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第2話 僕を見つけてくれた人

この話の続きが読みたくなったので頑張って執筆します

 画面に、マッチング完了の表示が出た。


 今日のマップは、夜の都市ステージ。

 ネオンの光が濡れた路面に反射して、高層ビルの間をジップラインが横切っている。


 僕は迷わず、いつものアタッカーを選んだ。


 キャラクター名は、カイナ。


 高機動で敵陣に切り込み、短い時間で相手の隊列を崩すアタッカー。


 耐久は高くない。


 正面から雑に撃ち合えば、すぐに溶ける。


 でも、敵の不意を突いた時の火力でこのキャラより強いやつはいない。

 視界が悪く入り組んでいるこのマップなら、使いこなせるならとりあえず出して安定するキャラだ。


 ゲーム内では、『asa_hiがカイナを選択』の表示。

 asa_hiというのは僕のゲーム内ネームだ。


 深い意味はない。


 名前を考えるのが面倒だったから、自分の名前を少しもじっただけだ。

 今思うともう少し格好いい名前にしておけばよかった気もする。


 続いて僕のピックを確認した野良の二人がキャラクターを選択する。


 一人はタンク。

 一人はサポート。


 構成としては悪くない。よくあるオーソドックスなバランス構成だ。


 そのサポートの名前が目に留まった。


 ――Nagi。


 見覚えがない。


 エクプロはマイナーゲーだ。

 もちろんプレイヤー人口も少ない。


 最高ランク帯ともなると、マッチする人の名前はだいたい同じで自然と覚えていく。

 良くも悪くも常連というわけだ。


 だからこそ、知らない名前は珍しい。


 名前的に日本人だろうか。

 そう思った時だった。


『味方さん、聞こえますか?』


 ヘッドセットから声が聞こえた。


 思わず肩が跳ねる。


 日本語だった。


 しかも女の人の声。


 エクプロで日本語VCなんて滅多に聞かない。


 女の人ならなおさらだ。

『よろしくお願いします!』

『初動、右高台の狩りポジ取りに行きましょっか』


 明るい声だった。


 けれど軽すぎない。


 自然と耳に入ってくる声。


 僕はマイクを繋いでいない。


 元々VCは苦手だ。


 だから短くテキストを打つ。


 ”了解 先行します”


『ありがとう。じゃあ私後ろ見ます』


 試合開始。


 カウントダウン終了と同時に僕は右高台へ向かった。


 ジップラインを掴む。

 壁を蹴る。

 着地。


 エクプロの序盤戦はおいしい狩場のポジション争いだ。

 経験値や素材アイテムをドロップする敵モブが多く沸くポジションを確保して、レベルを上げ装備アイテムを作成する。

 

 今回向かった右高台は、僕たちの初期リス地点から向かえる中で一番敵モブの数が多く付近のポジションも索敵できる人気ポジだ。

 人気なだけあって、初動で別パとかち合うことも多い。


 敵が見えた。


 照準を置く。


 撃つ。


 シールドブレイク。


 Qスキルで詰めて追撃。


 撃破。


 残り二人に詰められそうになったので無理せず引く。


『ナイス~!』

『残りも殲滅しちゃいましょ!』


 後ろから味方が合流したのを確認し、再び前に詰める。

 状況は三対二。初動でレベル差も装備差もない状況では、人数差こそ正義だ。


 敵が遮蔽へ逃げる。


 逃がさない。


 『カイナさんカバー入れます!』


 Nagiさんと一緒に距離を詰める。


 撃破。

 残り一人はタンクの味方が完封していた。

 

