第11話 【初コラボ】エリスちゃんとホラーゲームやるよー!【翠葉エナ】
薄暗い廊下だった。
壁紙は剥がれ。
蛍光灯は弱々しく点滅している。
どこか遠くで水滴の落ちる音が聞こえた。
ホラーゲームとしては満点の雰囲気だ。
今回プレイする『深夜病棟からの脱出』は、最近配信者の間で流行っている協力型ホラーゲームだ。
プレイヤーは廃病院の中で目を覚ました二人の女子高生。
失われた記憶を辿りながら、病院からの脱出を目指す。
特徴は、二人が別々の場所からスタートすること。
手に入る情報も違うため、ゲーム内の通話を使って情報共有しながら進めていくらしい。
そして病院内には殺人鬼が徘徊している。
見つかれば追いかけられ。
捕まればゲームオーバー。
紹介ページにはそんなことが書いてあった。
『エナさん』
電話越しに不安そうな声が聞こえる。
『いますか……?』
『いるよー!』
『ちゃんといるから安心して!』
ゲーム開始からまだ一分も経っていない。
『よかったです……』
『ちょっと待ってもう泣きそうじゃない?』
苦手だとは素振りからわかっていたけど、これはかなり苦手そうだ。
〈まだ何も起きてないぞw〉
〈先が思いやられるな……〉
〈エリスちゃんがんばれ!〉
〈保護欲がすごい〉
〈かわいい〉
〈もう帰りたそう〉
このゲームを提案したのは私だ。
企画会議の時、紅音エリスは確かに「大丈夫です」と言っていた。
だから、ここまでガチビビりするほど苦手なんだとは思わなかった。
『ひっ』
通話越しに短い悲鳴が聞こえる。
『エリスちゃん?』
『もしかしてもう殺人鬼いた?』
『あ、いえ、その』
『ネズミが……』
『ネズミかーい!』
思わず何のひねりもない突っ込みを入れてしまう。
〈ネズミで草〉
〈かわいい〉
〈先行き不安すぎる〉
〈殺人鬼「まだ何もしてないんだけど……」〉
〈エリスちゃん大丈夫?〉
〈保護欲が刺激される〉
〈エナちゃん頑張れ〉
『エリスちゃん落ち着いてー?』
『深呼吸深呼吸!』
『し、深呼吸』
『ひっひっふー、ひっひっふー』
『うん、それは深呼吸じゃないよー?』
駄目だこの子。
私が頑張んないと。
とはいえ、ゲームが始まってしばらくは意外と順調だった。
病室を調べて。
意味深なメモを見つけて。
脱出のための道を探す
紅音エリスも怖がりながらではあるけれど、ちゃんと探索はしている。
『あれ?』
廊下の突き当たりで足を止めた。
重そうな鉄扉。
その横には古びたテンキーが取り付けられている。
どう見ても怪しい。
そしてこういうのは大体ゲームの進行に必要なやつだ。
『エリスちゃん』
『はい』
『たぶん最初の謎解き見つけた』
そういえば。
さっき見つけたメモを取り出してみる。
『薬品庫の暗証番号は、東棟の4階の病室番号の合計』
『多分だけど、そっちにある病室の番号が必要かな?』
『り、了解です……』
『まあまあ、番号伝えるだけだしそんな大変じゃ――』
言いかけたところで、言葉が止まる。
廊下の先、今私が進んできた方から。
ひた……ひた……
足音がする。
私は思わず物陰に隠れた。
『あー、エリスちゃん?』
『えと、なんでしょうか……』
『ごめんだけど早くしてくんないと私死んじゃうかも』
『えっ』
『今たぶん殺人鬼いるから!』
『えっ!?』
『お願い早くしてー!』
その瞬間、遠くの殺人鬼と目が合ってしまう。
見つかった。
即座に私は逃げ始める。
〈うおおおおおお〉
〈いたあああああ〉
〈始まったwwwww〉
〈エナちゃん頑張れ!〉
廊下を全力で駆ける。
背後から足音が迫る。
ひた。
ひた。
ひた。
相手は歩いているだけなのに。
なぜか全然距離が離れない。
『ちょっと待ってちょっと待ってちょっと待って!』
『エナさん!?』
『今めちゃくちゃ追いかけられてる!!』
角を曲がる。
そのまま近くの病室へ飛び込んだ。
ロッカー。
反射的にその中へ身を滑り込ませる。
ギィ……。
ゆっくり扉を閉める。
直後。
ひた。
ひた。
ひた。
足音が病室の前で止まった。
思わず息を呑む。
ロッカーの隙間から覗く視界の先。
血の染みた患者服。
鉈を引きずる男。
殺人鬼はゆっくりと辺りを見回していた。
『エナさん!』
『なに!?』
『401号室ありました!』
『ナイス!』
『402と405もありました!』
『オッケー!』
頭の中で数字を並べる。
401。
402。
405。
足せば――。
