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第6話 【雑談】お昼ご飯たべる~【煌陽ナギ】

レギュラーキャラお披露目会です

 六月の昼下がり。


 窓の外では青空が広がっていた。

 雲は少なく、強い陽射しだけがアスファルトを照らしている。

 冷房の効いた部屋の中は涼しいはずなのに、カーテンの隙間から差し込む光を見ると、もうすっかり夏が近いんだなと思った。


 冷房の風が揺らす前髪を指で整えながら、私はキッチンとパソコンの間を行ったり来たりしていた。


 テーブルの上にはコンビニで買ってきたサンドイッチとサラダ。

 それからお気に入りの麦茶。


 今日の配信はお昼ご飯を食べながらの雑談配信だ。


 時計を見る。

 配信開始まで、あと三分。


「よし」


 配信ソフトを立ち上げて。

 マイクを確認して。

 コメント欄を開いて。


 慣れた手つきで準備を進めていく。


 深呼吸。


「……なんか久しぶりだなぁ」


 思わずそんな言葉が漏れた。


 昨日と一昨日は配信をしていない。

 主役は新人二人だったから。


 初めての後輩。


 そして。


 私がスカウトした新人。

 紅音エリス。


 昨日の初配信を思い出す。


 最初は本当に心配だった。

 挨拶の時は声震えてたし。

 言い淀んで無言の時間出来ちゃってたし。


 緊張して。テンパって。コメント欄に助けられて。


 守ってあげたくなるような、可愛い後輩。


 ……途中までは。


 エクプロを始めた彼女は、まさに「狂犬」だった。

 いやね、私だってそんな朝陽ちゃんの姿に魅了されて思わずスカウトしちゃったわけなんだけどさ。


 まさか本番一発勝負で1v6クラッチするとは思わなかったなあ……。


 あの初配信の構成を考えたのは私と雨柳マネージャー(あめちゃん)だ。

 本番一発勝負を提案したのも私。


 その方がインパクトあると思ったし、朝陽ちゃんなら本番ぶっつけでもすごいプレイができると思った。

 けどあのプレイは明らかに異次元だった。


 運ももちろんある。

 敵の判断や、スキル一個の使い方でいくらでも詰んでしまうような場面だった。


 でも、あの場面で勝ち筋を見つけたのは朝陽ちゃんだ。


 勝てると信じたのも。

 実際に勝ち切ったのも。

 全部、あの子自身だ。


「ふふっ」


 思わず笑ってしまう。


 昨日の初配信が終わった後。

 真っ先に朝陽ちゃんから送られてきたメッセージは。


『すごく楽しかったです!』


 だった。


 ホント、試合中とは別人だ。

 そのギャップこそ朝陽ちゃんの最大の魅力だ。

 あれで一年前まで男の子だっただなんて、正直今でも信じられない。


 朝陽ちゃんの病気について知っているのは、マネージャーさんや経営陣の一部。

 所属ライバーだと私だけだった。


 最初に聞いた時は正直驚いた。

 いや、驚いたなんてもんじゃない。


 頭が真っ白になった。


 だって、そんなこと漫画やドラマの中だけの話だと思っていたから。


 でも、朝陽ちゃん自身は案外あっさりしていた。


 もちろん悩んだこともあったと思う。

 辛かったことだってあったはずだ。


 それでも。


 私の知る朝陽ちゃんは、いつだって一生懸命だった。


 面接の時も。

 ボイストレーニングの時も。

 配信準備の時も。


 何をするにも不器用で。


 要領が良いタイプでもなくて。


 むしろ逆だ。


 一つのことに躓くと、ずっとそこで悩んでしまう。

 でも、投げ出したことは一度もなかった。


 わからないなら調べて。

 できないなら練習して。

 失敗したら次は失敗しないように頑張る。


 そんな当たり前のことを、誰よりも真面目にやる子だった。


 そこに、女の子だとか男の子だとか、関係ないじゃん。

 心の底からそう思った。


 私は知っている。


 昨日の配信が上手くいったのは偶然じゃない。

 昨日のプレイが凄かったのは才能だけじゃない。


 あの子はずっと頑張っていた。


 誰も見ていないところで、ずっと。


 朝陽ちゃん、まだ寝てるのかなあ。

 起きたらきっとびっくりするんだろうなあ。


 伸び続ける昨日の切り抜き動画。

 驚愕するSNSの反応。

 増えるファンアート。

