠色の髪が揺れる。


 肩口で切り揃えられたボブヘア。

 ところどころに入った黄色のメッシュが、動くたびに楽しそうに跳ねていた。


『よしっ!』

『クリアー!』


 配信画面の中、翠葉エナは歓喜の表情に染まる。


〈おおおおお〉


〈ナイス!〉


〈うまい!〉


〈初見でこれはすごい〉


『でしょ!?』

『だから言ったじゃん!』

『エナこういうゲーム得意なんだから!』


〈さっき何回死んだんでしたっけ?〉


〈都合の悪い記憶を消すな〉


〈さっきは泣きそうだった癖に〉


『泣いてませーん!』


〈あれは泣いてたね〉


『だから泣いてないって!』

 

 今日は最近話題の鬼畜ゲームのクリア耐久配信。

 苦節7時間、ゲームをクリアした時の気持ちよさは何度味わっても色褪せない、大好きな瞬間だ。


〈最後だいぶ怪しかったけどなw〉


『あれはわざとだから』


〈嘘つけ〉


〈絶対焦ってたろ〉


〈声裏返ってたぞ〉


『は〜?裏返ってません〜!』

『全然余裕でした〜!』


〈録画確認しようぜ〉


『それはちょっと違うじゃん』


 コメント欄が笑いで流れる。

 こういう時間が好きだ。


 ゲームをして。

 コメントと話して。

 みんなで笑う。


 あの日憧れた、私の理想の配信。


〈エナちゃん配信頻度えぐない?〉


〈毎日配信当たり前、なんなら2回行動もするし〉


『まあね〜』

『せっかく見に来てくれる人がいるんだし』

『そこは頑張らなきゃじゃん?』


〈えらい〉


『でしょ〜?』

『もっとエナのこと褒めてよ!』


〈自分で言うな〉


『言ったっていいじゃん!』


 再び笑いが起こる。


 時計を見る。

 夕方に始めた配信だったが、気づけば深夜に差し掛かろうとしていた。


『じゃあ今日はこの辺で終わろっか』


〈おつエナー!〉


〈楽しかった!〉


〈次回も楽しみ〉


『ありがと』

『また来てねー』


『ありがと』

『また来てねー』


〈おつエナー!〉


〈おやすみー!〉


〈クリアおめでとう!〉


 配信終了ボタンを押す。

 画面が暗転する。


「ふぃー……」


 大きく伸びをする。

 肩が重い。


 さすがに七時間もゲームをしていたら当たり前だ。


 机の上のペットボトルを手に取る。

 中身はもうほとんど残っていなかった。


「お腹空いたなぁ……」


 配信開始前に軽く食べたとはいえ、既に空腹は限界だった。


 何か食べようか。

 そう思って立ち上がりかける。


 でも。


「……いや」


 先にやることがある。

 私は再び椅子へ座り直した。


 スマホを取り出す。


 SNS。

 Discord。

 マネージャーからの連絡。


 確認するものは色々ある。

 でも、その前に。


 YouTube Studioを開く。


 同接。

 登録者。

 視聴者維持率。


 今日の数字を確認する。


「うん」


 悪くない。

 登録者も増えている。


 維持率も前回より少し良かった。

 同接も悪くない。

 コメントの流れも良かった。


 七時間耐久なんていう長丁場だったのに、最後まで付き合ってくれた人も多い。

 今日の配信には手応えがあった。


 あったはずなのに。


「……」


 画面を閉じる気にはなれなかった。


 無意識にSNSを開く。


 タイムラインが流れていく。


 配信の感想。

 切り抜き。

 ファンアート。


 見慣れた景色。


 その中でふと、一枚のサムネイルに目が止まった。


【緊急】謝罪会見【紅音エリス】

 再生数 28万回


「……また伸びてる」


 昨日よりさらに増えていた。


 正直、すごいと思う。

 新人で、デビューしてたった一週間。


 それでこの伸びだ。

 たまゆらプロジェクトの知名度を考えれば、異常ともいえる。


 ゲームの上手さ。

 話題性。

 声の可愛さ。


 運だってもちろんある。


 だから、紅音エリスが伸びること自体は、おかしなことだとは思わない。


 ただ。

 最近、よく見るコメントがある。


〈同期コラボまだ?〉


〈二期生で何かやってほしい〉


〈エナちゃんとエリスちゃんの絡み見たい〉


 最初は気にしていなかった。

 けど。


 毎回のように見かけると、流石に無視もできなくなる。


「……」


 正直、同期コラボをやらない理由なんて本来ない。

 

