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こんなこと言いたいわけじゃなかったのに

あの日、あの子は死んだ。それで終わり。奇跡なんて起きなかった。

遥香は、美咲の投稿を以前ほど見なくなっていた。


それでも完全に離れたわけではない。通知は切っていないし、何日かに一度はプロフィールを開く。何を書いているのか確認して、返信欄も少し見る。


そして、たいてい途中で閉じる。


最近の美咲は、修平の死についてほとんど話さなくなっていた。


「来ないで」と強く書いたあの日以降も、死を匂わせる人にはその都度反応しているらしい。でも、それ以外は少しずつ元に戻っていた。


仕事の愚痴を聞く。


食べ物の話をする。


ゲームの話に混ざる。


見覚えのある名前が来れば声をかける。


まるで、あれだけのことがあったのに、また以前と同じように続けようとしているように見えた。


遥香には、それが理解できなかった。


修平が死んだ。


美咲とのやり取りが、少なくとも彼にとって大きなものだったことはもう誰も否定できない。それなのに、美咲はまた同じ距離で人と話している。


何も学んでいない。


そう思う日が増えた。


ある夜、美咲が一人のファンに返信していた。


> 最近ちょっとしんどい


> 何があったの?


> 仕事


> 無理なら休みなよー

> 仕事なんて代わりいるから!


それだけの会話だった。


遥香はしばらく見ていた。


まただ。


また相手の生活へ入っている。


また誰かの悩みを聞いている。


修平の時と何が違うのか。


もちろん、「仕事がしんどい」と書いた人全員が修平のようになるわけではない。


そんなことは遥香にも分かっている。


でも、分からないからこそ怖いのではないか。


誰がどこまで美咲を必要としているのかなんて、美咲には分からない。


それなのに、また同じことを続けている。


遥香は返信欄を閉じた。


数分後、開き直した。


さっきのファンは、


> 美咲ちゃんに言われたらちょっと楽になった


と書いていた。


美咲は、


> ならよかった!


と返している。


遥香はその文章を見て、胸の奥が熱くなるのを感じた。


よかった。


本当にそうなのか。


その人が今日楽になったことだけ見て、それで終わりなのか。


明日も美咲を必要とするようになったら。


来週には、美咲から返事が来ないだけで落ち込むようになったら。


その時も「よかった」で済ませるのか。


気づけば、遥香は返信を書いていた。


> また同じことするんだね


送ったあと、自分でも少し強いと思った。


消そうか迷った。


でも、その前に美咲から返事が来た。


> 何が?


遥香はしばらく画面を見た。


> ファンに深入りするの


美咲からの返事はすぐには来なかった。


数分後。


> これ深入りなの?


> 美咲はそう思わないんだろうけど


> じゃあ遥香ちゃんは何だと思うの?


その聞き方に、遥香は少し苛立った。


何度も言ってきた。


今さら説明させるのか。


> 修平くんのことあったのに

> また同じ距離で話すの怖くないの?


今度は長く待った。


美咲はその間、ほかの誰にも返信していなかった。


> 怖いよ


遥香は予想していなかった答えに、手を止めた。


美咲は続けた。


> 前より怖い

> 変なこと言ってる人いたらめっちゃ見るし

> 本気じゃないよねって思う


遥香は読みながら、少しだけ力が抜けた。


分かっている。


やっぱり美咲も分かっている。


そう思った直後、次の文章が来た。


> でもだからって誰とも話さないのは違うと思う


遥香の指が止まった。


> なんで?


> なんでって?


> そこまでして話さないとダメなの?


返事は遅かった。


> ダメとかじゃないよ

> 私が話したいから話してる


遥香は眉を寄せた。


私が話したい。


以前なら、その言葉を素直に受け取れたかもしれない。


今は違った。


> それでまた誰かが勘違いしたら?


> 分かんない


> また修平くんみたいになったら?


> 分かんないよ


美咲の返事が少しずつ短くなる。


遥香は構わず続けた。


> だから距離取った方がいいってずっと言ってたじゃん


> それは遥香ちゃんがそう思ってるだけでしょ


> 結果こうなったじゃん


送った瞬間、少しだけ後悔した。


でも消せない。


既読というものがあるわけではない。それでも、美咲はもう見ている気がした。


返事はしばらく来なかった。


> それ、修平くんが死んだの私のせいって言ってる?


遥香はすぐに打った。


> そういう意味じゃない


> でもずっとそういうこと言ってるよね


> 私は責任がゼロじゃないって言ってるだけ


> 何の責任?


