人間である条件
タロウは握りしめた拳を背後の義眼の男へ叩き付けた。義眼のレンズから後頭部にかけて肉が波打ち、側頭部が破裂した。裂けた頭皮の隙間から金属光沢の機械部品と真っ白な頭蓋骨の破片が飛び出す。頭部を失った義眼の男は糸の切れた人形のように膝が折れる。男が倒れる間にタロウは振り返ってレイツクに体当たりした。
「うっ」
短いうめき声をあげてレイツクはばらばらに飛散した。黄色い脂肪と赤い血液が臓物と共にタロウの身体へ張り付いていた。あっけにとられていた5人の男達は特殊警棒を投げ捨てて腰のホルスターに手を伸ばす。タロウ無造作に右肩へ引っかかった真っ赤な大腸を払い落として生きている男達へ駆け出した。瞬く間に3人が肉塊に変わる。床のカーペットには焦げた跡が浮かびその上を飛散した血肉が流れる。2人の生き残りはホルスターから回転式拳銃を引き抜いた。歯を剥き出しにしたタロウはその一人へ肉薄して喉を引き千切った後、股と肩を掴んでもう一人へ投げつけた。死体は鈍い音と共に男へ命中し、弛緩した四肢と生きた体がもつれ合って壁に激突する。壁は崩れ、隣の部屋に寝転がった男は胸から死体を剥ぐって顔を上げた。その部屋は日用品が置かれた小さな倉庫だった。男の手に拳銃は無く、視界には散らかった荷物を蹴飛ばして現れたタロウと床に転がった拳銃が映る。タロウは拳銃を持ち上げて弾を抜き、無造作に拳銃を床に放った。
「何がしたい。」
男は背中と胸の痛みに血を吐きながら尋ねた。タロウは何も言わずに男の頭と肩に手を添えた。激痛に足を暴れさせた男は重機のような拳でタロウの顔を殴りつけた。不動の手は男の頭を引っ張り上げる。男は湿気ってひねり出すような悲鳴をあげ、タロウから逃れようと身を捩る。タロウは男の頭を引き抜いてその顔をしげしげと眺め、飽きたように放り捨ててレイツクの部屋に戻った。
タロウは部屋の死体を一瞥すると窓に向かい、ブラインドを指で隙間作って外を眺める。外は遙か上まで繋がった大ホールであり、中央のリングではクロムメッキのような輝きを纏ったファイター達が機械の体を変形させて斬り合っていた。壁に付けられた大モニターには二人の画像と数字と思われる文字が書かれている。階下に座っていた観客達は黙してモニターを眺め手元の端末を操作している。
「まともなのは俺だけか」
肩を回したタロウは鼻を啜ってレイツクが座っていた机に向かい引き出しを下から開け始めた。引き出しの中にはタロウが読めない文字が印字された資料、煙草のカートン、店か何かのロゴが入ったオマケのマッチ、未開封の手紙、レイツクと彼の家族と思われる女と小さな男児、赤色のカードキー、青色のマネークリップが変形する程挟み込まれた札束が4つ、弾が抜かれた回転式拳銃とオイル缶が有った。マネークリップには手書きで文字が書かれているがこれもタロウは読めず、彼は上着のポケットへカードキーと四つの札束をばらして入れた。警察署で貰った地図をポケットから抜き出したタロウは人差し指で地図に乗っかった肉片を弾く。地図上にはマネークリップに書かれた文字は無かった。しかし、タロウは引き出しを戻していると改めて目に映ったマッチの包み紙の文字に気が付く。マネークリップの一つと同じ文字だった。マッチの袋をズボンのポケットに押し込んだタロウは部屋から出て行こうと歩き出すと、机の側で倒れていた全裸の男の身じろぎにタロウは立ち止まる。
「くそったれの外人め」
息も絶え絶えに全裸の男は言った。踵を返したタロウの影が男にかかる。
「お前は誰だ?」
「ラウディロック。杖の発掘と転売をやってる」
