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ゴーレム  作者: 栗鼠
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8/11

外の男

 報奨金を屋上の飛行船に置いた後、タロウはエレベーターに乗って1階へ向かっていた。鋼色の無骨な扉が開くとクリーム色の照明が高い天井から規則的が室内を照らしていた。一部の照明は電灯の両端が黒くなって光が消えていた。深緑の長いソファーが12脚、背中合わせで並び硬い上着を着た労働者達や頭に大きなシミをこさえた老人等が力なく座っていた。彼らの幾人かが吸っている煙草の煙が天井に伸び、部屋は酸っぱい匂いと煙草で臭かった。奥の方では装甲服を着た5人の警察官達が手錠嵌めた下着姿の男女を連れて窓口で同じく装甲服を着た警察官相手に手続きをしている。タロウは眉をひそめながらエレベーターか歩み出ると労働者達の視線がタロウに集まり、10秒程でその大半は外された。首を回して文字を探してタロウは彼らの中を歩く。通路には上半身裸の老人が横たわり、彼の鼻には蠅がとまっている。下水のような臭いの老人を跨いで通り過ぎて左から3番目の受付に着いたタロウはカウンターへ肘を突いて身を乗り出した。カウンター奥には青色の制服を着た眼鏡をかけた色白で線の細い男がパイプ椅子に座っていた。

「今晩は。スワソンさんから」

「ああ、聞いていますよ」

男は椅子から立ち上がって小走りにタロウの前にやって来ると言葉を被せて話し出した。

「飛行船の整備は手配します。お値段の方は作業員がタロウさんの飛行船を拝見してからお見積もりします。」

腕にはまった腕抜きを直した男の眼鏡のレンズは目ヤニで汚れていた。男はにやりと笑って言葉を続けた。

「ネッチ君知ってます?」

タロウはカウンターから身を引き、無表情で首を振った。男は街の案内地図を机から引っ張り出してタロウに見せつけた。に青と赤のマーブルの毛並みをした2頭身の猫が各ロケーションの下にその場に合った服装で描かれていた。地図上部に位置した警察署には黄色い装甲服を着た猫が飛行船から身を乗り出していた。警察署は地図の折り目に沿って下へ向かっている大きな通りに面しており、その中ほどに斧を片手に持って拳を振り上げている猫が居た。

「これ、公募で娘が描いた物が採用されたんです。良かったらどうぞ」

「どうも」

タロウは両手の3つの指で角を持って地図を受け取った。得意気な男は鼻を啜って胸元から銀色のペンダントを取り出して開いて見せた。

「家内と娘です。最近取ったんですよ」

ペンダントの写真には素朴な服装の満面の笑みの男と彼の妻、彼らの間によそ見をしている小さな女の子が赤いドレスを着て座っていた。彼等は一様に眼を細めており眩しそうだった。タロウは写真を前にして目を下に反らしてから男の目を見る。

