第14話 友達になれた日
駅前のファミリーレストランは、この時間でも思っていたより賑わっていた。
自動ドアが開く。
外の湿った空気とは対照的に、店内はからりとしていて心地よかった。
お肉の焼ける匂い。
食器が触れ合う音。
家族連れや学生たちの楽しそうな話し声。
どこにでもある夜のファミレスだった。
「二名様ですねー」
店員さんに案内され、窓際の席へ腰を下ろす。
窓の外では、雨が静かにガラスを濡らしていた。
「何頼もうかなぁ」
結衣さんがメニューを開きながら笑う。
「朝陽ちゃんは決まってる?」
「まだです」
僕もメニューを開く。
写真を眺めながら、どれにしようかと考える。
……とはいっても。
こういう時は、大抵いつも同じものを頼んでしまう。
「こういう時って結局ハンバーグ選んじゃうんだよね」
「わかります」
「えっ、本当?」
「はい」
「私も、あまり冒険できなくて」
「あははっ!」
「一緒じゃん!」
結衣さんが嬉しそうに笑う。
その笑顔を見ていると、なんだかこちらまで楽しくなってくる。
「じゃあ……」
「私はオムライスにします」
「あっ!」
結衣さんがぱっと顔を上げた。
「好きな食べ物!」
「え?」
「プロフィールに書いてたよね!」
「オムライス好きって!」
「……あ」
そういえば、デビュー前にプロフィール用のアンケートを書いた覚えがある。
好きな食べ物。
趣味。
特技。
配信で話せそうなこと。
そんな項目がいくつも並んでいた。
「覚えてたんですか?」
「もちろん!」
「同期のプロフィールくらい読むよ!」
少し胸を張る結衣さん。
「じゃあ朝陽ちゃんは、私の好きな食べ物知ってる?」
「えっと……」
少し考える。
「……ごめんなさい」
「覚えてません」
「ひどーい!」
「ご、ごめんなさい」
「いいよいいよ!」
結衣さんは笑いながらメニューを閉じた。
「ちなみに私はチーズインハンバーグ!」
「初公開!」
「プロフィールに書いてなかったんですか?」
「書いてない!」
「だから今覚えて!」
「はい」
「ちゃんと覚えます」
「よし!」
「ドリンクバー行こ!」
「あ、はい」
二人で並んで歩く。
「朝陽ちゃん何飲む?」
「オレンジジュースにします」
「かわいっ」
「え?」
「妹感強いな~」
そう言いながら、結衣さんは迷うことなくメロンソーダのボタンを押した。
グラスの中へ、鮮やかな緑色が勢いよく注がれていく。
「結衣さん、メロンソーダ好きなんですね」
「そう!」
「昔からこれなんだよね~」
その緑色を見て、ふと笑みがこぼれた。
鮮やかな緑。
エナさんのイメージカラー。
もちろん偶然なんだろうけど。
なんだか、らしいなと思ってしまう。
「どうしたの?」
「いえ」
「エナさんっぽいなって」
「え?」
一瞬きょとんとしてから、結衣さんは吹き出した。
「あー!」
「たしかに!」
「言われてみればそうかも!」
グラスを片手に席へ戻る。
乾杯するようにグラスを軽く持ち上げてから、結衣さんがふと思い出したように口を開いた。
「そういえばさ」
「朝陽ちゃんって今大学?」
「はい」
「一年生です」
「えっ!」
結衣さんの目が丸くなる。
「私も一年生!」
「じゃあ同い年――」
「……あ、違います」
思わず苦笑する。
「私、一個上なんです」
「え?」
「一浪してるので……」
「あっ、そういうこと!」
結衣さんは納得したように頷いた。
「ごめん!」
「勝手に同い年だと思っちゃった!」
「いえ」
「よく間違えられるので」
「じゃあ朝陽ちゃん先輩じゃん!」
「……そうです」
少しだけ胸を張ってみる。
すると。
「でも年上感ないな~」
「どうしてですか」
即答だった。
「だって朝陽ちゃんかわいいんだもん」
「年上感ゼロ!」
「納得いきません……」
思わず頬を膨らませる。
結衣さんはそんな僕を見て、また楽しそうに笑った。
「朝陽ちゃん、大学は楽しい?」
「はい」
「講義も面白いですし」
「そうなんだ」
「友達もできた?」
その質問に、少しだけ言葉が止まる。
「……まだです」
苦笑しながら答えた。
元々友達が多いタイプじゃない。
そこに加えて、今の僕は女の子だ。
男だった頃とは、何もかもが少し違う。
何気ない会話一つでも、いまだに戸惑うことは少なくない。
大学でも、結局一人でいることが多かった。
話しかけるタイミングがわからなくて。
気付けばみんな輪になっていて。
――もしかしたら、なんとなく避けられているのかな。
