人外の体
暫くボルトや鋏の音を聞いているとビニール袋を持った剥げかけた老人が現れた。彼の身体は痩身、しっかりの伸びた背筋からは服の上からでも形が浮き出す程大きく金属光沢のある装置が背骨に沿って背びれのように生えていた。顔には皺一つ無く、髭の無い顔は真っ白だった。薄暗い室内で浮かび上がったその顔は均整の取れた物だったが僅かに鼻が右に曲がっている。
「ガウディトレットだ。貴方のような会話ができて、礼儀を知っている人間は好きだ」
「どうも、ガウディトレット。俺はタロウだ」
2人は笑みを浮かべて探るような視線を向け合った。タロウは嫌悪感をガウディトレットから感じた。
「医者が必要なのは」
ガウディトレットが視線をタロウとラウディロックの間を往復させながら口を開いて言いかけるとラウディロックが被せて言った。
「俺達だよ。おっかないタロウは顔、俺は腕の修復と脚の交換。金は俺持ちで良い。口座は」
ガウディトレットは視線を横たわったラウディロックに向けた。不快気な視線にラウディロックは下唇を突き出して変顔を作った。タロウが口元の涎を血まみれの袖で拭っている。とガウディトレットは肩をいからせて変顔を続ける男が寝ている寝台を押しだした。部屋の隅の更衣所でガウディトレットのしおれた手がラウディロックの服にかかった。
「タロウさんも手伝ってくれ」
頷きながらタロウは上着をはだけさせる。
「タロウさん、絶対に脚を捻らないように。関節がバラバラで内出血が酷い。一体何があったのだか」
慎重にラウディロックの服を2人がかり脱がせて血の付いた服を籠に入れる。タロウも自身の服に手をかけるとガウディトレットが首を振って彼を制した。
「タロウさん。貴方は着替えなくて良い。手術前に幾つか聞きたいことがあるのでね。隣の居室で待っていてくれないか?中の物は好きにして良い。布巾がソファーに置いてあるから使ってくれ」
「わかった」
タロウは萎んだ指先を辿って部屋の前に行き、蝶番を一瞥してから青い扉を押して部屋へ入った。
白い蛍光灯が窓の無い居室の中を照らしていた。天井には通気孔が2つ。壁には30インチのモニターが固定されていた。ソファーは室内で向かい合って置かれていた。薄い絨毯の上をタロウは硬い靴底の音を立てながら手前側ソファー背もたれから布巾を取って顔へ押し当てた。口内の唾液と血液が布巾を赤く染める。何気なくソファーへ腰掛けてから直ぐに立ち上がり右手に有るモニターへ近寄った。タロウはモニター側のテーブルから地球儀のような模型を探るように回転させた。模型は濃淡のある青、緑、茶で構成され、黒い点には赤字で何かが書かれている。球体を回転させる指先が震えて止まった。
「俺が何かしたか?」
タロウは顔に影を落としてソファーに戻った。ソファーの右横には小さなテーブルが設置されており灰皿とマッチそれからボタンの付いたリモコン様な物がある。右を向くと真っ暗なモニターの画面には崩壊したタロウの顔が映る。乾いた血がこびりつた手でそっと顔に触れると、剥き出しになった筋肉組織から思い出したように鮮血が染み出した。痛みに身震いしたタロウは手を一瞥してモニターに映った自分の瞬きが出来ない顔を見つめた。モニターを見つめたまま口を何度か開閉した後、タロウは恐る恐る1つだけ青いボタンを押すとモニターが点灯し、淡い色の画面が映し出された。画面中央には目鼻立ちがのっぺりとした男が手元の紙を見ながら話している。音はモニター下から聞こえてきた。男は淡々とした口調で闘技場での殺人事件について報じている。イレツクの父親と紹介された異様に若い風貌の美男子、ウェルギンが息子への愛を語っていた。タロウは苛立ち混じりの息を吐いてモニターを消そうと手を伸ばすが扉が開く音で途中で手が止まる。ガウディトレットが血と油塗れのエプロンをゴミ袋に入れながら部屋に入ってきた。
「どうも、お待たせした。お茶はいるかな?」
背を向けたままガウディトレットはタロウへ問いかけながらカップを2つ用意した。彼の手元を見たタロウは肩をすくめて答える。
「戴こう。所でラウディロックは問題なかったか?」
「両足は切断。新しい足手を付けて個室で寝かせた。寝過ぎて頭が痛くなることはあっても死にはしない」
ガウディトレットは戸棚から取り出した箱の栓を引き抜くと、箱から茹だった音と石がぶつかるような音が鳴った。箱がカップへ傾けられると熱々の茶が注ぎ込まれ、琥珀色の茶から湯気が立っている。湯気を見たガウディトレットは思い出したように壁のスイッチを押してソファーの右横の机にカップを一つ置いた。
「それは何より」