「写真を見せてくれてありがとう。可愛らしい娘さんだ。飛行船の整備についてだが、明後日は屋上の飛行船にいる。午前中に来られるか?」

「承知しました。朝一に担当の者を向かわせましょう」

タロウの言葉に男は快活な口調で返答し胸元にペンダントを戻して伺うような目をタロウに向けてきた。

「もし、宜しければネッチ君のグッズ如何ですか」

「要らないね」

口角を下げた男にそう言ったタロウはカウンターから離れた。息苦しい警察署から外に出ると油と雨が混じった臭いがタロウを包む。息の詰まる空気に吸い込んだタロウは咳き込みながら通りを歩く。雨粒が頭部に当る度に骨折した箇所を突いたような痛みが走る。通りは見渡す限り光と音で賑やかだった。空には飛行船が列を成して飛行して船底の両端から外壁を伝って纏まった雨粒を垂れ流す。地上は身なりの良い男女を乗せた送迎用の車が渋滞を起こし、クラクションが絶えず鳴り響いていた。車のガラスに道を真っ直ぐに進むタロウの顔が映る。タロウの向いからバックを担いで歩いてくる旅行者達は視線を自分の靴を見るように下げ、彼を避けるように歩いていた。闘技場へ近づくにつれて香ばしい肉が焼ける匂いが漂ってきた。通りにはボタンが無いのっぺりとした流線形のスーツ着た紳士達が増え、彼等は一様にツバの広い牧場帽子を傾がせて身に着けていた。彼等は雨を気にせず立ったまま会話を続けていたが、タロウが横切ると口を閉じて後ずさった。闘技場前にやってきたタロウは小腹が空いたように感じ、ポケットへ手を突っ込んで階段を駆け上がって闘技場のエントランスへ入った。闘技場の中は通りの喧騒から離れて静かだった。タロウは柔らかい青色の絨毯に足跡を残して受付に向かおうとすると穏やかな声が彼を呼び止めた。

「失礼ですが杖の持ち込みは」

重い足音にタロウが振り返ると右腕を重機のような腕に改造した大男が2人歩み寄ってきていた。片方の男は両目とも真っ黒で平面のレンズが貼り付けられ、内部では小刻みに絞りが伸縮していた。2人を見上げてタロウは口を開く。

「ゴツロウという男を探している。ここかこの辺りで働いているはずだ。君たちは知っているか?」

周囲の紳士達は静かに離れていく。

「ちょっと向こうで話しましょう」

男達は互いに目配せを行い、義眼の男がタロウに笑顔で語りかけた。


 タロウは無機質な蛍光灯の灯りがボンヤリと照らす静かなバックヤードまで連れられた。タロウは無機質な蛍光灯の灯りがボンヤリと照らす静かなバックヤードまで連れられた。周囲には人気は無く2人の大男は黙々と歩き闘技場の階段を上がった。3階まで来ると先頭に立った義眼の男が廊下を指差して歩き始める。立ち止まったタロウの背を硬くて冷たい筒が当る。タロウから右斜め後ろに陣取った男の影が照明の明かりで浮き上がる。男達は直角に1 m開けてタロウを挟んでいた。廊下には厚手で銀色の装甲服を身に纏った男が壁に寄りかかっていた。鎧の縁取りは赤く塗られ、両腕にはタオックが持っていた箱型の自動小銃がぶら下がっている。装甲の所々にナイフや膨らんだポケットが取り付けられている。銀色のヘルメットから赤色の瞳がタロウを見つめ、装甲が擦れる音を立てながら男は扉を3度ノックした。扉の奥から楽しげに談笑している声が聞こえてくる。チラリと振り返った装甲服の男はタロウを凝視している。タロウは何気なく周囲を眺めながら服の袖で顎から垂れてきた唾液を拭った。赤い瞳がタロウを見始めてから2分後、扉が開いた。流線形のスーツを着た優男が顔を出す。彼の顔とスーツには返り血が付いていた。

「悪い、立て込んでた」

部屋からは生臭い匂いが立ちこめていた。装甲服を着た男は優男の言葉を鼻で笑い、薄い彼の体を押しのけて中に入る。タロウ達も続いて部屋に入ると優男がドアノブを慎重に持って音を立てずに扉を閉めた。部屋は横に広く入って右奥に黒い机が置かれ、奥の窓からは金属がぶつかる音が聞こえる。机には青色の胴鎧を身に着けた黒髪の男が寄りかかり、彼を守るように片腕を重機のような腕に改造した男達が4人窓際に立っていた。彼の足下には倒れた椅子と血だるまになった全裸の男が転がっている。

「おう。こいつがそうか」

机から離れて男が全裸の男を跨いでタロウに歩み寄る。歩きながら彼は窓際の一人に命令した。

「あれ終わったら、スワソンさんに連絡入れとけ」

男はタロウから2 m手前で立ち止まると掌を尻で拭いた後口を開いた。

「俺はイレツク。兄ちゃんはなんて名前なの?」

「タロウだ」

タロウは男達の装備を見ながら答えると、いつの間にかタロウの真横に立っていた装甲服の男が拳を握りしめる。イレツクは2度下を鳴らしてからタロウの背中にかかった杖を指差した。