その瞬間。
ガタン。
殺人鬼の首がこちらを向いた。
『あっ』
まずい。
見つかった。
病室を飛び出し、全速力で廊下を駆ける。
鉄扉。
テンキー。
401、402、405。
咄嗟に計算した数字を打ち込む。
1208。
電子音。
――エラー。
『ちょ!開かないんだけど!?』
背後から足音が迫る。
焦りで指先が震えた。
『エリスちゃん!』
『は、はい!』
『他に部屋なかった!?』
『えと、えと……』
『お願い早くーーーーー!!』
『あ、411もありました!』
『それだあああああ!』
即座に数字を打ち直す。
1619。
ピッ。
ガチャン。
鍵が外れる音が響いた。
ほとんど転がり込むように薬品庫へ飛び込み、背後の扉を閉める。
直後。
扉の向こうで足音が止まった。
『……』
思わず息を殺す。
数秒。
いや、もっと長かったかもしれない。
やがて足音はゆっくりと遠ざかっていった。
『はぁぁぁぁ……』
全身から力が抜けた。
〈エナちゃんお疲れ様です〉
〈エリスちゃん怪しすぎるwww〉
〈保護者の苦労が見える〉
最初のギミックからこれでは先が思いやられるなあ。
――そう思った私はどうやら正解だったらしい。
*
『その廊下の先になにかない?』
『エナさん!変な声します!お経みたいな!』
『多分その先に鍵あるから!』
『ううううぅぅ……』
『進んだ?』
『進みました』
『2メートルくらい……』
『少なっ!?』
〈草〉
〈頑張った〉
〈頑張ったな〉
〈えらい〉
〈赤ちゃんのハイハイのが早いで〉
『いやでも進んだので!』
『それはそうなんだけど!』
『ちなみに今どこ?』
『お経の声が大きくなりました』
『進んでるねぇ……』
『あと血が付いてます』
『うん』
『壁に』
『うん』
『床にも』
『うん』
『帰りたいです』
『まだ駄目!』
〈エナちゃん先生で草〉
〈引率の先生かな?〉
〈頑張れエナ先生〉
*
『エナさん』
『なに?』
『このメモって取らないとだめですか……?』
『駄目だよ?』
『絶対重要なやつだってそれ!』
『でも取ったら後ろからあいつが来そうで……』
『やっぱり取らないで帰ったら……』
『ダメだって!!』
〈帰れません〉
〈帰ったらゲーム終わるんよwww〉
〈エリスちゃん諦めるの早いwww〉
〈かわいい〉
〈メモ取って!!〉
〈そこ重要アイテムだろ絶対〉
*
『待ってください』
『ヤダヤダヤダ』
『エリスちゃん?』
『いや、追っかけられて、こわいやだこわい』
『エリスちゃん逃げて!』
『アッ、ヤダキテル!』
『ホントニコワイデス!ホントニコワイデス!』
『ヤダ!ヤダ!』
『アアアアアアアアアアアアア!!!!』
『エリスちゃーん!』
『ムリデスムリデス!!』
『カエリマス!!!』
『だから帰れないってー!!』
〈聞いたことない悲鳴出てて草〉
〈事件性のある悲鳴〉
〈事件ではあるんよ〉
〈病院に連れてこられた小型犬で草〉
〈ガチ悲鳴助かる〉
*
『エリスちゃん!』
『早く発電機の電源入れて!』
『エナつかまっちゃう!!』
『エナさん猟銃見つけました!』
『今!?』
『ちょ、それあとにして!』
『エナ死んじゃうから!』
『これならあいつ倒せるかもしれません!』
『だぁから早くしろっつってんだろー!!!!!!』
〈ついにキレたwww〉
〈エナ、キレた!!〉
〈屋上へ行こうぜ…久しぶりに…キレちまったよ…〉
〈キレてないっすよ〉
〈レスラーも見てます〉
〈エナちゃん限界で草〉
〈今の素だろwww〉
*
紆余曲折ありはしたが、ようやくゲームも終盤。
出口は目の前だった。
割れたガラス扉。
その向こうには夜の駐車場が見える。
あと数メートル。
本当にあと少し。
『エリスちゃん!』
『はい!』
『出口見えた!』
『ほ、本当ですか!?』
通話越しの声が明るくなる。
その瞬間。
背後で。
ひた。
ひた。
ひた。
聞き慣れた足音が響いた。
『うそ』
振り返る。
殺人鬼だった。
逃げようとした瞬間、腕を掴まれる。
『っ!?』
強引に壁へ叩きつけられた。
視界が揺れる。
包丁が振り上げられる。
〈あっ〉
〈終わった〉
〈エナちゃん!?〉
〈うわあああああ〉
もう逃げられない。
そう思った。
その瞬間。
『エナさん!!』
通話越しじゃない声だった。
廊下の先。
殺人鬼の背後。
猟銃を構えた女子高生が立っていた。
『伏せて!!』
反射的にかがむ。
バンッ!!
