第4話 その新人、狂犬につき①
『こ、こんエリです!』
『た、たまゆらプロジェクト二期生!』
『紅音エリスです!』
『よろしくお願いしますっ!』
言えた。
噛まなかった。
たぶん。
たぶんってなんだ。
今自分で何を言ったかすら曖昧だった。
でも今は気にしないことにする。
コメント欄が一気に流れ始めた。
〈きたああああ〉
〈かわいい〉
〈声好き〉
〈まって声がち好み〉
〈ロリボだ〉
〈緊張してるなw〉
〈守護らねば〉
〈頑張れ新人!〉
〈こんエリ!〉
〈こんエリ~〉
よかった。
今のところ炎上はしていない。
こんなにすぐ炎上するわけないんだけど。
『えっと……』
だめだ。
頭が真っ白になる。
練習した。
何回も練習したはずだ。
鏡の前でもやった。
配信前にナギさんと通話しながらリハーサルまでした。
なのに本番になると全部飛ぶ。
人間ってこんなに簡単に頭が真っ白になるんだなぁ。
新しい発見だった。
できれば発見したくなかったけれど。
〈がんばれw〉
〈落ち着けw〉
〈大丈夫だぞ〉
〈まだ始まったばっかだからな〉
〈水飲む?〉
コメント欄が優しい。
インターネットってもっと怖い場所だと思っていた。
少なくとも今のところは違うらしい。
『じゃ、じゃあ自己紹介から……』
〈きた〉
〈定番〉
〈プロフィール助かる〉
画面にプロフィールシートを表示する。
事前にマネージャーさんが用意してくれたやつだ。
とてもありがたい。
『名前は紅音エリスです』
〈知ってる〉
〈さっき聞いたw〉
〈かわいい名前〉
〈赤担当だ〉
『十七歳です』
〈ほう〉
〈ほう?〉
〈本当に?〉
〈V界隈で年齢を信じるな〉
〈その声と見た目で17歳は逆に無理がある〉
〈見た目14歳くらいじゃね〉
これでも一応中身は19歳なんですけど……。
14歳なんて失礼な。
けど、エリスの見た目年齢は実際それくらいかもしれない。
『好きなことはゲームです』
〈知ってる〉
〈唯一知ってる情報〉
〈それしか知らない〉
〈安心した〉
『趣味もゲームです』
〈知ってる〉
〈知ってた〉
〈でしょうね〉
〈ゲームしかないのか〉
『特技もゲームです』
〈ゲームしかないのかwww〉
〈潔い〉
〈逆に好感持てる〉
ゲーム以外を聞かれると、困る。
本当に。
つい一年前まで勉強しかしてこなかったから。
その勉強すら、受験に失敗した僕にとって特技といえるようなものじゃない。
僕の人生経験値は笑っちゃうくらい薄っぺらのペラペラだ。
『人と話すのは少し苦手です』
〈知ってた〉
〈わかる〉
〈もう伝わってる〉
〈隠せてないぞ〉
そんなに?
そんなに伝わってた?
『好きな食べ物はオムライスです』
〈かわいい〉
〈女子だ〉
オムライスは昔から好きだった。
だから正直、自分では何も変わっていないつもりなんだけど。
こういう反応を見ると、やっぱり今の僕は女の子に見えるらしい。
『嫌いなものは虫です』
〈わかる〉
〈無理〉
〈同志〉
よかった。
ここは共感してもらえた。
虫は怖い。
あれは人類の敵だと思う。
プロフィール紹介を終える。
なんとか事故なく終わった。
コメント欄も温かい。
よかった。
ここまでは普通の新人Vtuberだった。
……でも、きっとこの世界は「普通」じゃダメなんだ。
『えっと……』
『ゲーム配信メインで活動したいと思っていて』
ここから先は、マネージャーさんやナギさんが考えてくれた、僕の初配信のシナリオ。
用意された台本通り、僕は喋る。
〈おお〉
〈いいね〉
〈何やるの?〉
〈FPS?〉
『好きなゲームはエクプロです』
一瞬。
コメント欄が止まる。
〈エクプロ?〉
〈懐かしいw〉
〈まだサービス続いてたんだ〉
〈知らん〉
〈何ゲー?〉
〈韓国のやつだっけ〉
〈過疎ゲーじゃん〉
うん。
知ってた。
エクプロだもん。
『一応、ずっとやってます』
〈どれくらい?〉
〈ガチ勢?〉
〈ランクは?〉
『今期は一応、Singularity踏みました』
〈ん?〉
〈シンギュラリティ?〉
〈それって高いん?〉
〈マスター的なやつ?〉
〈誰か有識者〉
〈エクプロ勢おる?〉
〈聞いたことない〉
Singularityはエクプロの最上位ランクの称号だ。
維持はできてない。
だって、配信準備とかで忙しかったから……。
〈確か最上位だった気がする〉
〈上位500人とかじゃなかった?〉
〈いや100人だったはず〉
〈マジ?〉
〈世界で100人?〉
〈そんな少ないの〉
〈え?〉
〈思ったよりやばくね?〉
〈ゆうて過疎ゲーでしょ?〉
『前シーズンの最高は世界2位です』
最終順位はもっと低かったけど、嘘はついてない。
〈いや待て〉
〈それ普通にすごくね?〉
〈でもエクプロだしなぁ〉
〈他ゲーだとどれくらいなんだろ〉
〈APEXは?〉
『やったことないです』
〈VALOは?〉
『ないです』
〈OWは?〉
『ないです』
〈FPS勢なのに!?〉
『エクプロしかやってこなかったので……』
〈純培養エクプロ勢〉
〈絶滅危惧種〉
〈レアすぎる〉
なんかひどくない?
