動き出す追っ手
闘技場2階、幅20 m、奥行きが10 m程度の部屋。放送を終えたウェルギンは腰に回転式拳銃と特殊警棒をぶら下げ、青色の装甲服に身を包んだ護衛兵達8人に守られながら中に入った。室内には彼の妹のミィカが黒いスーツ姿で腕を組んで50インチのモニター8枚に向かって立ち、マイクを片手に指示を出していた。流線形のスーツは蛹のような有機的な形だった。ウェルギンは彼女の隣に並ぶ。
「ここまでいらっしゃらなくても良かったのに」
ミィカが片眉を上げて言った。唇の青い化粧が照明を反射して瑪瑙色に輝いた。ウェルギン口元が不自然に動いて言葉を返す。
「直接会って話さなければ解らない事がある」
「あの子を殺した化け物について解ったことが有りますが、身元は未だ調査中です。お兄様の戯れで3階には監視カメラ無いので」
「警察には飛行場を封鎖させた。私は他の用事で動けない。後はお前に任せるが、今の調査状況を聞かせてくれ。安心したい」
一言多い妹に苛立ちながら話すウェルギンへ頷いたミィカは手を叩く。
「お兄様がいらっしゃる直前に見つけたものです。5番モニター、リングの録画を再生しろ」
操作盤に取り付いた警備員が手慣れた手つきで画面を操作する。十字のマークが付いたモニターに両腕のシリンダーを唸らせて殴り合う闘士達の姿が再生される。片方の闘士の拳が相手の闘士の右腕を破壊した瞬間、ミィカが画面の停止を命令した。画像に驚いたウェルギンは口を開かずに言葉を発する。
「何だ、こいつは?」
そこには異様な高さを跳躍しているタロウの姿がピンボケして映っていた。唇の内側を舐めてミィカが答える。
「モニター裏を飛んで上階に向かっています。あれが足場にしたモニターの固定具は拉げていました。その損壊は3階、あの子の部屋からです」
兄の顔色を伺いながらミィカは付け加えた。
「窓枠が大きくへこんでいました」
「素人目でも解る。こいつのパーツは1級品どころか軍用品じゃないか。マーケットを調査した方が良さそうだな。警察のプロファイリングは当てにならない」
ウェルギンのぼやきをミィカは鼻で笑った。
「勿論手は入れておりますが、時間の掛かる作業です。先ずはこの化け物を殺しましょう。幸い怪我を負っているようです。11階に少なくない血痕とオイルが残っていました」
目を細めたミィカがそう言うと部屋の扉が叩かれた。
「失礼します」
その声と共に身長が2.6 m程の巨漢が2人の警備員を伴ってキビキビとした動きで入ってきた。彼の全身は白と赤色の装甲服に覆われ、ヘルメットの目元から血色の悪い人工皮膚と白目が無い真っ黒な目玉が覗いている。口元から装甲の下を伝ってチューブが両腕の拳に繋がっており、背中のバックパックが魔法の光を放っていた。
「おお、マッドリックじゃないか。お前が死にかけの畜生に対処してくれるか」
振り返ったウェルギンは無表情で歓喜を込めた声色で話す。
「弟も準備できております」
マッドリックは大きな胸を堂々と張り、直立したまま言った。巨体の関節から潤滑油がはみ出している。腕を組んでいた自信満々な笑みを浮かべてミィカが兄の横に立った。
「化け物退治は化け物達に任せるのが1番です」
ミィカは何も言わない兄に向かって続けた。
「あの子の飛行船はレース用ですので、治療はこの街で修理するはずです。街の傭兵に追跡を依頼しました」
「良し」
艶やかな唇を2本の指で触りながらウェルギンは答えた。機械の身体を僅かに屈めてマッドリックはウェルギンとミィカの顔を見ながら金属のマスクを開いた。マスクの内側には音声出力用の機器が付いている。
「先程の録画は移動中に拝見しましたが、モニター裏に焦げ跡は有りましたか?あの系統のパーツは発熱量が多いのです」
自身の耳を人差し指で弾いたミィカはマッドリックへ首を振り、その動作をウェルギンは無表情に見つめる。
「いいえ。焦げ跡は無かった、点検者が見落としていなければですが」
黙ったままのマッドリックにミィカは付け加えるように言うと、巨体は滑らかに解らない程微かに頷いた。