乾いた銃声。
殺人鬼の頭が跳ねた。
包丁が床へ落ちる。
私をつかんでいた身体がゆっくりと崩れた。
〈え?〉
〈は?〉
〈ワンパンヘッショで草〉
〈うっま〉
〈さっきまで震えていた子犬はどこ……?〉
〈誰だお前!?〉
しばらく理解が追いつかなかった。
今の一瞬。
迷いも躊躇もなかった。
ネズミに悲鳴を上げていた人と同じとは思えない。
エリスちゃんが駆け寄ってくる。
『エナさん!』
『だ、大丈夫ですか!?』
その瞬間、ムービーに入った。
どうやらこれでゲームクリア、ということらしい。
『エリスちゃん』
『はい、何でしょうか……?』
『今の何?』
『えっと』
『頭が見えたので……』
『頭が見えたので?』
〈狂 犬 登 場〉
〈武器握ったら別人じゃねーか!〉
〈さっきまでの可愛い子犬返して〉
〈うわあいきなり落ち着くな!〉
思わず吹き出した。
『ふふっ……』
『え?』
『いや、ごめん』
肩の力が抜ける。
さっきまであんなに怖かったのに。
必死で逃げ回っていたのに。
今はなんだか笑ってしまった。
『エリスちゃん』
『はい』
『変なの』
『へ、変ですか……?』
『うん』
ネズミで悲鳴を上げて。
お経みたいな音で立ち止まって。
帰りたいと泣きそうになっていたくせに。
銃持った瞬間豹変するし。
『よくわかんない子』
『す、すみません……』
『褒めてるよ?』
『一応ね』
『あ、ありがとうございます?』
ぽかんとするエリスちゃんを見て、おかしくてもう一度笑った。
〈変なのは本当にそう〉
〈だいぶ振り回されてたもんな〉
〈さっきまで帰りたいって泣いてたのに〉
〈急に頼りになるの何なんだよwww〉
〈エナちゃん完全に面倒見る側だったな〉
〈なんかずっと引率してなかった?〉
〈先生お疲れ様でした〉
〈保護者枠お疲れ様です〉
〈お姉ちゃん大変だったね……〉
〈変な妹と常識人の姉〉
姉妹、という単語をっみつけ、わざと反応する。
『えー?』
『私がエリスちゃんの姉?』
『ちょっといきなり人の頭を撃つ妹はなあ』
『えっ』
『そのあれは仕方なかったといいますか……』
『ウソウソ』
『まあエリスちゃん実際小学生の女の子みたいだったからなあ』
『妹みたいってのはそうかも!』
『私が、エナさんの、妹……?』
『私一応17歳で、エナさんと同い年ですよ?』
『いやー、今日の感じ17歳は無理だね!』
〈17歳……?〉
〈17歳(推定)〉
〈精神年齢の話なんだよなぁ〉
〈エリスちゃん小学五年生説〉
〈保護者同伴ホラー配信〉
〈妹って言われて否定できないの草〉
〈今日ずっと面倒見られてたもんなwww〉
〈エナちゃん面倒見良すぎるんよ〉
〈今日で関係性決まった感ある〉
〈姉妹コラボ良かった〉
〈このコンビ好きだわ〉
〈次回も頼む〉
『そんなに子供っぽかったですか……?』
『逆に大人っぽい要素あった?』
〈ない〉
〈ない〉
〈なかったなあ〉
『うぅ、そんなあ……』
〈かわいい〉
〈かわいい〉
〈かわいい〉
ムービーはエンディングへ進んでいく。
夜明け。
病院から脱出した二人の少女。
スタッフロール。
ゲームクリアの文字。
配信もそろそろ終わりだった。
『ということで!』
『無事クリアできましたー!』
〈88888888〉
〈おつかれー!〉
〈面白かった!〉
〈またやってくれ!〉
『エリスちゃんもお疲れ様!』
『お疲れ様でした』
『いやー大変だったね』
『えと、すみません……』
『まー妹の面倒見るのはお姉ちゃんとしては当たり前かな?』
『反論できないのが悲しいです……』
コメント欄がまた笑う。
悪くない。
むしろ、思っていたよりずっと楽しい配信だった。
『また何かやろうね』
自然とそんな言葉が出た。
一瞬。
通話の向こうが静かになる。
『……はい//』
少しだけ。
嬉しそうな声だった。
気のせいかもしれないけど。
私も少しだけ、この変な同期とのコラボが楽しみになっていた。