タロウは男を観察した。男の両腕は金属で、2本とも上腕の中程から溶断されていた。足は生身だったが脛から90度後方に折れ曲がり黒く腫れ上がっている。顔は腫れが酷く、鼻は折れて瞼からは出血していた。
「義肢を扱っている病院の場所は解るか?そこに連れて行ってやる」
床に散らばった死体を漁りながらタロウはラウディロックへ尋ねるとラウディロックは血の塊を吐き出してうつ伏せになる。
「じゃあガウスの所に」
ラウディロックのか細い声にうなずきながらタロウは死体から剥ぎ取った衣服をラウディロックに着せていく。
「道案内は頼むよ。俺も外人でね」
タロウはラウディロックを抱きかかえて部屋を後にした。
タロウが静かに廊下を窺うと人っ子一人居なかった。彼は腰の探知魔法の杖を発動させる。反応は自身の物だけだった。
「壁が崩れたのに誰も来ないのか」
「レイツクの折檻は有名だからな、警備員は誰も来ない。親の七光りが無ければ誰もついてこないしシステム長にもなれないだろうよ」
ふて腐れたようにぼやくラウディロックを連れて廊下を進むと階段から声が聞こえる。
「やべ、飲み過ぎた」
青色の装甲服を着た警備員がわめきながら階段から駆け上がってきた。男はタロウ達と鉢合わせした。タロウはラウディロックを床に置くと男に摑み掛かり頭を持って投げ飛ばす。首の骨が折れた男は空中をきりもみして床へ叩き付けられた。
「行くぞ」
あっけにとられて閉口していたラウディロックをタロウは抱え直して2階へ降りた。階段から顔を出すとそこには武装した闘士や警備員が大勢居た。タロウは慌てて1階に向かおうとすると複数の足音が聞こえる。
「待て、俺を殺す気か。三階に戻れ」
ラウディロックの小声に3階へタロウは引き返してレイツクの部屋に戻った。改めて部屋を見渡した後、タロウは窓を外した。ホールの空調から吹いてきた風が彼の筋肉と神経を刺激し激痛を与えた。しゃがみ込んだタロウは探知魔法を発動させると反応がいくつかあった。魔法の杖を仕舞い、死体からベルトを剥ぎ取りラウディロックを背中にくくりつけて窓枠に張り付き外にぶら下がった。タロウは腕を振って体を大モニターの裏に飛ぶ。モニターの裏の廃熱にラウディロックは脂汗をかく。
「無茶苦茶だな。あんたは」
「何処に向かえば良い」
ラウディロックの呆れた声にタロウはジャングルのようなコードをかき分けて進む。
「レイツクの車の赤いカードキーを手に入れたか?」
「持っている」
「なら11階に停まっている小型飛行船で街に降りよう。そこからは徒歩で向かう」
頷いたタロウは腕を振って垂直に飛び上がり、次のモニターに隠れる。次々にモニターへ飛び移っていくと、異変を感じた階下の警備員が窓を開けて外を眺めた。タロウは体を捻ってモニターの留め金に隠れる。
「おい」
警備員は同僚を呼ぶ。集まってきた同僚達にその警備員は眉をひそめて言った。
「何かが落下した影を見たしオイルの匂いも強い。モニターの何処かが破損しているかも」
鼻を鳴らした他の警備員達も同意して幾人かは点検作業員を呼びに行くと、ライトがモニターの裏に照らされた。光がタロウの真下を通り過ぎる。その間にタロウは別のモニターへ飛び移る。
「此処が10階だ。上に登ればイレツクのマンションは直ぐだ」
ラウディロックは明るい声色で言う。短く嘆息したタロウはモニターから身を乗り出して11階へ窓をたたき割って飛び込んだ。落下するガラス片に遙か階下の警備員が驚いて後ずさった。
「よく知っているな」
タロウは元気になってきたラウディロックへ話しかけながらイレツクのマンションを蹴破って中に入る。目の前の大きなガラス張りの扉から空中庭園に1艘の飛行船が停まっていた。飛行船には横が広い翼設けられ、尾翼は小ぶりだった。