 初配信のアーカイブについたたくさんのコメント。


 本人は多分、まだ知らない。

 知ったらきっとまた、あわあわしながら一つずつ確認するんだろうなあ。


 容易に想像できてしまって、また笑ってしまう。


「よしっ」


 麦茶を一口飲む。

 冷たい。


 時計を見る。

 配信開始まで、十秒。


 昨日はエリスちゃん。

 一昨日はエナちゃん。


 大事なかわいい後輩二人が頑張ってくれた。

 今日は私の番。


 パソコンの画面には待機コメントが流れている。

 そろそろはじめよう。


 私はマイクをオンにした。


 画面の中に映るのは、金色の髪をサイドテールにまとめた少女。


 太陽みたいな笑顔がトレードマークの、たまゆらプロジェクト一期生。

 それが私、煌陽(きらひ)ナギだ。


『みんなおはよー!』


 次の瞬間。

 コメント欄が滝みたいな勢いで流れ始めた。


〈こんナギー!〉


〈こんナギ!〉


〈狂犬の飼い主だ〉


〈昨日はお疲れ様でした〉


〈後輩どうなってるんですか?〉


〈説明責任〉


 予想通り、コメントの半分くらいは昨日のエリスちゃんの配信の話題で持ちきりだった。


『ちょいちょい!久しぶりの配信なのにいきなりほかの女の子の話~?』

『そういうのモテないと思うけどなあ』


〈すみません……〉


〈モテなくて結構です!〉


〈図星やめてください〉


〈やめろ刺さる〉


〈その攻撃は俺に効く〉


〈でもエリスちゃんの話聞きたいし……〉


〈だって気になるじゃん!〉


〈昨日のアレ見たらしゃーない〉


〈ナギも見てただろ!〉


〈飼い主として一言お願いします〉


『飼い主じゃないってば!』

『まあ~見てたけど、あれはすごかったね!』


〈ガチやばかった〉


〈プレイとクールなロリボの落差がえぐい〉


〈ナギから見てエペならマスター行けそう?〉


〈エペやったことないってあれマジなんかな〉


〈いつかやんないかな〉


『まあまあ!』

『エリスちゃんの話はこのくらいにして!』


〈逃げた〉


〈話題終了のお知らせ〉


〈まだ聞きたい〉


『今日は私の配信なんだからね!?』


〈はいはい〉


〈そうだぞナギの配信だぞ〉


〈飯食え飯〉


『そうそう!』

『せっかくお昼ご飯用意したんだから――』


 その時だった。


 ぴろん。ぴろん。ぴろん。

 メッセージアプリの着信音が鳴る。


『ううぇ!?いきなり着信かかってきたんだけど!』


〈誰だ〉


〈お?〉


〈電話?〉


〈配信中に?〉


〈ルミナだな〉


〈ルミナだろ〉


〈ルミナ姫ですねこれは〉


〈まだ何もわかってないんだけどw〉


〈でもルミナだろ〉


 コメント欄はもうすでに誰からの着信か気づいているようだった。

 まあ、私が配信中にいきなり通話かけてくるなんて、一人しかいない。


『いやいやいや』


 私は苦笑しながら着信画面を見る。

 案の定、表示されていた名前は。


白銀(しろがね)ルミナ』


 だった。


〈知ってた〉


〈知ってた〉


〈知ってた〉


〈様式美〉


〈ナギの配信だなぁ〉


〈安心感ある〉


〈ナギの雑談配信はルミナ姫が来て完成するまである〉


〈一期生の日常きた〉


『そっか私の配信って未完成だったんだ……』


 半分諦めて通話に出た。


「もしもしー」


『一応だけど配信中だよ~』


 通話越しの声は、明らかに寝起きの気だるげなものだった。


〈キタ━━━━(゜∀゜)━━━━!!〉


〈ルミナ姫おはよ~〉


〈声どちゃくそ寝起きで草〉


〈彼女朝7時までゲームしてたんすよ〉


「ナギおはよー」


『もうこんにちはだぞ~』


「え、今何時ぃ?」


『何時だと思う?』


「10時とかぁ?」


『残念14時です』


〈まだ午前だと思ってたのか……〉


〈安心しろ俺も今起きた〉


〈仲間いて草〉


『え、てかルミ朝の7時まで配信してたって本当?』


「え、そうだよー」


『昨日は配信しないって話じゃなかったっけ?』


「うん」

「だからウチ日付変わってから配信始めたよ」

「えらいっしょ^^」


『あーうんうんえらいねー』


 昨日と一昨日は新人ちゃんずのために私たち一期生は配信控えようという話だった。

 確かに昨日”は”配信してないけど。

 してないけどさあ!