「であれば、魔法の杖でしょう。他組織からの刺客かもしれませんね」
顔の向きを妹へ向け、ウェルギンは笑みを作って言う。
「それらの報復も含めてお前に任せる。私にとってギャラハンは金を生む道具だ。我々の全てでは無い。解るな」
言葉を受けて硬直したミィカの口角をウェルギンの指が10秒程吊り上げった。ミィカの眉にしわが寄る。指を離して出口に足を向けたウェルギンに対して、マッドリックは身体を大きく反らして道を作り、ウェルギンは歩きながら肩越しに妹へ語りかけた。
「傭兵の処理も忘れるなよ。外部記憶媒体を装着していれば必ず回収しろ」
「承知しております」
ミィカは硬い口調で応答する。
「私が今言ったことが重要なのだ。ほら、安心しただろ」
そう言い捨てたモデルのような後ろ姿が護衛兵を伴って部屋から出て行った。
闘技場でウェルギン達が算段を進めている一方、ガウディトレットの店の一室で座っていたタロウは気をなんとか取り直して立ち上がった。視界の端を象形文字が飛蚊症のように流れる。何も無い方向にタロウは手を振りながら部屋を出た。ビニールカーテンには新鮮な血液と黄色い脂肪それに加えて銀色の粉末が張り付いていた。照明によってカーテンの向こう側をボンヤリと見える。ベッドに何かが置いてあるようだった。タロウはビニールカーテンを剥ぐって中をのぞき込むとベッドには丁寧に腑分けされた警備員の男がいた。
「何故殺した?」
死体を前に唸ったタロウはカーテンを閉めて静まり返った院内を歩く。薄くなった靴底がスリッパのような音を立てた。ビニールカーテンの部屋から出口に出ると受付にガウディトレットいた。丁度、彼は両手でシャッターを降ろしている所だった。
「どうも」
タロウはガウディトレットへ声を掛けながら受付の椅子に座る。シャッターが完全に閉まった。
「これからどうするつもりだ?」
タンクトップ姿でガウディトレットはシャッターの鍵に悪戦苦闘しながら言った。タロウはかゆくも無い首をかく。
「あんたは転送魔法が有ると言ったが何処にある?」
「予想だよ」
短いガウディトレットにタロウの鼻が鳴った。
「似た能力の杖は?」
「1本だけ、転移魔法の杖はある」
タロウの身が受付から乗り出した。
「何処にある?能力は?」
「共和国首相の生体記憶媒体に記録されている経験を元に場所に行ける魔法の杖らしい。歴代首相も暗殺対策で持っていて、過去に二度使用されていた筈だ。おかしな事は考えるなよ?シャッターも閉めちまった」
タロウの言葉に動揺しながらガウディトレットは答えた。
「あんたは世間話をしただけだ。ラウディロックには警察署の屋上へ来るように伝えてくれ」
椅子からタロウは立ち上がりガウディトレットへ歩み寄った。
「何処に行く?ニュースを見ただろう。街は警察車両と飛行船だらけで通行禁止だ。とても出歩けない」
電源の入っていないラジカセをガウディトレットの指が指し示した。彼の様子にタロウは首を振った。
「俺は手術部屋で解体された死体を見た」
「あれは仕事さ。この街の傭兵に殺された死体は解体されて焼却か、袋に詰めて川に流すかだ。生きた人間より簡単で儲かる」
シャッターから離れたガウディトレットは濡れていない地面を探しながらタロウに答え、遂に床を諦めて壁へより掛かった。
「俺達を匿って得が有るとは思えない」
「警察のプロファイリングと違いすぎるから報奨金が出ない」
ガウディトレット答えにタロウは椅子から立ち上がった。握り締められた両拳がガウディトレットに近寄る。焦ったガウディトレットは背中を壁に擦り付けながら両手を挙げてタロウへ呼びかける。
「待てよ、結果を見て欲しい。私は貴方達を売っていない。ラウディを治療した私も安全では無い」
拳を降ろしたタロウは院内に戻って行った。その背中を見送ったガウディトレットの両足は力なくへたり込み、彼の尻が濡れた。
「お休み、化け物野郎」
ガウディトレットはよれたズボンから中身の入っていないパイプを取り出し、震える手で何とか口にくわえた。