「世間知らずで赤頭の兄ちゃんよ、その杖はポープレップの杖だ」

言った。タロウの影が足音と共に大きくなる。

「俺はゴツロウを探しているだけだ。情報料も渡す」

「ゴツロウか。杖を貰えれば話そう」

「それは良かった。情報を先に話してくれ。その後、この杖を渡そう」

タロウは背中から杖を引き抜いて床に置いた。イレツクの目は杖とタロウを行ったり来たりする。

「何故、床に置く」

装甲服の男がタロウに尋ねた。

「あんたらは無駄なことをしている。暇なのかな」

イレツクは笑みを浮かべて1歩タロウへ歩み寄る。イレツクの黄色い目は感情に揺れず無機質な目だった。深呼吸をした彼は顎を掻いてから答えた。

「良いだろう。おい!今、何週目だ?」

「3週目です」

優男が答える。視線を天井へ向けたイレツクは小さく頷き口を開いた。

「そっか。じゃあ、あいつはもう燃えているよ。杖のお礼に代わりの医者なら見繕ってやる」

「どうも」

「ちょっと待った」

きびすを返そうとするタロウをイレツクが呼び止める。言葉を無視して歩き出したタロウの胸に回転式拳銃の銃口が押し付けられた。クリーム色の照明が磨かれた床に反射が銃口を照らす。

「この弾は体に残るぜ」

小声で義眼の男はタロウに囁き銃口を強く押す。

「俺達は探知魔法が使える。俺は杖を貰うと言った解るよな?」

イレツクは振り返ったタロウへなだめるような口調で言った。窓際に居た男達は先端が丸くて太い特殊警棒を伸ばし、彼等はタロウを取り囲む。

「お前達は狡くて小汚くて、碌な人生を送っていない屑だ」

タロウは部屋の人間達を見渡して罵倒した。イレツクと銀色の男を除く6人の男達は笑いを堪えている。タロウに向いていた銀色のヘルメットが傾きイレツクを見た。

「イレツク。俺の報酬は?」

「もう振り込んである」

イレツクは笑みを消して銀色の男に答えた。銀色の男はタロウの肩を叩いて囁く。

「あばよ。赤面野郎」

タロウは左手の4指を親指で撫でるように擦り眩しいヘルメットを見返す。

「銀色野郎、あんたの名前は?」

銀色の男はタロウを鼻で笑い部屋から出て行った。扉が閉まるのを待ってから、深くため息を吐いたイレツクは静かにタロウへ語りかけた。

「良し、杖を渡せば金もやる。それで顔でも治せ」

そう言うと彼は拳を握っていない左手をタロウに向けた。タロウは手のひらを見つめていた。その5秒後イレツクは唇の薄皮を食いちぎった。

「最後の温情だ、お前の脳味噌は耳と一緒に火傷で溶け出ちまったか?俺達はお前を殺したくない。何故か解るか?」

タロウの答えを待たずにレイツクは続けた。

「金と手間が掛かるからだ。警察や川沿いの連中、明日から共和国首相が外遊に来る。お前に関わっている場合じゃ無い。だから杖を置いていけば見逃してやるし金もやる。少しは大人になれ。駄々を捏ねても此処から逃げられると思うなよ」

イレツクは口から泡を飛ばして指折りしつつ説明した。淡々とした視線をイレツクへ送っているタロウの歯茎から赤い唾液と血液が糸を引いて垂れる。タロウは徐に口を開いた。

「もう良いのか?」

「何?」

レイツクはポケットからブラスナックルを取り出しながら苛立ちを隠さずにタロウへ聞き返した。空気が張り詰める。深呼吸をしたタロウは肉片のような唇を小さく開けた。

「発音が悪かったか?値段だよ。お前達は俺の前で付けたじゃ無いか」

怪訝な顔をしたレイツク達に囲まれていたタロウは拳を握りしめた。

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