 向こうにもメリットがあるし。

 私のことを相手のリスナーにも知ってもらえる。


 同じ箱の同期だ。ずっと避けて通れる道じゃないことだってわかってる。


 なにより、視聴者のみんなが求めてる。

 

 それでも、私は一歩踏み出せないでいた。

 理由は、自分が一番よくわかってる。

 

「……はぁ」


 小さく息を吐いた。

 どうせなら向こうからコラボの誘いをしてくれないかとすら思う。

 

 まあ、あの子から来るわけないんだけど。


 Discordを開く。

 紅音エリスとの間に、DMの履歴はない。


 私たちは同期なのに。

 まともに話した回数は片手で足りる程度だった。


 デビュー前の合同ミーティングの時に、挨拶を交わした程度。


 仲が悪いわけじゃない。

 そもそもそれ以下なのだ。

 

 紅音エリスが私に何かしたわけじゃない。


 私が、一方的に、勝手に避けている。

 自分でも子供じみてると思う。

 

「……よし」


 メッセージ入力欄をタップする。

 

 どうせいつかやらなきゃいけないんだ。

 それならきっと、早い方がいい。


翠葉(みどりは)エナ]

お疲れ様です!

今度良かったらコラボしませんか?


 送信ボタンを押す。

 たった二行、それだけなのに妙に緊張した。


「何やってんだろ、私……」


 数秒後。

 返事はすぐに届いた。


[紅音エリス]

お疲れ様です

ぜひお願いします


[紅音エリス]

うれしいです


「はやっ……」


 思わず声が漏れる。

 

 私はあんなに悩んだというのに。

 あまりにもあっさりとコラボが決まってしまった。


 というかこの子、もっと警戒心とかないわけ?

 同期とはいえ、ほとんど喋ったこともない相手からいきなりコラボ誘われて。

 数秒でいきなりOKとか普通ありえないでしょ。


[紅音エリス]

私も、エナさんとコラボしてみたかったです


[紅音エリス]

ただ、コラボとかどうしたらいいのかわからないので

ご迷惑をおかけするかもしれません……


「……」


 紅音エリスはずいぶんと低姿勢だった。

 そっちの方が伸びてるんだから、ドンと構えていればいいのに。


[翠葉エナ]

それじゃあ、今度企画会議しましょっか!

いつ頃なら空いてますか?


[紅音エリス]

夜ならいつでも大丈夫です

エナさんに合わせます


[翠葉エナ]

それじゃあ明後日の夜21時からどうでしょうか!


[紅音エリス]

大丈夫です

よろしくお願いします


 紅音エリスの最後の返信にリアクションを付け、私はようやくスマホの電源を落とす。

 椅子に大きくもたれかかり、長く息をついた。


 まるで胸の奥に溜まっていたものが行き場を失ったかのようにぐるぐると渦巻いていた。


 もっと気まずくなると思っていた。

 それなのに「私も、エナさんとコラボしてみたかったです」だなんて。


 拍子抜けもいいところだ。

 

「……なんなのよ」


 小さく呟く。


 勝手に意識して。

 勝手に距離を取って。

 勝手に気まずくなっていた。


 そんな自分が馬鹿らしかった。


 だけど。

 だからといって、胸の奥のもやもやが消えたわけじゃない。


 私は目を閉じる。

 明後日、紅音エリスと初めてまともに話すことになる。


 そう考えると、心が落ち着かない。


 窓の外では、相変わらず雨が降っている。

 街灯に照らされた雨粒が、夜の闇の中を静かに落ちていく。


 規則正しい雨音が部屋を満たす。


 なのに。

 不思議と今日は、いつもより少しだけ騒がしく感じた。


 私はもう一度、小さく息を吐く。


 雨はまだ、降り続いていた。

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