第7話 【緊急】謝罪会見
気持ちいいな。
目が覚めた瞬間、最初にそう思った。
柔らかい布団。
掛け布団の重さ。
枕の感触。
身体が沈み込むような心地よさ。
まだ眠っていたい。
そう思いながら、僕は目を閉じたまま寝返りを打つ。
寝返りを打った拍子に髪が顔へかかる。
少し鬱陶しい。
そう思いながら髪を耳にかける。
昔はこんなことしなかったな、と。
布団の中で大きく伸びをする。
ぐっと背筋を伸ばした拍子に、ぶかぶかのTシャツの裾がずり上がった。
細い腕。
軽い身体。
もう男だったころの面影なんてほとんど残っていない。
最初の頃は鏡を見るたびに違和感があった。
けれど今ではぶかぶかのTシャツも。
長くなった髪をかき上げることも。
すっかり当たり前になってしまっていた。
寝起きの、ぼんやりとした思考で考える。
今日は予定がない。
だからもう少しくらい寝ていても問題ないはずだ。
うん。
そういうことにしよう。
多分そうだった。
多分。
再び意識が沈みかける。
一人暮らしの僕の睡眠を妨げるものは何もない。
その時だった。
カーテンの隙間から差し込む光がやけに眩しいことに気付く。
「……?」
重い瞼を開く。
部屋の中が明るい。
思ったよりずっと。
朝というより、もう夕方に近い色だった。
身体を起こす。
時計を見る。
十六時四十八分。
「えっ」
思わず声が出た。
寝過ぎた。
いや。
昨日なかなか眠れなかったんだ。
配信が終わったあとも。
布団に入ったあとも。
コメント欄のこととか。
ゲームのこととか。
ナギさんのこととか。
その日のことを、たくさん思い出した。
……とても、楽しかったなあ。
そうやって思い返していたら。
気付けば空が白み始めていた。
だから寝坊したのは仕方ない。
仕方ないんだけど。
「……十六時?」
さすがに寝過ぎでは?
いやでも。
久しぶりに熟睡できた気がする。
頭が軽い。
身体も軽い。
気分も悪くない。
むしろ、体の調子がいい。
昨日は楽しかったから。
本当に、すごく楽しかった。
思い出しただけで少し頬が緩む。
コメント欄も優しかったし。
ゲームも楽しかったし。
ナギさんも見ていてくれたし。
たまゆらプロジェクトに入ってよかったな。
そんなことを考えながら、枕元のスマホへ手を伸ばした。
「……ん?」
画面が点灯する。
次の瞬間。
「えっ」
通知。
通知。
通知。
画面を埋め尽くす、大量の通知。
ほとんどはSNSのものだった。
通知の数は99+。
明らかに異常な数だ。
この時点で僕は気づいてしまった。
「え、炎上だ……」
「何かやっちゃったんだ、僕……!」
事実とはかけ離れたとんちんかんな真実に。
一方、その頃。
「待って」
私はお昼配信も終わり、のんびりスマホを眺めていた。
たまゆらプロジェクトのライバー用Discordチャンネル。
そこに現れた一つのメッセージを見て、思わず声が出る。
[紅音エリス]
おはようございます
[紅音エリス]
すみません
[紅音エリス]
私炎上してしまったみたいです
「なんでぇ!?」
[白銀ルミナ]
やらかしたね^^
[紅音エリス]
やっぱりそうなんですね……
「違う違う違う!!」
慌ててメッセージを打ち込む。
[煌陽ナギ]
違うから!
[煌陽ナギ]
やらかしてないから!
[紅音エリス]
でも通知が99件超えてて……
[紅音エリス]
マネージャーさんからも連絡来てて……
[紅音エリス]
これ炎上ですよね……
「なんでその結論になるの!?」
[白銀ルミナ]
あーそれは炎上だね
[白銀ルミナ]
ウチも経験あるからわかる
[紅音エリス]
やっぱり……
[紅音エリス]
こういう時はどうしたらいいでしょうか
[白銀ルミナ]
謝罪会見しかないね
[紅音エリス]
謝罪会見
[白銀ルミナ]
そ、やらかしたときはさっさと謝るに限る
[白銀ルミナ]
タイトルは【緊急】謝罪会見でいこう
「ルミこいつ……!」
でも流石にこんな口車に乗せられるわけ……。
[紅音エリス]
なるほど
[紅音エリス]
ありがとうございます
「ちょいちょいちょい!!!」
[煌陽ナギ]
待って!
[煌陽ナギ]
だからまずSNS見て!
[煌陽ナギ]
切り抜き見て!
[煌陽ナギ]
炎上じゃないから!
[晶空ソフィア]
反応ありませんね~
[白銀ルミナ]
え、まじ?