「取引をやっていたんでね」
「成る程」
タロウは中に居た薄着の女を作業のように殴り殺し、戸を開けて飛行船に歩み寄っていく。
タロウは赤色のカードキーをポケットから取り出してうろうろと飛行船の周りを歩く。
「何処にこのカードを使う?」
「知らないね。ブランド物の飛行船は気分屋で複雑なんだよ。意味も無く」
ラウディロックの言葉に苛ついたタロウは扉を引き剥がした。船内に入ったタロウは背中に背負ったラウディロックを床に置き、操縦席に座った。内装は磨き上げられた赤い木で飾られていた。タロウは地図を操縦席の天井にナイフで固定し、ボタンを押して離陸する。庭園の幌を破って空を飛び始めた飛行船の中をタロウは歩き、ラウディロックを操縦席の隣に座らせた。夜の街は飛行する船を下から照らして二人の顔はオレンジ色に染まる。
「何処に向かえば良い?」
「大通りを逸れて進んでくれ。そう右側。それから道なりで良い。近くにドライブシアターが有るからそこに着陸してくれ。レイツクの野郎は此処で煙草を吸ってないのか、扉がついていれば高値で売れただろうに残念だな」
口を小さく開いて息を吐きタロウは舵輪を握り締め、飛行船は街中をぎこちなく飛ぶ。粒のような人影がまばらに光へ集まり、巨大な建物の中に吸い込まれていく。その光景はタロウにとって現実味が無かった。
「此処は悪夢だ」
「夢じゃねぇよ。それにしても腹が減ったな」
タロウの呟きにラウディロックが反応する。
「お前に話していない」
憮然とした口調にラウディロックは眉を上げて黙り込んだ。無言の船内に冷たい風が雨と共に吹き込む。飛行を始めてから30分後、ドライブシアターが見えてくる。タロウは飛行船をホバリングさせて外を見下ろした。ドライブシアターには車がびっしり駐車されている。タロウは口元のよだれをそこらの紙で拭って言う。
「車が邪魔だな。場所を変える」
「潰しちまえ」
ラウディロックは陽気に言いった。タロウは鼻を鳴らして反論する。
「そうはいくか」
タロウはドライブシアターから少し離れた公園に着陸させる。船の竜骨が噴水を削り、翼が床をこすって拉げた。傾いた船内をラウディロックは転がった。船が完全に停まるとタロウはラウディロックを持ち上げて外に出た。
「俺の顔が向いている方向に行ってくれ」
タロウはラウディロックの誘導に従い人気の無い寂れた通りを小走りで走った。道端には青色のチューブケースが散乱し、建物の軒下には年老いた浮浪者がうずくまって震えている。やがて2人は明かりがついた看板に辿り着いた。
「此処がガウスの店だ」
タロウは建物の地下に続く階段を降りて扉を押し開けると、消毒薬の臭いが彼の鼻を突いた。受付には誰も居なかった。タロウは声を張り上げた。
「失礼、急患だ」
何の物音も反応も無い。点灯するモニターから一定の電子音が鳴っているだけだった。仕方なくタロウはラウディロックを抱えて奥に進む。タロウはビニールカーテンに囲われた部屋の前で立ち止まった。カーテンには人と寝台の影が映る。入り口の側にはコート掛けがあり、そこには闘技場の警備員の制服がかかっている。
「聞こえているか?急患だ」
タロウは再び声をかけた。人影は立ち止まる。
「俺だ。身体を見て欲しい」
次はラウディロックが声をかけた。
「今作業中だ、そこらに寝台が有るだろう。寝かせて置いてくれ直ぐに対応する」
しゃがれた声がラウディロックに答えた。ビニールカーテンに顔を近づけたタロウはそっとカーテンを捲る。寝台には男が寝ており、側ではビニール製の服を着た老人が義肢取り付けている所だった。タロウはラウディロックを側の寝台に寝かせ、壁に寄りかかった。




