三つ巴の砂漠
日が暮れて夜になると飛行船は渓谷のような場所の上空で止まった。星空を黒い船の陰がゆっくりと下降する。タロウ達は谷の上で這いつくばり監視をしていた。ふとタロウは谷の反対側に這っていき岩場に隠した探知魔法の杖を拾い上げ骨に息を吹き込んだ。再びシリンダーが開き青い点が谷底の飛行船に四つとタロウの位置に二つ付く。彼の足下の岩場には骨の柄の鉈と骨で作られた小さな化粧箱が砂利で埋められている。その場でタロウは回るが飛行船とジャムの表示のみだった。魔法を発動させたまま杖を砂利に隠して監視を続けるジャムの元に行った。
「杖は4本」
這ったままジャムは口を開き小声で囁くように言った。彼が口を開く度、白い息が漏れる。
「暗くて見づらいですが、船には動きありません。1本は船の主砲、分解魔法の杖でしょう。船に大穴を開けた魔法です。人間が食らったら一巻の終わり」
暫く二人は飛行機を見張っていた。ジャムは懐からビスケットをポケットから取り出して口に放り込んだ。
「要ります?」
ポケットから新しいビスケットをジャムは取り出してタロウに見せた。
「遠慮するよ、口が渇きそうだ。所で通信系の杖は?」
「存在しますが、滅多に出回りませんな。今は無線通信がありますので、需要も消えつつある事も関係しているでしょう」
ジャムはビスケットをポケットに戻した。
「先ずは様子見をして、捜索に人手が分かれたら一人ずつ始末しよう」
タロウの目には冷徹な殺人鬼の光が宿っていた。その光にジャムは笑みを浮かべて口を開いた。
「確かに旦那の力なら強化人間でもバラバラに引き裂けるでしょう。船からずっと見ていたのですが」
ジャムは言葉を切って唇を舐める。タロウはジャムの顔を見て続きを促した。
「旦那は切り替えが速いですね」
ためらいがちに発されたジャムの言葉をタロウは咀嚼した。
「驚くほど簡単に。まるで俺の体が部品になったようだよ」
「脳の増設後症状に似ていますね。あれは新しい機能に脳が慣れていないものですが、旦那の場合は記憶か感情の構造が変わったのかも。感情表現を外部ユニットに頼っていたのでは?」
タロウはジャムの言葉を鼻で笑い谷底を指差す。
「この崖を沿って谷底に続く坂で待ち伏せしよう」
二人は中腰に立ち、ゆっくりと崖から離れて移動を始めた。
二人が坂に到着する頃には熱い日差しが砂地を温め始め、影は長く伸びた。道中タロウは石をリュックに詰め込み、片手にはこぶし大の石礫がしっかりと握られている。茶色の瞳と三色の瞳が砂漠を走り黄土色の飛行船を見つめた。道中で二人は短い砂嵐に遭って汗まみれの体に砂が張り付きすっかり汚れていた。
「砂漠使用ですね。出港から既に命運は決まっていたと言うことです。金を借りとけば良かった」
ジャムは笑みを浮かべながら人差し指と親指で輪を作って人差し指程度の船を眺めていたが、表情が引き締まる。船から人影が二つ出てきたのだ。タロウは砂で灰色になった上着を頭巾のようにかぶって日陰に転がった岩石に隠れながら這って進む。銃に手をかけたジャムはタロウと距離を取って日陰に潜んだ。人影の一つが大きくなり始めた。喉を鳴らして唾を飲み込み、タロウはふと光を感じて峡谷の対岸を見た。
「何をしているんだ?」
タロウは手でひさしを作って目を凝らす。
「夜間飛行用の目印ですね。ああして壁へ一定間隔に打ち込んで船のガイドを作っている訳ですね」
「持久戦か」
「どうだか。ほら、峡谷の上流と下流で二手に分かれました」
肩から力を抜いたジャムは飛行船を指差した。バックパックを背負った人影が一つ大きくなる。タロウは砂で絡まった髪の毛に手櫛を入れて思案を巡らせた。
「連中目的はファルバスの捕獲で間違いないか?分解魔法を飛行船に撃ち込むような奴らが?」
ジャムは肩をすくめて頷いた。
「私が乗せてもらっていた飛行船は有名な船でして」
タロウはしゃがんだままジャムに詰め寄った。
「違う。空を飛んでいる物が墜落したら全滅が当たり前だろう。死体か他の何かを持って帰るのが目的だったんじゃないか。高価な魔法の杖とかな」
ジャムは片眉を上げて影を指差すだけだった。岩から僅かに顔を覗かせたタロウは無言で坂を登りジャムも後に続く。坂を登りきるとジャムが口を開いた。
「旦那、どうします?」