[紅音エリス]
配信枠立てました
[紅音エリス]
許していただけるかはわかりませんが
[紅音エリス]
がんばってきます
ピコン
SNSのタイムラインが更新される。
そこには確かに『【緊急】謝罪会見【紅音エリス】』の文字が並んでいた。
【緊急】謝罪会見【紅音エリス】
〈は?〉
〈え?〉
〈何があった〉
〈待って怖い怖い怖い〉
〈炎上したの!?〉
〈なんかやらかした?〉
〈いや何も聞いてないぞ〉
〈エリスちゃん大丈夫?〉
〈マジで何があったんだ〉
〈今起きた〉
〈俺も〉
〈誰か説明して〉
〈説明できるやついないんだが〉
〈どういうことなの……〉
『みなさんこんにちは……』
『えっと……』
『本日はお忙しい中お集まりいただきありがとうございます』
〈記者会見始まったwww〉
〈お辞儀してそう〉
〈こんエリどこいった?〉
〈声が真面目すぎるwww〉
『まず最初に』
『ご迷惑をおかけした皆様に謝罪を――』
〈待て待て待て待て〉
〈何の話!?〉
〈ご迷惑かかってないが?〉
〈俺被害届出してないぞ〉
〈まず罪状を教えてくれ〉
〈何を謝るんだwww〉
『え?』
『あれ?』
〈あっ〉
〈気づいた?〉
〈もしかして〉
〈こいつ勘違いしてる?〉
〈エリスちゃんSNS見た?〉
〈切り抜き見た?〉
〈炎上じゃなくてバズりだぞ〉
『……』
『もしかして、私』
『炎上、してない……?』
〈草〉
〈草〉
〈草〉
〈えぇ……〉
『あの、起きたら通知がすごくて』
『てっきり炎上したのかと……』
[煌陽ナギ]
そうだよ炎上してないよ!
〈飼 い 主 登 場〉
〈ナギママこれはどういうことですか〉
『本当に炎上してないんですか……?』
『ルミナ先輩は謝罪した方がいいって……』
〈犯人ルミナ姫かよwwwwwwwwww〉
〈バズっただけだぞ〉
〈炎どころか煙も見えないぞ〉
〈いったい何を吹き込まれたんだ……〉
[白銀ルミナ]
いやちゃうんすよ
〈戦 犯 登 場〉
〈姫!これはどういうことですか!〉
〈弁明をどうぞ〉
〈被告人入廷〉
〈証言台へどうぞ〉
[煌陽ナギ]
弁護は拒否します
[煌陽ナギ]
全部白銀さんが悪い
〈”白銀さん”〉
〈白銀さん草〉
〈草〉
『あの、今SNS確認しました……』
『全然炎上してませんでした……』
『私の早とちりです……』
〈よかったねえ〉
〈なにをどう勘違いしたらこうなるんだ……〉
[白銀ルミナ]
ウチはただかわいい後輩を世間の荒波から守りたかっただけで
[煌陽ナギ]
白銀さんちょっとお話あるからDiscord来てね^^
[白銀ルミナ]
はい……
〈あっ〉
〈あっ〉
〈あっ、ふーん(察し)〉
〈姫、お達者で……〉
〈南無〉
『ルミナ先輩……』
[白銀ルミナ]
エリス
[白銀ルミナ]
ウチはいつだってお前の味方だb
〈どの口がwwww〉
〈草〉
〈こいつwwwww〉
[煌陽ナギ]
ルミ、遅い
[白銀ルミナ]
(´・ω・`)
〈姫、しょんぼり〉
〈ひえっ〉
〈これは教育やろなぁ〉
〈なお反省しない模様〉
コメント欄を眺めながら、僕は小さく息を吐く。
どうやら本当に炎上はしていなかったらしい。
よかった。
本当によかった。
心の底からそう思う。
ルミナさんには悪いことをしてしまった。
後で謝らなきゃ。
『えっと……』
『じゃあ謝罪会見は中止ということで』
〈草〉
〈それはそう〉
〈まあなんもなくてよかったよ〉
『代わりに』
『せっかく来ていただいたので』
『昨日の初配信を振り返ろうかなと思います』
〈きたああああああ〉
〈待ってました〉
〈それが見たかった〉
勘違いから始まった配信だったけれど、このまま集まってくれた視聴者さんを返してしまうのは違う気がした。
それに。
昨日は本当に楽しかった。
その気持ちを、少しでも視聴者さんと分かち合いたい。
そんな気分だった。
『えっと』
『まずは来てくれた皆さん、本当にありがとうございました』
〈こちらこそありがとう!〉
〈最高の初配信だったぞ〉
〈伝説を見た〉
〈狂犬ありがとう〉
『だから狂犬じゃないです』
〈様式美〉
〈草〉
〈これもうテンプレやろなあ〉
思わず笑ってしまう。
昨日は緊張して、コメントを読む余裕なんてほとんどなかった。
それでも、昨日の配信はとても楽しかった。
次はもっと、みんなと話せたらいいな。
そうしたら、きっともっと楽しい。
そう思った。
僕はマウスへ手を伸ばす。
『じゃあ』
『昨日の振り返り、始めましょうか』
〈きたあああああ〉
〈待ってました!〉
〈狂犬鑑賞会の始まりだ〉
『だから狂犬じゃ――』
コメント欄が笑いで埋まる。
その光景を見ながら、僕も少しだけ笑った。
ちなみに。
三十分後。
【緊急】謝罪会見【白銀ルミナ】
という配信枠が立つ。
本人曰く『誤解を招く発言をした件について』の謝罪会見が始まり。
そちらも大いに賑わったらしい。