事実だけど。
けど、ある意味正常な反応だと思う。
エクプロを知らない人からしたらわからないよね。
僕がどれくらい上手いのか。
そもそも上手いのかどうかも。
『じゃあ』
『一戦だけ見てもらいますか?』
〈お〉
〈きた〉
〈実演助かる〉
〈百聞は一見にしかず〉
〈新人ゲーム回だ〉
『たぶん、その方が早いので』
配信画面を切り替える。
見慣れたタイトル画面。
見慣れたUI。
見慣れたランクマッチのボタン。
さっきまでの緊張が、不思議と少しずつ薄れていく。
安心する。
手の震えは、気づけば止まっていた。
〈雰囲気かっこいいな〉
〈初めて見た〉
〈なんか面白そう〉
〈マッチ長そうw〉
『あ、それは長いです』
〈草〉
〈認めたw〉
『普通に10分とか待ちます』
〈長いwww〉
〈過疎ゲーじゃん〉
『なので、事前に裏でインキューしておきました』
〈用意周到で草〉
〈ガチ勢の知恵〉
〈インキューって何?〉
〈マッチ予約みたいなもん〉
〈配信者の鑑〉
〈料理番組で草〉
〈こちらが事前にマッチングしておいたものです〉
〈\完成品はこちら/〉
〈3時間煮込んだものをご用意しました〉
コメント欄は盛り上がっていた。
過疎ゲー。
待ち時間が長い。
知名度も低い。
たぶん世間から見れば、それくらいの認識なんだろう。
……まあ、だいたい合っている。
でも。
その過疎ゲーこそが僕の大好きなゲームで、居場所なんだ。
それを、少しでも知ってもらいたい。
『じゃあ、行ってきます』
丁度よくマッチングが完了し、キャラクター選択画面に切り替わる。
よかった、ここが一番うまくいくか不安だったから。
『あれ?』
〈どうした?〉
『なんか知ってる人ばっかりいますね』
〈wwwww〉
〈過疎ゲーすぎる〉
『このHanSeongって人はすごくタンクがうまい人です』
『Yunって人はピック譲ってくれるのでいつも助かってます』
〈顔見知りじゃん〉
〈過疎ゲーあるある〉
〈村社会で草〉
『じゃあ行きます』
試合が始まる。
選んだのは、あの日と同じカイナ。
コメント欄は相変わらず流れていた。
〈何してる?〉
〈敵探してる?〉
〈モンスター狩ってる?〉
〈FPSなのにPvEあるんだ〉
〈思ったより忙しそう〉
〈MOBAっぽいんだな〉
正直、この辺は説明が難しい。
僕も始めたばかりの頃は何をしているのかよく分かっていなかった。
画面端の経験値ゲージを確認する。
レベル4。
悪くない。
『あ』
〈?〉
『いますね』
視界の端に敵が映った。
照準を合わせる。
撃つ。
敵のシールドが割れた。
〈今の敵?〉
〈いた?〉
〈見えなかった〉
『ちょっと詰めます』
Qスキルで前へ出る。
壁を蹴る。
着地と同時に射撃。
撃破。
コメント欄が止まった。
〈え?〉
〈早くない?〉
〈今何した?〉
〈敵どこ?〉
画面を見る。
敵はもういない。
『一人だったみたいですね』
〈一人だったみたいじゃないんだよ〉
〈見えなかった〉
〈説明して〉
〈有識者求む〉
なんでだろう。
やったことはいつも通りなんだけど。
『えっと……』
『普通の撃ち合いです』
さらにコメント欄が騒がしくなる。
〈普通ではない〉
〈普通ではない〉
〈普通ではなくないか?〉
〈エクプロやったことあるけど普通ではない〉
〈世界2位ってもしかしてマジ?〉
そんなにだろうか。
少なくとも、僕の周りの人たちはみんなこれくらいできる。
Nagiさんとか。
Singularity帯の人たちなら普通だと思うんだけど。
別に難しいキャラコンを見せれたわけでもない。
単純に見つけるのが早かったから先撃ちできただけの場面だ。
〈エクプロ知らんからわからん〉
〈俺もわからん〉
〈でもなんか見やすいな〉
〈視点移動綺麗じゃね?〉
〈あーそれ思った〉