そんなことを考えてしまう日もあった。
もちろん、ただの考えすぎなのかもしれない。
それでも、一人でいることに慣れてしまえば、その方が気楽だと言い聞かせられる。
本当は。
こうして誰かと他愛もない話をしながらご飯を食べる時間を、どこかでずっと求めていたのかもしれない。
「そっか」
結衣さんはそれ以上深く聞かなかった。
ただ、優しく笑って。
「じゃあ今日は、友達一号ってことで!」
「え?」
「これからいっぱい遊ぼ!」
その言葉が、胸の奥にすとんと落ちた。
思わず、小さく笑う。
「……はい//」
ほどなくして、店員さんが料理を運んできた。
「お待たせしました」
僕の前にはオムライス。
結衣さんの前には、熱々のチーズインハンバーグ。
「いただきます」
「いただきまーす!」
フォークを入れた瞬間、ハンバーグからとろりとチーズが溢れる。
「わぁ……!」
本当に嬉しそうな声だった。
美味しそうに頬張る姿を見ていると、なんだかこちらまで嬉しくなってしまう。
「どうしたの?」
「いえ」
「結衣さん、美味しそうに食べるなって」
「えへへ」
「ご飯は全力で楽しむ派だから!」
屈託なく笑う。
その笑顔が、どこか眩しかった。
それからしばらくは、本当に他愛のない話ばかりだった。
ホラゲコラボの時の話。
ソフィア先輩が僕たちのイラストを描いていた話。
次はどんなコラボをしようかとか。
二人で笑って。
また別の話題になって。
気付けば料理もほとんど食べ終わっていた。
こういう時間を、なんて言うんだろう。
友達と過ごす、暖かな時間。
少し前までの僕なら、想像もしなかった時間だった。
食後のドリンクを一口飲む。
窓の外では、雨が静かに降り続いていた。
「そういえばさ」
結衣さんがメロンソーダのストローをくるりと回す。
「朝陽ちゃんって、どんな配信者になりたいの?」
思ってもみなかった質問だった。
「どんな……ですか」
「うん」
「目標とか」
「やってみたい企画とか」
「こんな配信者になりたいな、とか」
少しだけ考える。
だけど、答えはすぐに出た。
「……あまり」
「考えたこと、ないかもしれません」
「え?」
結衣さんが少しだけ目を丸くした。
「配信は楽しいです」
「みなさんも優しいですし」
「コラボも楽しいですし」
「今のままで十分かなって」
そう答えると。
結衣さんは、小さく笑った。
「そっか」
その笑顔は、少しだけぎこちなかった。
「朝陽ちゃんってさ」
「最近の配信、雑談とエクプロがほとんどだよね」
「たまにコラボして」
「はい」
「ショート動画とか」
「切り抜き投稿とか」
「SNSの更新も、あんまりやってないよね」
「はい」
「そこまで手が回らなくて」
「配信だけでも十分楽しいですし」
結衣さんの手が止まる。
ストローを弄んでいた指先が、ぴたりと動かなくなった。
「…………」
沈黙。
長くはない。
でも、さっきまでなら気にならなかった数秒が、ひどく長く感じられた。
何か。
変なことを言ってしまったんだろうか。
頭の中で、今の会話を思い返す。
「結衣さん?」
「あ……」
呼びかけると、結衣さんははっとしたように顔を上げた。
「ご、ごめん」
「なんでもない」
そう言って笑う。
笑っている。
ちゃんと笑っているはずなのに。
さっきまでとは、何かが違う。
笑顔の奥に、言葉を飲み込んでいるような。
そんな表情だった。
「次のコラボさ――」
話題を変えようとした。
その途中で。
「私、本当に今が楽しいんです」
自然と口から零れた。
それは僕の、本当に心からの気持ちに間違いなかった。
「だから」
「このままでも、十分幸せです」
その瞬間だった。
結衣さんの表情が強張る。
ストローを握る指先に、小さく力が入った。
「……でも」
小さな声だった。
僕は黙って続きを待つ。
結衣さんも、きっと続きを言うつもりはなかったんだと思う。
少しだけ口を開いて。
すぐ閉じて。
何かを飲み込もうとするように俯く。
だけど。
「……そんな考えじゃ」
ぽつり、と。
言葉が零れた。
「朝陽ちゃん、すぐオワコンになっちゃうよ」
時間が止まった。
店内は相変わらず賑やかなはずなのに。
周りの音が、一瞬で遠くなる。
「……え」
思わず声が漏れる。
結衣さんも、固まっていた。
まるで。
自分が今、何を言ったのか。
本人が一番驚いているような顔だった。
「…………」
重たい沈黙だけが、二人の間に落ちる。
雨はまだ、強く降り続いていた。