「隠した俺達の杖を回収する。探知魔法が使えればあの場で飛行船から連中が離れる事も無い。こっちに来ている奴は放置し、あの飛行船の周囲を上から見てこの後の動きを考えよう」
タロウの言葉にジャムは頷き二人は這うように峡谷から離れた。200 m程離れた辺りの砂地でタロウは中腰に立ち上がりじぶんの影を見て影の長さを確かめると彼の視界に忌々しいあの高い岩が見えた。
「急ごう」
苦々しい顔のまま影の長さを確認したタロウはジャムに一声掛けてから姿勢を正し、一気に走り始めた。ジャムも遅れ気味に立ち上がってタロウの背後に付いた。
タロウの足は空中に浮くように速かった。二人は音を立てずに砂の上を走り抜き、歩調を緩めて岩場を登る。額の汗を拭ったタロウは砂利を掘り返して魔法発動中の探知魔法の杖と鉈それから化粧箱を取り出した。
「この箱は何に使うんだ?」
タロウは横目で探知の杖を見ながら鉈と化粧箱をジャムへ投げ渡して尋ねると、ジャムは眉をひそめて投げられた道具を受け取った。
「魔法の杖ですよ、大切に扱ってください」
苦言を呈するジャムにタロウは気のない表情で頷く。その様子を見たジャムはおどけた表情を一瞬作った後で目を細めながら不自然な砂利を整え始めると、タロウは顔をジャムに向けた。
「探知魔法の反応は二つ消えている。1本ずつ持っていったかもしれない。それで、その箱の機能は?」
ジャムは人差し指で砂利を弾いて岩場から降り隣で砂利を整え始めたタロウからの問いに答える。
「温度感知機です。夜間は使用可能ですが、熱波に支配された日中では正常に機能しないものですな」
砂利を整え終えた二人は這って峡谷の崖に向かい、僅かに顔を覗かせて飛行船を上から見下ろした。飛行船から1から2 m間隔で四角い灰色の箱が設置され八本の棒が箱の側面に二本ずつ異なる角度で取り付けられていた。飛行船の側面に太い取手が溶接された丸い扉が取り付けられ、2本のスキッドのような板がしっかりと砂利に食い込んでいる。船尾には折り畳まれたフラップがロープで固定されていた。その下には銀色のタンクが転がり、タンクから伸びた黒いチューブが飛行船の船底に繋がっている。
「狩猟用の無線式感知機ですね。見えない網に入り込む隙間は無さそうです」
頬に右手を添えてタロウは考え込む。茶色い目に映り込んだ飛行船は疲労を感じ始めた彼にとってこの砂漠から逃げる唯一の足であり、粘ついてきた口内の唾を飲むほど欲しい物だった。
「砂嵐が弱い峡谷を選んだ理由はこれか。この船の主はどんな性格だ?」
「タオックと言う名前の悲観的な男ですが、激しやすく残忍。噂では妻を殴り殺して部下に食べさせたとか。その部下があれらしいです」
ジャムが船首を指さした。船首には小さな檻が一つぶら下がり、1体の骸骨が檻の中にうずくまるように丸まっていた。
「小心者の船長にはお似合いだ」
タロウの言葉をジャムは鼻で笑い、腰のサバイバルナイフをタロウに手渡した。
「相手の位置は探知魔法で解る。渓谷に来る前に通った迷路のような岩場でおびき寄せるとしよう。待ち伏せが出来る俺達は一方的に攻撃する」
サバイバルナイフをベルトに固定しつつ堂々とタロウは語る。ジャムは真剣な面持ちで体をタロウに向けて続きを促す。
「連絡装置が有れば、飛行船をあの山のような高台付近へ誘導してあのスキッドに縄か何かを引っ掛けて飛行船を乗っ取る。連絡装置が無ければ高台の麓で探知魔法を発動させ続ける」
そう言い終えたタロウはジャムを手招きし、峡谷から離れると探知魔法を確認しつつ飛行船を追った道のりを引き返し始めた。道中沈黙していたジャムは口を開いた。
「誘導する装置の役は私に任せてください。しかし、壁に居たら隠れられないのでは?」
「ちょうど良い窪みが有る。俺はあの頂上から降りてきたんだ」
驚いたジャムの目は丸くなり3色の瞳が世話しなく動く。その間も二人は周囲に気を配りタロウは片手に石を、ジャムは服の袖を引き裂いて作った投石器を握っている。
「髭が伸ばすナチュラリストの言葉とは思えないが、信じましょう。縄は何処で調達しましょうか?」
「長くて丈夫な縄なら墜落した飛行船にあるじゃないか」
両眉を上げて話すタロウに対してジャムは呆れたように口の片端を上げて作り笑いを浮かべた。