 理想的な初動ファイトだった  


『うわーすごっ、味方つよ……』


 小さな声。

 たぶん独り言だ。


 少しだけ嬉しい。


 ……ごめん嘘、かなり嬉しかった。




 初動ファイトに勝利した僕たちは、そのまま中盤まで順調にゲームを運んでいった。

 僕が2キル拾えていたのはチームとして大きかったけど、それ以上にNagiさんのコールが的確だった。


 正確な敵位置の報告。


 敵部隊の動きの予想。


 ポイント状況からのムーブ提案。


 まるでこの試合の盤面すべてを把握しているようなIGLだ。


『中央二チーム接敵してます』

『左から別部隊来るかもです』

『ここはポイントだけ拾って引きましょう』


 そしてなにより、判断が速い。


 ……めちゃくちゃやりやすい。

 普段のランクマッチでは感じたことのない感覚だった。


 フルパで遊んだりしたら、こんな感じなんだろうか。

 ……まあ、日本人のフレンドとかいないんだけど。


 気付けば試合は最終盤へ入っていた。


 ポイントは僕たちのチームが若干リード、2チームがそれを追う形だ。


 最終エリアは中央の低層ビル群。

 今回のルールでは、ポイントはキルか特定の拠点を一定時間占拠することで増える。


 残された拠点は一つ。

 そこに5チームが集結する。


 乱戦の始まりだ。


『一旦裏で立て直します』

『正面の二チームぶつかるので最後に入りましょう』


 僕は自然と小さく頷く。

 もちろん相手に見えるわけじゃない。

 この試合を通じて、既にそれくらいNagiさんを信頼していた。


 その直後だった。

 敵アタッカーのアルティメットからのエンゲージ。


 退路が塞がれ、タンクの味方の体力が一気に削られる。

 Nagiさんも撃たれている。


『まずい――』


 Nagiさんの声が途切れた。


 不意のエンゲージに陣形が崩れる。

 一歩間違えれば全滅が見えるタイミング。


 けれど僕は。


 ”やれる”


 そう思った。


 僕はあえて前へ出る。


『カイナさん!?』


 ナギの声が聞こえる。

 でももう止まらない。


 正面に二人。

 左に一人。

 奥に一人。これは別パの漁夫かな?


 四人。

 今撃ち合えるのは、僕一人。


 普通なら無理だ。

 僕も味方が同じ状況で前に出たら止めたくなるかもしれない。


 でも。


 ーー今ならいける。


 確かな確信が僕にはあった。




 まず遮蔽を使って距離を詰める。

 間髪入れずEスキルの煙幕で敵を分断する。


 Qスキルの前ブリンクで距離を詰める。


 WスキルとULTを同時発動。一時的にステータスを超強化する。 


 まずリロード中の敵を一人。


 二人目もリロードでカバーが遅れてほぼノーダメで倒す。


 三人目が煙幕を突っ切って入ってきたのをキャラコンとエイム勝負で倒す。


 キルログにasa_hiの名前が並ぶ。


『え』


 Nagiさんが小さく息を呑んだ。


 最後の一人。

 撃ち合い。

 

 一瞬。


 撃破。


 同時に試合終了のシステム音が鳴った。

 画面中央に表示される”CHAMPION”の文字。


 椅子へ背中を預ける。

 

 指先が熱い。


 気が付いたら、肩で息をしていた。


 でも不思議と気持ちは静かだった。


『……勝った』


 Nagiさんが呟く。


 それから。


『すごい……!』


 今までで一番大きな声だった。


『最後、本当にすごかった! あそこ普通無理だよ!?』


 嬉しそうだった。

 少しだけ、胸の奥が温かくなる。


 いつもならここで終わりだ。


 GG。


 それだけ打ってロビーへ戻る。

 よくある対戦ゲームのよくある一コマ。


 けれど、今日は違った。

 指先の熱が、心に伝う温かみが、少しだけ僕の背中を押してくれた。


「あの……」

 

 ミュートを解除してマイクに声を乗せる。

 自分の声がヘッドセットの中に響く。


 高くて、女の子らしい。

 まだ聞き慣れない声。


「あの、ありがとうございました」


 数秒。


 沈黙。


 そして。


『えっ』

『女の子!?』


「……はい?」


『いや待って!? さっきのカイナの人だよね!?』


「そう、ですけど……」


『嘘でしょ!?』


「嘘ではないです」


『いやでもあんな狂犬みたいなプレイしておいて!?』


「狂犬……」


『ごめん褒めてる!!』


 意味がわからない。

 まあでも、言葉通り悪い意味ではないんだろうな。

 そんな気がした。


 画面が切り替わり、ロビーに戻る

 その直後。

 右上に通知が表示された。


 Nagiから個人チャットが届いています。

 開く。


 短い文章だった。


『突然ごめんね』

『もしよかったら少し通話できる?』


 少し迷った。

 普通に考えると怖い。


 僕は人見知りだ。

 知らない人との通話だなんて、柄じゃない。


 相手が女の人ならなおさらだ。


 ……いや。

 今は僕が女の子だから自然、なのかな……?


