砂漠からの脱出
タロウは夜空に走る光線を見上げていた。彼の手元には細く組まれた縄が纏めて握られ、肩に掛けた。近くの岩の隙間へ探知魔法を発動したままの杖が差し込まれて明かりの代わりになっている。
「本当に上手くいくか」
縄から漂う生臭い臭いにタロウは顔をしかめながら呟く。ジャムは無言で彼の隣でしゃがみ込んで杖の発光を頼りにバックパックを漁っていた。彼の足下には分解された通信機の残骸が転がっている。
「貨物は何処に行った?」
ジャムを見下ろしてタロウは唇に付いた砂粒を取り払って言った。立ち上がったジャムは鋭い目でタオルを見つめ、視線を反らさずにバックパックを背負った。二人が目を細めて見つめ合っているとジャムが視線を逸らして体をタロウが降りてきた岸壁に向けた。
「旦那の言う通り勿論、貨物はありましたよ。新しい飛行船すら工面できる程の値が付いていた。これ送信機です。波は7番に会わせてありますのでそのまま使えます」
ジャムから分解された通信機から取り出された送信機を受け取ったタロウはそれをベルトへしっかりと固定した。それから彼は目を瞑って押し黙り両拳を握りしめた。ジャムは改めてタロウへ顔を向けて言葉を続けた。
「だから旦那はこの作戦を立て、損切りさせないためにわざわざ賞金稼ぎを殺した。違いますか?」
「俺は家に帰りたいだけだ」
タロウはジャムの言葉にかぶせるように強い語気で言うと、彼も探知魔法の杖を引き抜いて岩壁へ身体を向けて歩き始めた。段差を登り、足下照らしながら割れた地面を進み二人は約400 mの背が高い岩壁に辿り着いた。
「上まで急いで登って下さい。リュックは私が持ってましょうか?」
タロウは手を握ったり開いたりを繰り返して岩壁に取り付く。
「必要ない。合図を見逃すなよ」
「勿論です。舵輪の下、手の形の文字を押してください」
壁にしがみついていたタロウの影が踏ん張ると腕を振って飛び上がり30 m程登る。タロウには亀裂すら必要なくなっていた。指が岩を抉り、腕力が体を跳ね上げ、2分と経たずタロウは身を隠せる窪みに到達し、彼は腰の送信機のアンテナを伸ばしスイッチを押して離すと、遙か下から赤い光が返ってくる。その光に頷いたタロウは肩から綱を外して綱の先端腰に身に着けたナイフを鞘ごと組み合わせ、逆手にナイフを握りしめて峡谷の暗闇を睨み付けて機会を待った。
飛行船の中は震えるような空気で満ち、ポープレップの目はクタマの全身を顔から爪先まで流れて倒れたままのタオックに向かう。
「一人はファルバス。もう一人は小柄で痩せていたが、あれは相当身体に仕込んでいる」
タオックは片膝を突いてよろけながら立ち上がった。もげた腕からは琥珀色のオイルが零れて床に虹色の水たまりを作った。クタマは半歩船の壁に寄って場所を空けた。
「それなら小柄な方がビョルニを殺したわけだ」
毛の無い顎を機械の腕で撫でてタオックが言うと、クタマが右腕とライフル銃を黒いコードでさりげなく繋ぎながら食って掛かった
「関係ねぇよ。二人とも殺してファルバスの野郎の首で船を新調する。それが出来なきゃ俺達全員終わりだ」
クタマをポープレップは睨み付けた。杖は飛行船の舵輪に向いている。タオックは1歩前へ進み杖の先に出て、唇を舐めてから口を開いた。
「確かに、ファルバスの死体は必要だ。ポープレップ、あんたと俺達で賞金を折半しよう」
沈黙を続けるポープレップへタオックは左手の掌を向けて言葉を続けた。
「協力するならお前がケルニャを殺したことを手打ちにしてやる。人生は長い。こういうこともあるさ」
ポープレップは杖を抱えたまま後ずさり、通信機を背にして力なく座り込んだ。
「俺の人生はあの船だった。あれの換えなんて考えられない」
杖の先端が床に付きポープレップの唇が震えた。肉抜き穴が幾つか設けられ、4本指の黄色い腕を装着しながらタオックは感情の無い赤色の瞳を座り込んだポープレップへ向けた。タオックは半笑いの表情で声を掛ける。
「生きてりゃなんとかなる。俺もカードで船を失ったことがあったが」
「さっさと船を出せ。焼き殺すぞ」
ポープレップはタオックの鼻面に杖を向けた。その様子をクタマは天井の吊革を掴みながら鼻で笑った。タオックは舵輪の前に座った。
「はいよ。クタマ、窓を開けろ」
