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第10話 【初コラボ】エナさんと協力して廃病院から脱出します【紅音エリス】

 雨粒が窓を叩いている。

 しとしとと降り続く雨音が、静かな部屋に響いていた。


 夜。


 雨。


 そしてこれからやるのはホラーゲーム。


「……」


 部屋は乾燥していないのに、口の中が異様に乾いていた。

 少し強く握った手は、指先がひどく冷えている。


 ホラーは苦手だ。


 映画も。

 お化け屋敷も。

 ゲームも。


 全部苦手である。


 なのに、僕は今からホラーゲームのコラボ配信をしようとしていた。

 数日前の自分を問い詰めたい。


『ホラーとかどうですか?』

『最近流行の協力型のやつがあるんで、それとか』


「が、がんばります」


『いや、苦手なら別のゲームでも――』


「大丈夫ですいけますがんばります」


 数日前の企画会議のことを思い返してみても、断る機会はいくらでもあった。

 

 でも。

 エナさんに誘ってもらったのが、嬉しくて。


 断るという選択肢が頭になかった。


「……」


 結果がこれである。

 自業自得とはこのことだ。


 机の上のマウスを意味もなく動かす。


 右へ。


 左へ。


 また右へ。


 気付けば同じことを繰り返していた。


 よくない。

 初配信の時とは別の方向でとても緊張していた。


 時計を見る。

 二十時五十三分。


 コラボ開始まで、あと七分。


 人生初のコラボ。

 初めての『同期』とのコラボ。


「……がんばろう」


 自分に言い聞かせるように呟いた。


 正直、自信はあまりない。

 

 ホラーゲームは苦手だし。

 人と話すのも得意じゃない。


 エナさんの配信はよく見ている。

 