〈ナギなげやりで草〉


〈エリスちゃんの配信には被せてなかったから……〉


〈じゃあセーフか〉


〈判定ガバガバなのやめろ〉


〈なおTwitterでボヤ騒ぎになった模様……〉


 案の定、若干SNSで燃えたらしい。

 当の本人はそんなこと微塵も気にしてなさそうではある。

 まあそもそも、新人ちゃんずのデビュー日には配信しないようにっていうのは私たち一期生が勝手に決めたことだ。

 それで燃えるというのもおかしな話ではある。


「え、てかウチお腹すいたんよね」


『うん』


「ナギんち食べいっていいー?」


『来るのは別にいいけどご飯はないよ?』


「え、だって今おひるごはん食べてんじゃないのー?」


『食べてるってか食べれてはないんだけどさ!』

『今日はコンビニのサンドイッチだからルミの分ないよ』


「な、なんだって……」

「ウチのかんぺきなプランが……」


〈草〉


〈計画性ゼロで草〉


〈完璧とは〉


〈完璧な寄生プランだったな〉


〈前提条件が崩壊してるwww〉


〈姫!そのプランは大胆過ぎますぞ!〉


〈ルミナ姫らしい〉


「ひどくない?」

「ウチは今とても傷ついてます」


『はいはい、さっさとウーバーでも頼みな?』

『待っといてあげるからさ』


〈被害者面で草〉


〈なに被害者面してんだこいつwwww〉


〈ナギは優しいなあ〉


〈ルミナイトは姫が脱走しないようもっと見張らないと〉


〈ルミナイト姫甘やかしすぎ問題〉


「じゃあウーバー届くまで食べちゃダメね」


『はいはい』


〈これは配信2時間コースか〉


〈喜べ!沢山配信見れるぞ!〉


〈これががあるからルミナ姫出現は良イベなんだよね〉


 お腹すいてはいるんだけどなー。

 やれやれ。


 そんな時だった。


 ぴろん。

 今度は通話に一人参加してきた。


 表示されたアイコンを見て、私は思わず笑った。

 まあ、そうなるよね。


『ソフィアだ』


〈一期生全員集合キタ━━━━(゜∀゜)━━━━!!〉


〈ルミナ姫はともかくソフィアさんは珍しいな〉


『一応だけど配信中だよ~』


「はぁい、知ってますよぉ」

「皆さんごきげんよう、(わたくし)たまゆらプロジェクト一期生の晶空(あきそら)ソフィアです~」


「ソフィやほー」


『ソフィアがくるなんて珍しいね』


「作業が一段落したのでぇ、遊びに来ちゃいました~」

「ナギちゃんとルミちゃんの夫婦漫才が生でみたくってぇ」


〈夫婦漫才www〉


〈さすが関係値オタク〉


〈配信で同期の百合絵描いた人はやっぱ違うなあ〉


『ねーほんと、ルミとはそういうのじゃないから!』


「えーウチは養ってもらう気まんまんなんだが?」


『ルミもソフィアに餌あげないで!』


「ふふふ~」

「眼福ですねぇ」


〈ソフィアさん今日も通常運転で安心した〉


〈ソフィアさん的に2期生どうなん?〉


〈それ気になる〉


〈すでにナギエリのFA出てる件について一言〉


〈まだコラボしてないのにFAあるの草〉


〈エリスちゃんに首輪してるナギちゃんの絵えっちだったゾ〉


〈なにそれ詳しく〉


〈先輩視点聞きたい〉


〈エリスちゃんとかエナちゃんとか〉


〈一期生から見た印象知りたい〉


『確かにね~』

『ソフィア的には二期生どうだった?』


「そうですねぇ」

「エリスちゃんはとてもかわいらしい女の子でしたね」

