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ゴーレム  作者: 栗鼠
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生き延びる戦い

 墜落した飛行船の残骸の側で1人、くすんだ若草色のジャケットをキッチリ着こなした大男がしゃがみ込んでいた。鋼鉄製の3本指が黒く汚れた腕を摘まみ上げて顔の左側に近づけた。男の顔は2つに分かれ、左側は男の顔で右側は女の顔だった。腕の断面から土が詰まった爪の間まで2つの瞳を持った左目の青と赤色の瞳が眺める。異臭漂う上には重りと鎖で繋がった金貨袋の刺青が掘ってある。男は背負ったバックパックの側面に取り付けられた小さなレバースイッチを上げ、隣のつまみをゆっくりと回し二度膝を叩いた。するとバックパックからくぐもった何かを叩く音が1つ鳴りバックパックの肩紐に備え付けられている小さなランプが青色に点灯した。

「好物は蕪の浅漬け。ケルニャだ、名簿と死体の部品を確認した。死体が見つからなかったのは船長のポープレップと人斬り野郎だ」

腕を放り投げた大男、ケルニャは顔の左側だけで話し、右側は無表情のままだった。右側の顔はやや膨らみ薄い透明な膜で覆われており、膜は喉元から後頭部にかけてしっかりと包み込んでいる。はみ出た髪は縮れた茶の髪で質の悪いナイロンのような照り返しがある。ケルニャは肘から先にはめ込んだ鋼鉄義手に目をやる。義手には三本の爪のような指が暇を潰すようにこすり合わされ、彼は言葉を続けた。

「飛行船の主砲は持ち去られている。それから」

ケルニャは青色の瞳を持つ左目を残骸に向け、赤色の瞳は世話しなく周囲を見渡していた。厚い金属板には手形が残り板は油粘土のようにまくり上げられている。

「船の装甲板を素手で簡単に裂ける化け物が居る。俺は死ぬつもりは無い」

ケルニャはバックパックを降ろし、中から先端に小さな人面が貼り付けられ、アオムシのように丸い節だらけの銃を取り出した。鋼鉄の爪がポケットから真っ白などんぐり型の弾を銃の右側面から落とすように入れていくと、丸い節が揺れて小さなビープ音が鳴る。再びバックパックからくぐもった声が聞こえてきた。

『さっさと船に戻ってこい』

「ビョルニの奴は?」

『俺から伝える。信号だけ送って貰えるか』

「おう」

バックパックへ手慣れた手つきで幾らか操作した後、レバーを下ろして通信を終了したケルニャはバックパックを背負い直した。


 真っ黒な手のひらを青いランプが弱々しく照らす。そこから手が離れぼんやりとした青い光を陽光がかき消して十代程の若年、茶髪を短く切りそろえた男が覗き込む。男はバックパックを引っ張り日陰に入り込むとバックパックのレバーを押し上げた。

「初めて飼ったペットは赤カニ、名前はボニャ。ビョルニです。何かありましたか?」

『通信は開けたまま急いで飛行船に帰ってこい。冷たい氷水と飴を用意しておく。体調は大丈夫か?』

タオックの連絡にビョルニは灰色で汗臭くて野暮ったい防護服の肩紐をいじりながら眉をひそめた。

「ええ、問題ないです。直ぐ帰ります」

彼がそう言い終わるや否や火薬の音が1つ鳴った。乾いた音の後吹き出すような音と鈍い音が岩の間を縫って空を木霊した。バックパックをビョルニは不安げな目を通信機に向けながら背負い腰を落として縦長な岩の影に身を隠した。

『自殺の音だな、回収してこい。船長なら目玉だけで良い。お前が帰ったらこの砂漠から撤退しよう』

「えっ、みんな持ってきます?」

『悩むくらいなら首ごと持ってこい。今は撃てと言われたら撃ちゃ良いんだ。良いな』

ビョルニはしゃがんだまま頷き、返事をしようとするも砂がのどに張り付いて小さく咳き込んだ。

『返事!』

タオックの声には呆れが含まれていた。

「はい」

表情を硬くして答えたビョルニの肩は落ち、自然と頭を下げていた。気を引き締め直してビョルニは音を立てずに砂利と須永混じり合った道を歩く。彼の片手にはイルカ型の回転式拳銃が1丁握られ、白と灰色の縞で塗られたその銃は砂漠の世界に溶け込んでいた。


 固唾を飲んでカニの甲羅のような背中をした男、タオックは飛行船の通信機前に片膝を突いて座り、円柱状の受信機下部に並んだツマミを回した。タオックの四肢の根元はクロムメッキのような輝きが覗き、灰色の樹脂が被せられた機械式の太い四肢が生えている。彼の背後には痩せ型でこめかみに3本の縦線が刻まれている喉頭隆起の刺青を入れたはげ頭の男が飛行船の船首側、舵輪の側に設置された丸い機器に向かい合って目を細めると、彼は足下の赤い金属タンクを持ち上げて音を立てずに船の中を歩いた。船は調理器具、乾パンといった食糧、4人分の着替え等の日用品に加えて武器や医薬品を詰め込んだ箱によって圧迫され、元の幅の半分ほどしか使えず、大柄なタオックは壁に寄って彼を船尾に通した。通信機からはビョルニの呼吸が聞こえてくる。痩身の男は天井からぶら下がった電灯を器用に避けて船尾まで行くと金属タンクの蓋を開けてから船底の床板に付いた取っ手を開けた。開いた床からは緑色のトレーが覗くと共に湿った甘く土の匂いが漂った。男はタンクの中身をゆっくりとトレーへ注ぎ入れた。やや粘性を含んだ透明な液体がトレーを満たして船首方向に流れていった。再び男が舵輪の前まで戻ってくると通信機の音が変わる。