〈エペうまい人の画面っぽい〉
〈言語化できないけどわかる〉
〈世界2位かは知らんけど上手そう〉
〈てかエイム綺麗だったなめっちゃ〉
〈このゲームどれくらいリココンいるんだろ〉
〈初期は結構はねてた今は知らん〉
〈マジ?全然ぶれてなくね?〉
序盤、いい滑り出しだった。
そのままチームは有利な状況で中盤戦を迎える。
目の前には目標拠点、既に2チームが争っていた。
その決着が今目の前で着いたようだった。
勝った方のチームは全員生存。
丁度回復中だ。
『やれますね』
僕は一人先行して前に出る。
〈判断はや〉
〈味方ついてきてる?〉
多分ついてきてない。
けどこのタイミングは逃したくなかった。
Qスキル。
一瞬で距離を詰める。
ULT発動。
〈え〉
回復中のサポートをまず一瞬で落とす。
振り向く。
二人目、シールドブレイク。
そこでリロードの隙を隠すためにEスキルで煙幕を出す。
再び射撃。
二人目撃破。
〈早〉
〈待って〉
敵タンクがこちらへ振り向く。
でももう遅い。
煙幕と遮蔽を使い、ULTで強化されたスピードとキャラコンで敵の背後に回り込む。
一瞬、僕のことを見失った敵は背後から1マガジン全弾を撃ち込まれる。
最後はサブ武器に持ち替え、撃破。
チームワイプアウト。
10秒にも満たない出来事だった。
〈は?〉
〈は?〉
〈は?〉
〈何が起きてる?〉
画面左下にゲーム内チャットが流れる。
[HanSeong]
?????
[Yun]
wtf
〈草〉
〈チャット欄草〉
〈味方困惑してますやん〉
〈そりゃそう〉
〈味方も引いてるじゃん〉
〈何したの今〉
〈敵消えたぞ〉
〈今一人でやった?〉
『えっと』
『敵回復してたので』
〈説明になってない〉
〈回復してたので、じゃないんだよ〉
〈ま、まあ漁夫だし多少はね(震え声)〉
『運が良かったです』
〈ほんまか?〉
〈本当でござるかあ?〉
〈まあ漁夫だしな〉
〈敵ボロボロだったんでしょ?〉
〈それはある〉
コメント欄も少し落ち着きを取り戻したようだった。
実際、今の戦闘はかなり条件が良かった。
敵は直前まで別チームと戦っていた。
体力も少なかったし、スキルも吐いていたはずだ。
もちろん、それを狙って仕掛けたんだけど。
少なくとも「三人を正面から倒した」みたいな話ではない。
だから。
今の反応は少し大袈裟な気もした。
――その時だった。
画面右上のキルログが流れる。
味方タンクがダウン。
『あ』
〈ん?〉
もう一人、ダウン。
〈やばくね?〉
〈人数不利?〉
どうやら、展開していたところをそれぞれ咎められてしまったようだ
気づけば、最終収縮が始まっていた。
目標拠点は一つ。
全チームがそこへ向かう。
僕たちは先に入れている。
けど、味方は倒されリスポーンまでは時間がある。
左右から僕一人が挟まれていた。
『これ、まずいですね』
初めて少しだけ焦りが声に出た。
左右から近づく足音。
敵は最低でも六人。
僕は一人。
〈終わった?〉
〈流石に無理では〉
〈おつエリか?〉
普通なら、ここは離脱する。
拠点外で耐えて、味方のリスポーンを待つ。
それが「普通」。
……でも、それじゃあダメだ。
そんな気がした。
「普通」のままじゃ、これまでと何も変わらない。
期待を裏切って、失望されて、それでおしまい。
それは、嫌だ。
僕は何でここにいる?
……ナギさんに見つけてもらったからだ。
……ナギさんに期待してもらったからだ。
だったら、ここで狙うのは「普通」のプレイなんかじゃダメだ。
何もかも平凡で、大した特技もない僕が唯一誇れるこのゲームで。
ナギさんの期待に応えて見せろ。
水瀬朝陽じゃなく。
紅音エリスとして。
指先が、熱い。
熱が、僕を前へ突き動かす――
長くなったので2分割します