タオックがそう言うと、彼は舵輪の周りの計器を確認すると舵輪左側のレバーを手前に引きながら足下の青色の丸いスイッチを押した。すると、汽笛のような音が船底から響き、船内が揺れた。黒い船の影が夜の砂漠に浮かんだ。船内の揺れが収まるのを待ってクタマは船尾に行く。彼が奥へ消えてから二秒後、船の装甲板が覆っていた窓が全て上がり左右4対の窓、舵輪のある操縦席の大きな3枚の窓が全て上がり透明な硝子と窓の上辺にそれぞれ装着された電気式掃除機が星空の光を受けて輝いた。タオックが操縦席で別のスイッチを押すと掃除機が動き、強力な風で砂埃を吹き飛ばした。
一方、地上に居たジャムは飛び上がった船を見上げていた。彼の足下には分解された通信機の残骸が転がり、手には水筒と手作りのストックが装着された回転式拳銃、腰には受信機が装着されていた。水筒に残っていた水を飲み干したジャムは水筒を地面に置いたバックパックへ収めて背負い直し、拳銃のシリンダーを一発分ずらした。高度300 mを無音で悠々と空を舞う飛行船は飛行機の墜落場所を中心に反時計回りに旋回を始めた。飛行船の中には風の音のみが流れており、クタマはライフル銃を肩に掛けたまま双眼鏡を縦に持って左目にかざし壊れた扉から外を眺めていた。ポープレップは杖を両手で持ち、しわが寄った顔だけを左側の窓から覗かせて外を睨み付ける。4周している途中で、
「見つけた。切り裂き野郎だ。岩の隙間にいる!」
ポープレップがそう叫ぶと融解して穴が開いた箇所から杖を突き出して骨へ息を吹き込んだ。灼熱の光線は岩を融解する。杖から放出された熱が船体を焼き、ポープレップからも焦げた肉の匂いが漂った。ジャムは岩の隙間を駆け出した姿をくらます。クタマは双眼鏡を流し場に置きライフル銃を構えて岩の迷路を見下ろす。ジャムは岩の間を走りやや開けた辻に辿り着くすぐ前には段差とタロウが潜んでいる岩壁がある。彼はバックパックから温度感知器を取り出して骨で作られた錠前へ息を吹き込んだ。箱が淡い桃色に光り、錠前が解除されて箱が自動的に開かれると、蓋の内側に青と黄色の世界が広がった。ジャムは岩の隙間から箱を覗かせて飛行船を見ると赤色の縦長の楕円が3つ見えた。
「欲をかいたな」
そう言ったジャムは箱を手放して全力で正面の岩壁へ走り出す。箱は地面に落ち有る前に銃声が鳴り、無音で飛来した弾丸に撃ち抜かれて光を失う。貫通した弾は岩の地面に当たり小さな爆発を起こした。
「当ったか!」
タオックはライフル銃を下ろしたクタマに叫んだ。クタマは白いどんぐり型の弾丸をライフルのチャンバーへ入れた。
「杖を破壊した。足が速いな。高度を落としてくれ。この距離、強化外皮用の弾丸では命中までに避けられる」
「高速弾で良い。ポープレップ、冷却は!」
「今終わった」
ジャムはひび割れた地面を走る。両足が力強く地面を蹴り風化した岩にひびを入れた。クタマはライフルを両手で腰だめに構えて右目を瞑り、狙いを定める。左目には銃のサイトが映り、クタマは引き金を引いた。高速弾はジャムの右胸を貫き、貫通し弾は地面にめり込んだ。右側に身体が傾いてよろけたジャムをポープレップの熱線が襲う。熱線はジャムの片腕をもぎ取って地面にクレーターを作った。熱波に吹き飛ばされたジャムの顎を高速弾が破壊する。地面に転がったジャムは飛び起きて岩壁へ走る。
「あんたはあの化け物を捕まえたんだよな?どうやったんだ!」
苛立ちを滲ませてタオックが怒鳴る。クタマは黒ずんだ薬莢をポケットに入れて新しい弾丸を装填した。
「感電トラップで捕まえたから知らん」
ポープレップはあえぐように言った。岩壁に辿り着いたジャムは割れた地面に潜り込んだ。クタマはライフル銃を構えたままポープレップに顔を向けた。
「撃つなよ」
煙を吹き出すポープレップは咳き込みながら頷き船内で座り込んだ。飛行船は徐々に岩壁に寄り大きな影が大岩の影に飲み込まれた。
「まだか」
タオックの言葉にクタマは首を振る。ため息をついてタオックは慎重に飛行船を更に岩壁に寄せると飛行船が大きく揺れた。責めるような二人の視線がタオックに向かう。
「違う俺はぶつけてない」
振り返ったタオックは頬を後ろに引っ張られたような必死の形相で操縦席から回転式拳銃を引き抜いた。クタマライフルを船尾へ向けた。滴る湿った音と肉が千切れる音がゆっくりと鳴る。のどを握りつぶされてかすれた声をあげているポープレップの身体は肩から臍まで引き裂かれ太鼓腹からは黄色い脂肪と赤色腸が零れ拍動する心臓の下からタロウの目が覗いていた。震えるポープレップの手から杖が落ちると共にタオックとクタマは引き金を引いた。ライフルの弾丸がポープレップの心臓に命中して爆発し、タオックの弾丸息絶えた男の太股に大穴を空けた。爆発で後ずさったタロウへ2人は両手に散弾銃や回転式拳銃を持って手当たり次第に銃弾を浴びせた。弾丸はタロウの服を破り僅かに後退させる。
