賞金首の換金
タロウが口を半開きに街を見下ろしながら飛行船を操縦していると街の光から青色のランプが点滅しながら浮上してきた。浮上してきた船体は黄色くタロウに併走してきた。手かせを付けたファルバスの目は眩しい光を受けて紫色に変色する。
「警察の飛行船ですね。挙動不審なボロボロの船体を見た誰かが通報したのでしょう」
ファルバスの気の無い声にタロウは肩をすくめ、飛行船をゆっくりと減速させた。重厚な音が船内へ2回響き渡った後、補強した扉が金属の何かで何度か叩かれる。タロウはファルバスのホルスターから回転式拳銃を引き抜いてズボンに挟み込み、扉横のレバーを引いて扉を手前側に引き上げた。扉の外は大雨で、黄色い装甲服を着た全身ずぶ濡れの男が二人、痩せた20代とビール腹の50代くらいの二人だった。彼等は向かい側の黄色い飛行船から梯子を渡ってタロウの船に取り付いていた。彼らはタロウの容姿には唖然として固まり、タロウは二人を繋ぐ命綱から黄色い飛行船の窓にちらつく影までを舐めるような視線で見つめていた。梯子はしっかりと吸盤のような物で船に連結されており、タロウは心配になって連結部を見つめていると年配の方の男が口を開いた。
「どうも、警察です。えー、入っても大丈夫ですか?」
「勿論、どうぞ。中には捕まえた賞金首がいまして輸送とこのおんぼろ用にドックを用意して頂きたい」
中には招き入れられた二人の警察官は座り込んでいるファルバスを前には脂汗を垂らして頷いた。年配の警官が腰に沢山ぶら下げた者の中から1枚の手帳を取り出した。中のページには光沢があり水を弾いている。彼はズボンのポケットのボタンを外し中からペンを取り出して書き込み始めた。
「ご用意いたします。お名前は?」
「タロウ」
「どちらから?」
「砂漠を突っ切って来た。お陰でこの有様に」
「それでは」
手帳に書き込んでいく警官は顔を上げて質問を続けようとするとタロウは声を大きくして遮った。
「もう良いか。さっさとこいつを降ろしたい。誘導に従う」
真っ赤な髑髏顔が警官に迫り、彼等は後ずさった。「そんなに怒らなくても」と若い警官が小さく呟く。年配の警官が横目で隣の同僚を睨み付けて、
「承知しました。我々の誘導光線について街に入港してください」
と言うと同僚の背中を叩いて飛行船から出て行く。タロウは彼らの背中を見送った後、勢いよく扉を閉めた。操縦席に座ったタロウは背もたれに寄りかかって暫く待って居ると、外装が削げるような金属音が船内へ2回響いて操縦席の窓に黄色い飛行船がふわりと浮かび、その船は青い光線を2本打ち出して街に降下を始めた。
「旦那、街で治療を受けるのであれば闘技場のゴツロウを訪ねて下さい。私の名前を出せばきっと値引きしてくれますよ」
何事も無かったようにファルバスが口を開いた。タロウは座席の奥からプラスチックフィルムのような札の束を見つけてジャケットのポケットに丸めて乱暴にねじ込んだ。彼は眉を上げてファルバスへ疑問を投げかけた。
「お前の用事は?」
「私のマクリー。あれは鉈に魔法使い族の骨を加工した魔法の杖なんです」
タロウの質問にファルバスは荷物を押し込んだ船尾へ顎をしゃくる。
「由来は?」
視線を前の船に戻したタロウは続きを促すとファルバスはその場でベタリとあぐらをかいて座り、人懐っこい笑みを丸い頭いっぱいに広げた。
「元の持ち主の名前です。想い出に付けました」
ファルバスはそう言うと自身の歯を一本一本舐め始める。背後の様子にタロウはため息をついて痛痒い前頭筋と頭蓋骨の間をひっかき、血まみれの指を2秒程見つめた彼は座席のシートで拭った。街が近くなるにつれて建物群がはっきりと見えてくる。蛍光灯のような明かりが四角い建物の窓から漏れ出し、雨で濡れた路面には無数の車がゴミを蹴散らしながら走り、建物の排気孔の手前には浮浪者がびっしりと横になっていた。彼らの側を力なく歩く下着姿の若い複数人の男女、街中の所々に流れている川には1面ゴミ袋が浮かんでいた。どんよりとした街と飛行船を隔てる硝子にファルバスの笑みを浮かべた顔が浮かび上がった。タロウは瞬きを繰り返した後、ファルバスに語りかけた。
「お前は変態だ。その気色の悪い杖は帰ってきたら渡すが、他の魔法の杖は俺の物だ」
「良いですとも。熱線魔法の杖は旦那が賞金稼ぎから勝ち得た物です」
周囲の建物と比較して背の低い10階建ての建物の広い屋上で警察の飛行船が止まりゆっくりと着艦した。続いてタロウも屋上のスペースに飛行船を着艦させた。タロウは操縦席から立って船尾に向かい探知魔法の杖を太股のポケットに、熱線魔法の杖を背中の散弾銃用のホルダーへ身に着け、ズボンから回転式拳銃を引き出し中の弾抜いて荷物の山に乗せた。換わりにサバイバルナイフとマクリーを腰の両側に1本ずつぶら下げる。装備を調えたタロウはファルバスを連れて飛行船を出た。飛行船の外では金魚型の銃を持った警察達が待ち構えていた。銃の右側から鰭のように淡い青色の光が足下に伸び、絶え間なく降り注ぐ雨粒を照らしている。彼らの中心には拘束椅子が置かれている。椅子の内部には手足を縛るベルト、両側には身体を固定するハーネスが建物のライトで鈍く光っていた。タロウはポケットからカードキーを取り出してファルバスの拘束に近づけると警官が慌ててタロウを制止した。
