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死んだアイドルと高橋悠斗の執着の場合

あの日、彼女は死んだ。だけど、彼女は今日もいる。明日も、明後日も、その先もー

美咲が三日間、何も投稿しなかった。


最初の日、悠斗は特に気にしなかった。


最近は以前ほど一日中返信しているわけでもないし、修平の件以降は投稿しない日もたまにある。奈緒と夕飯を食べながら一度だけXを開き、美咲の最新投稿が昨日のものだと確認して、そのまま閉じた。


「何見てたの?」


「美咲」


「なんかあった?」


「いや。今日いないなと思って」


奈緒は「そっか」とだけ言って、テレビへ視線を戻した。


悠斗もそれ以上は話さなかった。


翌朝にはいるだろうと思った。


翌朝も、美咲はいなかった。


通勤電車でXを開く。


昨日のまま。


美咲の名前で検索すると、


> 今日美咲ちゃんいなくない?


> 珍しいね


> まあそのうち来るでしょ


そんな投稿が並んでいた。


悠斗も同じように思った。


仕事を始める。


昼休みに一度見る。


いない。


午後、会議が終わって見る。


いない。


帰りの電車でも見る。


いない。


それでも、生活は普通に進んだ。


仕事で少し面倒な修正が入った。


奈緒から、


> 牛乳買ってきて


と連絡が来た。


スーパーへ寄る。


牛乳だけのつもりが、安くなっていたプリンも買った。


家へ帰ると、奈緒が先に風呂へ入っていた。


悠斗は冷蔵庫へ牛乳を入れ、プリンを二つ並べた。


何も困っていない。


食後、奈緒とソファに座っていた時、またXを開いた。


美咲はいない。


悠斗はプロフィールを更新した。


変わらない。


もう一度。


「さっきから何回見てるの」


奈緒が言った。


「何を?」


「美咲ちゃん」


「そんな見てる?」


「結構」


悠斗はスマートフォンを伏せた。


「二日いないだけ」


「心配?」


「いや」


答えはすぐに出た。


実際、それほど心配しているつもりはなかった。


美咲は死んでいる。


体調を崩したとか、事故に遭ったとか、そういうことを考える必要はない。


以前ならそれが不思議だった。


今ではもう、その方が普通になっている。


だから、いない理由が分からなかった。


「X飽きたとか?」


奈緒が言った。


悠斗は一瞬、黙った。


「美咲が?」


「分かんないけど。ずっとやってたら飽きることもあるんじゃない?」


「まあ……あるのかな」


「あるでしょ。人だし」


奈緒はそう言って、テレビを見た。


人だし。


悠斗はその言葉だけ少し引っかかった。


美咲がXに飽きる。


考えたことがなかった。


活動休止はない。


卒業もない。


結婚してアイドルを辞めることもない。


年を取って、別の人生を選ぶこともない。


死ぬことすら、もう一度はない。


そういうものだと思っていた。


でも、Xをやめないとは誰も言っていない。


悠斗はスマートフォンを手に取った。


美咲のプロフィールを見る。


過去の投稿が並んでいる。


昨日も、一週間前も、一年前も。


いくらでもある。


でも、新しいものがない。


その瞬間だけ、昔の美咲の写真や映像と同じに見えた。


悠斗はすぐにXを閉じた。


「寝る?」


奈緒が聞いた。


「まだ」


「私先寝るね」


「うん」


奈緒が寝室へ行ったあと、悠斗は一人でソファに残った。


ゲームを起動した。


十分ほど遊ぶ。


集中できないわけではない。


普通に勝った。


動画も見た。


面白かった。


その合間に、何度かXを開いた。


美咲はいない。


午前一時を過ぎた頃、ようやく寝室へ入った。


奈緒はもう寝ていた。


悠斗も横になる。


目を閉じる。


眠れないほどではない。


ただ、なかなか眠れなかった。


次の日。


三日目。


朝起きて、最初にXを開いた。


いない。


悠斗はしばらく画面を見た。


そのまま起きる。


顔を洗う。


朝食を食べる。


奈緒と一緒に家を出る。


駅までの道で、奈緒が言った。


「今日もいない?」


悠斗は聞き返さなかった。


「うん」


「美咲ちゃん?」


「うん」


「そっか」


少し歩いてから、奈緒が、


「連絡できないの?」


と聞いた。


「できないよ」


「DMとか」


「したことない」


悠斗は笑った。


「そこまでの関係じゃないし」


「そっか」


奈緒も笑った。


その言葉は本当だった。


そこまでの関係ではない。


美咲は恋人ではない。


友達でもない。


家族でもない。


毎日必ず話す相手ですらない。


ただの推し。


それで十分だった。


十分なはずだった。


仕事中、悠斗は通知が鳴るたび、少しだけスマートフォンを気にした。


業務連絡。


通販。


ニュース。


奈緒。


美咲ではない。


昼休みに同僚と飯を食べる。


先輩の愚痴を聞く。


午後は資料を直す。


後輩に質問される。


普通に答える。


一日はきちんと進んだ。


だから、自分でもよく分からなかった。


何がそんなに気になるのか。


美咲がいないからといって、失うものはない。


奈緒がいる。


仕事がある。


友達もいる。


趣味もある。


全部、足りている。


それでも、美咲の投稿がない一日は妙に長かった。


帰りの電車で、悠斗は久しぶりに美咲との昔のやり取りを遡った。


初めて一人でライブへ行く前。


> 私もいるし!一緒に楽しも!


仕事で失敗した日。


> 死ぬなーーー!笑

> ミスくらいするって!帰ったら好きなもの食べよ!


奈緒と付き合ったと話した時。


> おめでとー!大事にしなよ!


どれも短い。


全部、今までなら過去にならなかった。


美咲が今日も何かを書けば、昨日の美咲は昨日になる。


一年前の美咲は一年前になる。


古い返信の向こうに、必ず新しい美咲がいた。


今はない。


過去だけが増えないまま残っている。


悠斗はそこで初めて、自分が何を嫌がっているのか分かった気がした。


美咲がいなくなることではない。


美咲が、過去になること。


それが嫌だった。


電車が駅へ着いた。


悠斗は降りる。


ホームを歩きながら、またXを開いた。


新しい投稿があった。


一分前。


> ごめん寝てたー!

> っていうのは嘘!ちょっと休んでた!笑


悠斗は立ち止まった。


続けて、


> 心配した?笑


返信欄が一気に増えていく。


> した!!!


> めっちゃした


> 何もなくてよかった


> どこ行ってたのー!


悠斗は少し迷ってから、


> ちょっとだけ


と返した。


美咲からの返信は来なかった。


別に、それでよかった。


悠斗は歩き出した。


数分後、奈緒からメッセージが来た。


> 牛乳今日いらないからね


悠斗は、


> 了解


と返した。


駅を出る。


美咲が戻った理由は分からない。


三日間何をしていたのかも知らない。


聞こうとも思わなかった。


ただ、また新しい美咲がいる。


そのことに、思っていた以上に安心している自分がいた。


悠斗は、それを深く考えなかった。


推しがいる。


今日も更新している。


奈緒と暮らして、仕事へ行って、友達と遊んで、その隣に美咲がいる。


ずっとそうだった。


これからも、きっとそうなのだろう。


高橋悠斗にとって、中川美咲は死んだアイドルだった。


そして今日も、新しい投稿をする推しだった。


それでよかった。


少なくとも、美咲がいる間は。


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