「杖を取れ!」
タオックは叫んで操縦席から飛び出し融解していなかった左腕の前腕で大量の無骨で長方形の箱形をした銃をタロウへ向けて両足を踏ん張り、引き金を引いた。30発の弾丸がタロウを強打するが、タロウは物ともせず弾丸の中を走る。その光景にタオックの口角が上がり、タロウの拳がタオックの胸に突き刺さる。タロウは金属製の背骨を引きちぎって拳をタオックから引き抜いた。
タオックの巨体が鈍重な音を立てて倒れて操縦席前に立っているクタマがタロウの目に入る。タロウは倒れた体をまたぎながらタオックの頭を踏み潰した。クタマは震える息を魔法の杖へ吹き込む。杖は赤く光り光線がタロウに命中した。クタマは魔法を撃ち出しながらタロウに近づく。照射は5秒程で終わった。肉が焼ける匂いが船内を漂い、タロウは未だに立っていた。クタマは熱で曲がった左腕を振り上げて白い煙がタロウの頭を殴りつけたが、タロウの手が腕をわしづかみにした。煙から太郎の顔があわらになる。軟骨と表皮は焼け焦げ、外耳は無い。異様に赤い筋繊維と白い頭蓋骨の眼孔からは透明な目玉が覗き、内部を黒い棒が1本ずつ目玉の中で黒目のように動き先端はクタマを捉えていた。黒い棒の周囲には赤い血管が張り巡らされている。タロウは右手で腕を掴んだまま左手でクタマの肩を掴んで持ち上げた。藻掻くクタマは熱によって縮んだ右腕を動かせない。僅かに残った唇をめくり上げタロウは両手を無理矢理クタマの胴体に押し込み、潰れたクタマの体を船の外へ放り投げた。クタマから飛び出たオイルとタロウの血液が混じり、船の底で虹色を作っている。タロウは操縦席まで急ぎ足で歩き舵輪下のボタンを押した。飛行船は揺れながら地面にゆっくりと着陸し、息を吐き出したタロウは力を抜いて操縦席に座り込んだ。
そのまま眠り込んでしまったタロウは焼けた豚肉の良い匂いと頭を覆う激痛で目を覚ました。操縦席から身を起こすと目の前は砂漠が広がり、遠くには2つの小さな雲と手前に広がった。灰色と褐色等が混ざった複雑な色の大地には小ぶりな雲の影が1つ落ちていた。
「おはよう旦那、良い活躍でした。明日の昼にはオアシスの街に到着するでしょう。道中、砂嵐が吹き荒れる難所は有りますが一先ずは何とかなりましたね」
タロウが振り返ると右腕を機械化したジャムが2本指しか無い右腕で器用に湯気が立つマグカップの取っ手を持って一口飲む。タロウは席を立って壁に手を突いて顔を触るとビニールのようなさわり心地だった。
「あんたもな。俺の分は?」
タロウの想像だにしないしゃがれ声が出た。
「船尾側の部屋にあります。水はこれで、着替えも奥で一緒に」
中ジョッキ程度のコップに並々水が入った物をジャムはタロウへ渡した。タロウは「どうも」と言うと一気に水を飲み干し、コップをタロウに返して船尾側に向かった。道中、船体に開いた穴は墜落船から持ってきたであろう装甲板で乱雑に溶接されていた。船尾には机と椅子が置かれ、机にはカリカリに焼けたベーコンと乾パンそれから赤い豆のスープが置かれていた。
「お箸は?」
タロウが振り返って声を掛ける。
「連中の箸を使うのは気持ち悪いでしょう」
直ぐさまジャムの返答が返ってきた。タロウは血まみれの手を尻で拭ってベーコンを食った。塩気にタロウは涙する。
「美味いな。これは1番美味い」
ゆがんだ視界でむさぼるように食事をした。食事を終えるとタロウは服を着替えて船尾からジャムの居る部屋に戻る。ジャムは戻ってきたタロウの姿を見ると口を開いた。
「鏡が有れば見せたいくらいですよ。街に着いたら先ず頭を医者に診てもらった方が良いですね。唇は有るようですが頬の肉が片側しか無い」
タロウはうなずきながら床に転がった小さな折り畳み椅子へ腰を下ろし、装甲板の隙間から下を見た。流れていく砂漠の大地には現実味が無い。
「俺は早く家族の顔が見たい」
弱々しくタロウはそう言うと目をこする。袖には乾いた砂埃が付いた。
「奥様ですか?」
「いいや、両親だ。母は心配性できっと困っているに違いない」
ジャムはため息をついてイスの背もたれに寄りかかった。
「なら、旦那の改造記録を辿った方が良い、貴方は明らかに記憶障害を煩っている。本当は」
「俺は正気だ」
タロウの剣幕にジャムは首を傾げて席を立つ。
「きっと会えますよ」
ジャムは明るい声色で抑揚無くそう言うと操縦席に座った。椅子でタロウは頭を抱えていた。