「拘束はこちらで解きます。えーと、タロウさん?カードキーを渡して貰えますか」
タロウはカードキーを近くの警官へ手渡し、彼を制止した警官に歩み寄った。周囲の警官達の幾人かはファルバスに向けていた銃口をタロウへ向けた。
「報酬は現金?それとも小切手?」
「口座振込はどうです」
警官の提案に目玉を隣の建物へ向けたタロウは眼をそのままに返答する。
「駄目だ、現金か小切手の状態で欲しい」
歯がかみ合わされる度に鳴る音とタロウのはっきりとした声に身を引いた警官は顔の汗を拭おうと手を延ばし、途中で手を止めて襟を正した。
「承知しました。半額であれば直ぐにお渡し出来ます。残りは明後日、貴方の飛行船に持ってこさせましょう」
「結構。急かすつもりは無いが、いつ頃用意できる」
そう言ったタロウは肉を吊り上げて作り笑いをした。彼の顔を雨粒が滴り赤く染まって地に落ちる。
「午前中に現金を輸送するので午後であれば何時でも」
「なら、午後一に。此処は寒いから中に入ろう」
「はい」
彼らが会話する中、ファルバスは拘束椅子に座らされていた。手枷をカードキーで解錠しファルバスは首から下を厳重に拘束され警官達は三人がかりで椅子を屋上の出入り口に向かって押し進めた。タロウ達もそれに続き大きな扉を抜けると金網でできた重機用エレベーターがあった。エレベーターの扉が閉じ、金網からの光が下から上に向かって流れ始めた。突然口をつぐんでいたファルバスが口を開く。
「旦那、また会いましょう。貴方が居なければここには来られなかった」
警官は無言で猿ぐつわをファルバスへ噛ませる。
「俺もだよ」
タロウは横目でファルバスを見下ろして無感情な声で言った。
地下4階でエレベーターは止まり大きな扉が開いた。タロウ歩き出した警官達の後について歩く至る所に武装警官が立ち、正面には大きなフェンスと受付があった。フェンスの奥には貨物用の大きなエレベーターがある。タロウ達に気がついた受付の警官が慌ただしく準備をしていると、奥から白いシャツで腕巻をした巨漢が出て来る。彼の右腕は三本指の無骨な義手で拳には先が丸くて返しがあるスバイクが生えている。彼はタロウを遠巻きにじっと見つめている。警官達が受け渡しの手続きを行っている間、タロウとその巨漢はにらみ合っていた。3分程後男は視線をそらしてエレベーターへ大股に歩いて向かっていった。彼の腰には先端を切り詰めた散弾銃が拳銃のように下がっていた。男を見送ったタロウは背後から大きな声で呼ばれた。
「タロウさん!」
タロウが声に驚きながら振り返ると髪の毛に白髪が混じった壮年が緑色の作業着風の服装にチョッキ型の黄色い装甲服を身に着けて立っていた。彼の右眼は黒いカメラレンズのように無機質に照明を照り返し根元が小刻みに伸縮していた。
「金ですか?」
タロウは急ぎ足で彼らに歩み寄ると壮年の目が値踏みするようにタロウの全身を眺めた。
「ええ、現金の引き渡しです。ご確認ください。私はギャラハン警察署の署長スワソンと申します。あの凶悪犯を捕まえた勇士にお目にかかれて光栄です」
「どうも、スワソンさん」
目の前のスワソンからタロウは興味を失い、完全装備の警官が二人係で運んできた大きなトランクを片手で受け取った。トランクを床へ置いたタロウは中身を開けて札束を確認する。札を捲り照明に透かしを翳す。そこで、タロウは思い出したような調子で切り出した。
「ヌミディス共和国の日本大使館に連絡を取って貰えないか?」
壮年の男、スワソンは眉をひそめて口を半開きに問い返した。
「申し訳ございません。ちょっと聞き取れなくて」
「日本大使館に、連絡を取って欲しい」
今度はゆっくりとタロウは発音したが、スワソンは暫く考え込んでから作り笑いを浮かべてタロウの要求に返答した。
「えー、デルベルタ帝国ですか?」
「にほん」
「ちょっと発音できないです」
スワソンは面倒くさそうにタロウの言葉に尖った声色の言葉を被せて遮った。札を1枚抜き取ってからトランクを閉じたタロウは立ち上がって腕を組む。彼は4秒考えてから口を開いた。
「申し訳ない、発音を間違えた。飛行船の整備は何処に連絡を取れば良い?」
「嗚呼、確かに発音が紛らわしいですよね。それなら1階の3番窓口ですよ。一報入れておきますね」
顔を明るくしたスワソンが作り笑いのまま口のみを縦に開けて答えた。その様子にタロウは背筋に鳥肌が立った。ファルバスは既にフェンス奥に設置されている特製の貨物エレベーターに乗せられて更に地下へ連行されていた。
「ありがとう。これで引き渡しは完了かな?」
「ええ、お疲れ様です」
軽く会釈したタロウはトランクを片手にぶら下げて移動した。立ち去っていくタロウをスワソンが名前を呼んで呼び止めた。タロウは肩越しに満面の笑みを浮かべたスワソンを見る。
「良い武器ですね」
タロウは返答せず、来た道を引き返した。