黙礼をしながらタロウはそう言うと茶を一口飲んだ。
「味はどうかな」
「後味が甘い。」
薄ら笑いを浮かべたガウディトレットはカップを片手にタロウの向かいに腰を下ろす。2人は座ったまま黙々と茶を飲んでいた。排気口からは外の雨音が微かに聞こえる。
「始めに」
ガウディトレットが足を組んで口火を切った。彼の手元にはメモ帳とペンがある。
「タロウさん。貴方に幾つか尋ねたい。嘘を言っても良いし真実を言っても良い。あまり考えず、素早く答えて欲しい」
タロウは頷いた。
「良し。貴方の出身は?」
「国かそれとも都市のどっちを言えば良い?」
タロウの千切れた頬肉が揺れる。
「国で」
「日本国」
「ニ、ニフォ、ニホンね。何処に有る地球儀を指して貰っても?」
タロウの目と耳には明らかに地球儀を発音する口の動きと音がずれていた。2人の間にガウディトレットが地球儀を置いた。
「何処にも無い。面積的には大きいはずだがね」
首を振ってタロウは答えた。
「成る程、有難う。じゃあ何故此処に?」
「始めは砂漠だった。断崖絶壁を降ってから不時着した飛行船を見つけて、賞金稼ぎに襲われた。そいつらの飛行船を奪って砂漠を脱出してここに来た。顔の傷を治すため、ゴツロウを探していた」
「顔の傷は何日前から?体はどれ位生身?」
ガウディトレットは頷きながら促す。
「最低3日前。記憶が曖昧ではっきりと言えない。体は全て生身だ」
紙をペンがこする音がなり続ける。
「興味深いな。同乗者は居たのか?」
「ファルバス」
タロウは即答した。
「殺人鬼か。貴方は彼について知っているかな?」
「何も知らないが、冷酷な男だと思う」
「彼は劇場型殺人事件を幾つも引き起こしている。動機は服の色や顔立ち等、殺しが上手いだけの本当につまらない奴だよ。もっと過去の話を聞いても良いかな?」
両手を広げてタロウは浅く頷いた。メモ帳のページがめくられる。
「基本的なことを聞かせてくれ。貴方の名前は?姓と名を答えて欲しい。私はガウディが名でトレットが性だ」
タロウは初めて考え込んだ。目を細めてガウディトレットはタロウを見つめる。
「俺はタロウだ。それで、あーうーん」
「タロウが貴方の名前?」
しどろもどろになったタロウは空になったカップへ口を付けた。想い出を辿りながら自分の家の表札やアルバム等を考え出しては泡のように思考が弾ける。
「タロウだけじゃ無かったはずだ。思い出せない」
頭をかしげ始めたタロウを憐憫の目でガウディトレットは見つめた。
「この質問は止めよう。貴方は考えてしまっているからね。砂漠の前には何処に居た?」
「公園にいた」
「詳しく」
タロウは促されるままに口を開く。
「カタツムリのオブジェがある公園でブランコに座っていた。公園の電気が点くと俺は砂漠にいた」
メモ帳を確認しながらガウディトレットは何度も頷いた。
「言いにくいが貴方は生身では無い。人間の肉は三日も経てば化膿する、瞼が無ければ目も見えなくなる。あれも貴方がやっただろう?ラウディの身体にはレイツクの躾跡が残っていたよ」
タロウは押し黙った。モニターからのレイツク殺害のニュースが無慈悲に聞こえてくる。凄惨な死体の情報と共に懸賞金の速報が流れてくる。ニュースでは犯人の特徴は手足が合金で車程度の体重の巨漢だと報じられている。
「じゃあ俺は何だ?簡単壊れるあんたらが人間じゃ無い。本当は異星人か別世界の種族じゃないか?」
「私から見た貴方が正にそれだよ。貴方が異世界から転送魔法で来た、殺人ロボットだと言われても信じるね。言葉を飾らずに言うが、薄い記憶と取って付けたような知識。貴方は人工知能のような男だ。タロウはモデルになった生物の名前かもしれない」
ガウディトレットは注射器を机に置いた。
「刺せるか試してみてくれ」
逆手に注射器を持ったタロウは左手の手首に針を寝かせて差し込む。肌に当った針は少したわんでから肌の上を滑った。何度も刺そうとするも肌に食い止められた針は滑る、そうする内に針が曲がってしまった。ガウディトレットは注射器を受け取って机に音を立てずに置いた。
「人間の肌の強度の問題じゃ無い。構造から貴方は人間と違う」
ソファーから前屈みになったタロウは頭を抱えた。ガウディトレットの手がタロウへ伸びる。
「今日は」
「少し一人の時間が欲しい」
言葉を言いかけたガウディトレットを遮るようにタロウはうめくように言った。タロウが顔を覆ったままうつむいているとソファーが軋む音が鳴った後、扉がゆっくりと閉まった。
「俺だっておかしいと思っていたさ」
歯を食いしばって呟くタロウの目から涙は出なかった。