「なんというかこう、小動物的といいますかぁ」


〈わかる〉


〈わかりみ〉


〈試合中以外はな〉


〈狂犬なんだよなあ〉


「まあ試合中はびっくりしましたけどぉ」

「でもお話しすると、とっても素直でいい子ですよぉ」


〈話したことあるんや〉


「はい~デビュー前に一度だけですけどぉ」


「あの時の二期生がちがちでマジウケた」

「あ、この寿司うまそーお昼ご飯けってー」


『あはは……』

『まあそれは仕方ないんじゃないかな?』


〈エナちゃんは?〉


〈そっちも聞きたい〉


〈優等生っぽかったよな〉


〈配信慣れしてた印象〉


『確かに確かに!』

『エナちゃんの初配信凝ってたよね~自己紹介カードとか!』

『あれ全部自作なのかなー?』


「エナちゃんははきはき元気で頑張り屋さん、って感じでしたねぇ」


〈あんま緊張してる感じもなかったよね〉


〈しっかりものって感じ〉


〈ちょっとナギに似てる?〉


〈ビジュマジでツンデレ感あって好き〉


〈わかる〉


〈あの声で罵られたい〉


〈お巡りさんこいつです〉


「二期生のお二人の絡みもこれから楽しみですねぇ」


〈マジそれ〉


〈でもまだ絡みないよね〉


〈SNSでもないっけ〉


〈なかったはず〉


〈エリスちゃんガチコミュ障っぽいし〉


〈エナちゃんから行くしかなさそう〉


「まあまあ、焦っちゃだめですよ~」

「大きなお花が咲くまで、じっくり水やりしないとですからねぇ」


〈イエスマム!〉


〈さすがソフィア姐さん〉


〈とはいえ二期生同期コラボは楽しみ過ぎるな〉


〈今から全裸待機です〉


〈お巡りさんこいつです〉


『まあまあ、二人ともデビューしたばっかりなんだしさ!』

『これからだよ、これから!』




 ――これから。


 その言葉を聞きながら。

 翠葉(みどりは)エナは静かに配信画面を見つめていた。


 ナギ先輩の笑い声。


 ルミナ先輩の適当な発言。


 ソフィア先輩の穏やかな声。


 コメント欄は平日の昼間だというのに相変わらず賑わっていた。


 そして。

 話題の中心には、やっぱり紅音(くのん)エリスがいた。


〈エリスちゃんまた配信しないかな〉


〈次いつだろ〉


〈コラボ楽しみ〉


〈エリスちゃんマジでやばかった〉


 エナは無言でコメント欄を眺める。


 一昨日の自分の初配信。

 そのアーカイブについたコメント数を思い出す。


 そして。


 紅音エリスのアーカイブについたコメント数も。


「……」


 スマホの画面を消す。


 別に。


 別に気にしているわけじゃない。


 私たちはプロなんだから。

 数字が違うなんてよくあることだ。


 そう自分に言い聞かせる。


 ……わかってる。

 わかっている、けれど。


 窓の外から吹き込んだ風が、カーテンを揺らした。


 視線を向ける。

 空はまだ明るかった。


 夏が近いことを感じさせる青空。

 けれど、その向こう。


 地平線の近くには、重たそうな灰色の雲がゆっくりと広がっている。


 そういえば天気予報で言っていた。

 明日から梅雨入りするらしい。


「……すごいよね」


 誰に聞かせるでもない呟き。

 

 スマホの画面はもう暗い。


 それでもしばらくの間、エナは動かなかった。


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