 ややこしい。

 人生がややこしいぞ、僕。


 けれど、ここで断るならさっきわざわざミュート解除なんてしなかった。

 少し迷った末。


 ”はい。大丈夫です”


 送信。


 すぐにゲーム内VCの招待が届いた。


『もしもし!』


 明るい声。

 ハキハキとした発音。


『改めてNagiです!』


「asa_hiです……」


『アサヒさんって呼んでもいい?』


「あ、はい」


 正直かなり緊張していた。

 知らない人と話すのは苦手だ。


 自分が女の子になったからといって、いきなり女の子と話すのが得意になるわけじゃない。


 ナギは少しだけ間を置いた。

 そして真面目な声になる。


『いきなりごめんね』

『正直、怪しい話に聞こえると思うんだけど』


 怪しい自覚はあるらしい。


『私、Vtuberをやってるんだ』


「……Vtuber」


 遠い世界の話だった。

 画面の向こう側で、みんなに笑顔を届ける人たち。


 みんな声が魅力的で、ゲームがうまい人や、歌がうまい人、話が面白い人。

 いろんな才能を持っている人たち。


 日向にいる人たち。

 日陰で細々生きている僕みたいな人間とは生きる世界が違う。

 そう思った。


『それでね』

『今、新しいメンバーを探してるんだ』


 ナギは言った。


『今日のアサヒさんを見て思ったの』


 まっすぐな声だった。


『そのプレイも』

『その声も』

『絶対に人を惹きつけると思う』


 この人は何を言っているのだろう?


 褒められた。

 すごく褒められた。


 その先に続く言葉を、いやでも想像してしまう。


『アサヒさん』


「……はい」


『よかったら、Vtuberやってみない?』


 息が止まった。

 

 僕が。


 Vtuberに。


 意味がわからなかった。

 ゲームが上手い人なんて他にもいる。

 声が可愛い人なんてもっといる。


 別に僕じゃなくてもいいはずだ。


「ぼ、僕がですか……?」


『うん』


 ナギは即答した。


『アサヒさんがいい』

『アサヒさんと一緒に、活動してみたいなって』


 その言葉は、不思議なくらい真っ直ぐだった。


 まっすぐで、鋭くて、暖かくて。

 涙が出るくらい、うれしかった。


 誰かに認められるなんて、いつぶりだろう。


 受験に失敗してから、ずっと思っていた。

 自分は選ばれない側の人間なんだと。

 期待される側じゃないんだと。

 応援される側じゃないんだと。


 ただ、与えられたレールから外れた人間。


 だけど。


 今日だけは、違った。


 誰かが、Nagiさんが僕を見つけてくれた。

 僕の努力を認めてくれた。

 僕がいいって、言ってくれた。


 嬉しい。

 本当に嬉しい。


 もちろん不安はある。

 怖くないわけない。

 

 Vtuberなんて、全く知らない世界だ。

 僕には配信経験すらない。

 人前で話すのだって得意じゃない。

 歌も歌えない。


 きっと、向いていないことの方が多い。

 

 それでも。

 もし。

 もしも本当に。


 僕なんかでも誰かが必要としてくれるのであれば。

 少しだけ、ほんの少しだけ、自分のことを信じてみたい。


「……やります」


 自分でも驚くくらい、自然に言葉が出る。

 

「僕で、よければ」


『ーーほんとっ!?』


 ヘッドセットの向こう側で、ナギさんの声がはじけた。


『やったぁ!』

『よかったぁ……断られたらどうしようかと思った!』


 さっきまでの真面目な雰囲気はどこへやら。

 どうやら、こちらがナギさんの素らしい。


 思わず、少しだけ笑ってしまう。

 そんな僕に、ナギさんは改めて咳払いを一つした。


『それじゃあ改めまして!』

『私はたまゆらプロジェクト一期生、煌陽(きらひ)ナギ!』

『これからよろしくね、アサヒさん!』


 その声は、太陽みたいに眩しかった。


 ーーそして。


 この日から、僕の人生は大きく動き始めることになるのだった。


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