死んだアイドルと七瀬真帆の友情の場合
あの日、彼女は死んだ。だけど私たちはあの日のまま、友達でいることを選んだー
七瀬真帆は、最近また美咲について聞かれることが増えていた。
岡田修平の死があってから、質問の内容は以前より慎重になった。スタッフ側も気を遣っているのが分かる。
「答えにくければ大丈夫です」
前置きが増えた。
真帆はそのたびに、
「大丈夫です」
と答えた。
本当に、答えられないわけではなかった。
ただ、何を答えても別の意味をつけられることに少し疲れていた。
美咲を心配していると言えば、「親友として寄り添う」。
普通に話していると言えば、「死を越えた絆」。
何も言わなければ、「沈黙を貫く」。
どれも、言われてみれば完全な嘘ではない。
でも、真帆の実感とは少しずつ違った。
ある日の取材で、記者が聞いた。
「今も美咲さんとは連絡を取っていますか?」
「はい」
「頻繁に?」
真帆は少し考えた。
「普通です」
またこの答えになった。
記者も覚えていたらしく、少し笑った。
「以前もそうおっしゃってましたね」
「そうでしたっけ」
「“普通に友達です”って」
「じゃあ今もそれで」
記者が笑う。
真帆もつられて笑った。
「今の美咲さんを、どういう存在だと思いますか」
「友達です」
「それ以上でも、それ以下でもなく?」
「はい」
答えはすぐに出た。
昔は同じグループだった。
今は違う。
昔は毎日のように顔を合わせた。
今は会えない。
昔は喧嘩もしたし、同じ楽屋で寝たこともある。
今は文字でしか話せない。
それでも、友達であることだけは変わらなかった。
真帆にとっては、それで十分だった。
取材が終わったあと、美咲からメッセージが来た。
> 今日取材?
> そう
> また私のこと聞かれた?
> 聞かれた
> なんて言ったの
> 友達
少しして、
> それ好きだね笑
と返ってきた。
真帆は、
> 他に何て言えばいいの
と送る。
> 親友
> やだ
> ひど!
> 重い
> もっとひどい!
真帆はそこで少し笑った。
昔なら、横にいる美咲へそのまま言っていただろう。
今は画面越し。
それだけが違う。
夜、家に帰る。
テレビをつける。
風呂に入る。
明日の仕事の確認をする。
美咲からまた通知が来る。
> 今日ご飯何食べた
> うどん
> 地味
> うるさい
それで終わる。
昔みたいにずっと話す日もあれば、数日何もないこともある。
真帆は気にしなかった。
美咲が修平のことで自分を責めていた時、何度か長く話した。
あれから少しずつ、いつものやり取りへ戻っていた。
完全に元通りというわけではない。
美咲が以前より死を匂わせる投稿に敏感になったことも知っている。
返信が少ない日に、何度か話題を投げることがあるのも知っている。
でも、真帆はその一つ一つに名前をつけなかった。
美咲は変わった。
真帆も変わった。
グループも変わった。
それでも、全部なくなったわけではない。
数日後、メメント・キミのライブがあった。
終演後、ファンが叫んだ。
「真帆ー! 美咲も見てるぞー!」
以前なら、一瞬だけ言葉に詰まったこともあった。
今は、
「知ってるー!」
と返した。
客席が笑う。
真帆も笑った。
それで終わった。
楽屋に戻ると、美咲から、
> 見てたよー
と来ていた。
> 知ってる
> なんで
> 客に言われた
> 何て?
> 美咲も見てるぞって
> 何それ笑
真帆は、
> 知らない
と返した。
少しして、
> 今日よかったよ
と来る。
> ありがと
それだけ。
そのやり取りを、真帆はXには出さなかった。
もう理由を考える必要もなかった。
何かを隠したいわけではない。
特別なものとして守りたいわけでもない。
ただ、友達との会話を全部人に見せる必要がないだけだった。
翌朝。
ニュースサイトに、昨日のライブの記事が出ていた。
《七瀬真帆、亡き中川美咲との“絆”健在》
真帆はタイトルだけ見て閉じた。
「また絆」
独り言が出た。
美咲にスクリーンショットを送る。
> また絆だって
返事。
> 私たち絆あるらしいよ
> そうなんじゃない
> 適当!
真帆はそこでスマートフォンを置いた。
しばらくして、また通知が鳴った。
> 今日何時から?
> 12時
> 遅刻しないように!
> あんたに言われたくない
美咲から、
> はーい
と返ってきた。
真帆は家を出た。
駅へ向かう。
今日も仕事がある。
昔、一緒にステージへ立っていた美咲はもういない。
今の美咲は、どこにいるのか分からない。
それでも、さっきまで普通に話していた。
真帆にとって、それ以上の説明は必要なかった。
美咲は友達だった。
今も、そして多分、これからもずっと。
もしも本当に、死んで美咲に会えるとしたら
美咲はあの日のままの姿なのだろうか。
だからそれまでは生き続けよう。
しわくちゃの姿で、笑いあえるように。