『あれ?』

ビョルニの気の抜けた声の後、呼吸が息を強く吸い込んだように引っ張られ、砂利を踏みし蹴散らす音が鳴る。その2秒後、鈍い音が1度鳴ると静かになった。タオックは男を見ながら耳を指さす。男はタオックに頷き、チラリと壁に掛かった4人の写真を見た。通信機から別の生々しい呼吸が聞こえてくる。船内の2人は耳を澄ませるとレバーが降ろされた音が鳴り通信は切れた。痩身の男は床を蹴って立ち上がり、

「あの野郎、殺しやがった!」

再び足で床を蹴る。タオックは強く結んだ口を開く。

「クタマ、落ち着け。敵の思うつぼだ」

痩身の男クタマは腰を下ろし、赤色の瞳を鋭くタオックに向けた。

「このまま帰れねぇ。街じゃ良い笑いもんだ」

鼻息を吐いたタオックは立ち上がりクタマの肩に手を置き、笑みを作って穏やかな口調で語り出した。

「あいつの骨格は突撃用に強化されている」

タオックは拳で軽く船の壁を叩いて続ける。

「人間業じゃ無い。通信機が切れるまでに時間があったことが引っかかる。ファルバスなら忍び寄って通信を切断してから殺すはず、原生生物かもな」

鉄の入れ歯を剥き出しにしたクタマは武器が積まれた箱を持ち上げてタオックの前置いた。彼は箱の中の流線形のライフル銃を指差す。

「俺達には武器がある。切り裂き野郎だろうが何だろうがぶっ殺してやる」

いきり立つクタマにタオックは口をすぼめて息を吐いた。それから小さな声で「わかった」と三度繰り返しクタマの赤色の瞳を彼は見つめた。

「ビョルニも化け物も上空から捜す。それで良いな」

「そう来なくちゃな。俺が警察に居た頃、飛行船に乗ったまま30人の脱獄犯の頭を吹っ飛ばしたんだぜ」

「運転は苦手なんだがな」

顎をさすりながら通信機を操作し始めたタオックの真横で、にやけ面になったクタマはライフル銃の紐をを肩に引っ掛けて真っ白で鋭い弾丸を6発ジャケットのポケットに入れた。


 通信機による連絡は直ぐにケルニャへ繋がった。タオックは蜂の巣型の集音器を小突くと受信機側からケルニャの声が聞こえてきた。

『嫌いな剣闘士はダーティープレーのゾアック、ケルニャだ。もうネタ切れになりそうだよ』

タオックは返信に口角を上げてクタマへ視線を送った。視線の先のクタマはライフル銃の照準器のネジの締まり具合と割れの確認等の点検をしていた。

「何者かにビョルニが殺された。駆け足で戻れ、直ぐに出発する。以上」

『わかった』

駆け足の足音と共にレバーを落とす音が船内に響いてから通信が切れる。それから暫く二人は船内でケルニャを待つ。タオックの目線は船内に設けられた約19インチの小型モニターに縦長で潜水艦型の船と周辺に配置された無数の感知装置が図として映し出されていた。側にはアルミ製のような丸い時計が置かれ、太陽と指を組わせた模様が38個並び一本の針がその上をゆっくりと進む。その間、タオックは腰にホルスターを巻いてイルカのような回転式拳銃を2丁差し込みつつ舵輪周りの計器を確認していた。夕暮れ時を時計が指す頃、モニターの装置が徐々に無色から赤色に変わり、側のベルが小さく鳴った。

「俺が出る」

そう言ったタオックは扉横の鍵を外して扉を叩くと腕毎熱線が扉を焼き切った。熱波の奔流はタオックを船首側へ吹き飛ばし彼の重い身体が金属音を立てて船の床に叩き付けられた。顔を赤く染めて悶絶するタオックの右腕は赤熱し、断面からはとろけた金属とゴムの匂い、肩からは焼けた肉の匂いが漂った。クタマは身を屈めて回転式拳銃をホルスターから引き抜いた。

「止めろ!船が壊れる」

応戦しようとするクタマをタオックは涎を垂らしながら叫んで制止した。クタマは銃を持ったまま声をはり上げて呼び掛けた。

「あんたは誰だ!」

「俺からの提案だ。お前は銃を床に下ろして会話しようや。俺もこんな砂漠で死にたくない。下手な事をしなけりゃ俺達は生きて家に帰れる。そうだろう、タオック」

ダミ声がクタマに返事をする。倒れ伏したタオックは這いずるふりをしつつ、倒れた拍子に左腕の剥げたコーティングから覗く鏡面状の腕でクタマにダミ声の主を見せた。

「自棄になったのかじいさんよ。俺達と協力したいなら杖をしまってくれないか」

「ぶっ殺すぞ」

ダミ声と共に天井に光線が走り、丸い穴が空く。タオックはすかさず声を上げた。

「ポープレップ、あんたに従う。クタマ」

クタマはタオックに従い回転式拳銃を床に置いて物陰から舵輪の前に歩み出た。彼らの前には燃えた炭火のように赤く発光した背骨を金属で繋いだ形の魔法の杖を構えた金色の3本腕の男、ポープレップが砂まみれで灰色になった防弾服を纏って立っていた。しわだらけの皮膚からは固まった砂がこぼれ落ちポープレップの安全靴に当って砕けた。

「俺はあんたらの獲物を知っている」

杖を構えたままポープレップは青く光る瞳をタオックに向けたまま静かに言った。


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