 明るくて。

 話すのが上手くて。

 面白くて。


 僕とは正反対の人。


 そんな人と二人で配信をする。


 大丈夫だろうか。

 いや、大丈夫じゃない気がする。

 でも大丈夫って言ったのは自分じゃないか。


 それに、もう逃げられない。


 僕は深呼吸を一つして、Discordを開いた。


 通話ボタンを押す。


「聞こえますか?」


「聞こえてますよ~」


 返事はすぐに帰ってきた。

 僕の緊張をよそに、エナさんの声はいたって普通に聞こえた。


「えと、エナさん今日はよろしくお願いします」


「こちらこそよろしくね~!」

「え、てかめっちゃ緊張してません?」


 配信で聞くのと変わらない声だった。。


「し、してます」


「私も緊張してるので一緒ですね!」


「エナさんも、緊張とかするんですか?」


 もしそうなら意外だ。

 少なくともいつものエナさんの配信では緊張しているようには思えなかったから。


「めちゃくちゃ緊張しますよ~!」

「初配信の時とかやばかったですし!」


 そうか、エナさんでも緊張するんだ。

 少し意外だった。


 もっと余裕そうな人だと思っていたから。

 気付けば、さっきまで強張っていた肩の力が少し抜けていた。


「えと、ありがとうございます」

「少し、ましになりました」


「それならよかったです!」

「ていうか、『エナさん』って硬くないですか?」


「え、そうですか?」


「だって私たち同期ですよ!」

「エナさん、エリスさんじゃ違和感ありませんか?」


 確かに、言われてみればそうだ。

 一期生の三人はそれぞれあだ名やちゃん付け、または呼び捨てで読んでいる。


「とはいえいきなり呼び捨ても違和感あると思うんで」

「最初はちゃん付けとかどうですか?」


「エナさんに呼ばれるのは大丈夫、なんですけど……」

「私が呼ぶのはちょっと……」


 正直、恥ずかしい。

 同期とはいえ、まだ数えるほどしか話したことがない。

 それなのにいきなり「エナちゃん」は難易度が高すぎた。


「そっかあ、エリスちゃんは私と仲良くしてくれないんだ……」


「あ、いえ、その、そういうわけは……!!」


「あはは!」

「冗談ですよ!」

「こういうのは無理にするものじゃないですし、呼びやすいように呼んでくださいね!」


「なんかその、すみません……」


「大丈夫大丈夫」

「それじゃあ私はエリスちゃんって呼ぶね!」


「はい、よろしくお願いします」


 そんな話をしていると、配信開始まで1分を切っていた。

 ついさっきまであれだけうるさかった心臓も、今は少し落ち着いている。


 もしかするとエナさんは、私の緊張をほぐすためにこうして話してくれたんじゃないだろうか。


 だとしたら、やっぱりエナさんはすごい。

 僕なんか自分のことで精いっぱいなのに……。


「それじゃあ、そろそろ始めますか!」


「はい……!」


 時刻は二十一時目前。


 配信ソフトを確認する。


 マイク良し。

 ゲーム画面良し。

 コメント欄良し。


 大丈夫。

 ……たぶん。


「エリスちゃん」


「はい?」


「深呼吸!」


「えっ」


「吸ってー」


 言われるまま息を吸う。


「吐いてー」


「は、はい……」


「よし!」

「これで大丈夫!」


 通話越しに明るい声が返ってくる。

 その直後。


「じゃあ始めよっか!」


 そして、僕は配信開始ボタンを押す。


『こ、こんエリです』


〈こんエリ!〉


〈こんエリ!〉


〈緊張してる?〉


 コメント欄が流れ始める。

 通話越しに聞こえてくるエナさんの声も更にに明るくなった。


『みんなこんエナー!』

『みんなの笑顔に”エナ”ジーチャージ!』

『たまゆらプロジェクト二期生!翠葉エナだよ!』

『今日はついに!』

『たまプロ二期生コラボの日だよー!』


 事前に開いていたエナさんの配信画面を見る。

 エナさんの元気に呼応するように、始まった瞬間からコメント欄が盛り上がっていた。


〈待ってた!!!!!〉


〈エナエリコラボだー!!〉


〈やっほー!エリスちゃん見てるー!?〉


〈エリスちゃんホラー大丈夫?〉


〈もう声震えてるww〉


〈エリスちゃんがんばれ!〉


 一方、僕の方のコメント欄というと。


〈声震えてて草〉


〈狂犬ぷるぷるじゃない?〉


〈泣きそう〉


〈てか泣いてほしい〉


〈わかる〉


 あれ、僕のコメント欄僕に厳しくない……?


『エナさんのコメント欄の方が優しいです……』


『あはは!』

『好きな子には意地悪したくなっちゃうのかな?』


〈狂犬は愛されてるから〉


〈かわいそうはかわいい^^〉


〈本日はウチの狂犬をよろしくお願いいたします〉


〈エナちゃんに迷惑かけちゃだめだぞ〉


 どうして既に迷惑をかける前提なんだろうか。

 いや、たぶんかけてしまうんだろうけど……。


『こんなに可愛いのに狂犬なんて酷いコメントだよね~?』


 エナさんが笑う

 コメントを拾いながら自然に場を回していく。

 

 僕と同じ、デビューして一週間のはずなのに。

 全然そんな風に思えなかった。


『ということで!』

『改めまして、たまゆらプロジェクト二期生!』

『翠葉エナとー!』


『紅音エリスです』


『二人合わせて~?』


『え、え、決めてませんよ……?』


『あははそうなの!』

『まだ決まってないので、いい名前あったら募集中だよ~!』


〈決まってないんかーい!〉


〈無難にエリエナとか?〉


〈赤と緑だからクリスマス組とか〉


〈なんかしっくりこないなあ〉


『さて!』

『今日は告知していた通り協力型ホラーゲーム「深夜病棟からの脱出」をやっていきまーす!』


〈うおおおおお〉


〈きたああああ〉


〈早く悲鳴聞かせろ〉


〈なんかやばいリスナーいて草〉


〈エリス、達者でな〉


『みんなエリスちゃんがホラー苦手な前提だけど、実際どうなの?』


『え、えと……』

『その……』


〈声震えてんよ~〉


〈今にも帰りたそう〉


〈これで得意だったら逆に怖いよ〉


『ガ、ガンバリマス……』


〈草〉


〈草〉


〈答えになってないんよww〉


『まーまー大丈夫大丈夫!』

『今日は協力型ゲームだからね!』

『エナがキャリーしちゃうぞー!』


『よろしくお願いします……』


〈エナちゃん頼りになるな~〉


〈新しい保護者枠キタ〉


『ちなみに今日やる「深夜病棟からの脱出」は二人の女子高生が夜の廃病院に迷い込んじゃうお話なんだって!』

『私たちは別々の場所を探索して、見つけた情報を共有しながら進めていく感じだね』

『つまり……』


『つまり……?』


『エリスちゃんがパニックになったら二人とも死んじゃいます☆』


『死んじゃうんですか!?』


『多分!』

『エナやったことないけど、これホラゲーだし!』


〈二人の情報共有が大事なのねー〉


〈エリスちゃんと報告できるか?〉


『あの、えと……』

『大丈夫です』

『……多分』


〈無理そう〉


〈ダメそう〉


〈エクプロやってるときはあんなに頼もしいのにw〉


『エナがついてるよ~!』

『エリスちゃん、絶対生きて帰ろうね!』


『はぃ……』


〈消え入りそうな返事〉


〈まだ始まってないんよ〉


〈二人ともがんばれ!〉


 ゲーム画面に切り替わる。

 そして僕たちは、深夜の廃病院へと足を踏み入れた。



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