遥香はそこで詰まった。


何の責任。


修平を好きにさせた責任。


返事をした責任。


覚えていた責任。


人と話すのが好きだった責任。


そんな言葉が頭に浮かんで、どれもしっくりこなかった。


> ファンとの距離を考える責任


ようやく送る。


美咲から、


> それは考えてる


と返ってきた。


> 考えてこれなの?


> うん


あまりにも迷いのない「うん」だった。


遥香は唇を噛んだ。


> 昔の美咲ならこんなことしなかったと思う


送った。


返事が止まった。


遥香自身、その言葉を美咲本人へ直接ぶつけたのは初めてだった。


SNSでは何度も書いた。


昔とは違う。


死んでから変わった。


昔の美咲なら。


でも本人には、まだ言っていなかった。


数分後、美咲から来た。


> それ最近ずっと言ってるよね


遥香の胸が跳ねた。


見ていた。


自分の投稿を。


> 見てたの?


> 見えるよ


当たり前だった。


同じXにいる。


> じゃあ分かるでしょ

> 私は昔の美咲のこと知ってるから言ってるの


しばらくして。


> 昔の私も私だよ


遥香は画面を見た。


続けて、


> 今の私も私だよ


遥香の中で、何かがざらついた。


> でも変わったじゃん


> そりゃ変わるよ


あっさり返ってきた。


> 死んだし

> こんなことになったし

> 昔と全部同じなわけないじゃん


遥香は、その文章を何度も読んだ。


美咲自身が「変わった」と認めている。


それなら自分は間違っていない。


> ほら、やっぱり変わったんじゃん


送る。


美咲からの返事は早かった。


> 変わったら私じゃないの?


遥香は答えなかった。


> 遥香ちゃんが好きだった私から変わったら

> それはもう美咲じゃないの?


遥香はスマートフォンを強く握った。


違う。


そういうことではない。


> 私はそんなこと言ってない


> じゃあ昔の私ならって何?


返せなかった。


美咲は続けた。


> 昔の私を使って今の私を否定しないで


遥香は息を止めた。


今まで美咲から言われたどの言葉よりも、強く感じた。


怒鳴っているわけではない。


「!」もない。


それなのに、逃げ道がなかった。


遥香は箱の中のチェキを思い出した。


笑っている美咲。


自分の肩へ顔を寄せた美咲。


「遥香ちゃんにしか話せないんだけど」と言った美咲。


あれは何だったのか。


> じゃあ昔私に言ってたことも全部その場だけだったの?


美咲から、


> なんでそうなるの


と来た。


> 私のこと大事じゃなかった?


> 大事だったよ


遥香はその返事に一瞬救われた。


だった。


過去形。


> だった?


少し間が空いた。


> 今も嫌いじゃないよ

> でも今の距離はしんどいって前に言ったじゃん


遥香の目に涙が溜まった。


嫌いじゃない。


それは、好きとは違う。


大事とも違う。


遥香は文字を打った。


消した。


また打った。


> 昔はもっと大事にしてくれた


美咲から返事は来なかった。


遥香は続けた。


> 私ずっと美咲のこと考えてたよ

> 死んだあともずっと

> 変なファン増えても心配して

> 修平くんのことだってこうなる前から危ないって


そこまで送って、自分で気づいた。


修平個人のことを、遥香はほとんど知らなかった。


危ないと思っていたのは、彼ではない。


美咲とファンとの距離そのものだった。


訂正はしなかった。


美咲から、しばらくして返ってきた。


> ありがたいと思ってたよ


続いて、


> でも私がしてほしくないことまで

> 私のためって言わないで


遥香は涙を拭った。


何がしてほしくないことなのか。


心配することか。


口を出すことか。


昔の美咲を覚えていることか。


> 私は美咲のために言ってる


返事。


> それがしんどいって言ってる


遥香はもう何も返せなかった。


あの日と同じ言葉だった。


しんどい。


何年も応援してきた自分が。


誰より美咲を分かっているつもりだった自分が。


美咲にとって、しんどい。


長い沈黙のあと、遥香は最後に一つだけ送った。


> 本当に変わったね


美咲から返事はなかった。


一時間経っても。


その日の夜が終わっても。


翌朝、美咲は普通に投稿していた。


> おはよー


遥香は見た。


昔なら「おはよう」と返していた。


今は何も書かなかった。


箱からチェキを一枚取り出した。


あの頃の美咲は、笑っている。


遥香が何を言っても、「しんどい」とは言わなかった。


それは、美咲がまだ生きていたからなのか。


自分たちが近かったからなのか。


それとも、あの頃から美咲が言わなかっただけなのか。


遥香は最後の可能性だけ、考えないことにした。


チェキを箱へ戻す。


「やっぱり、変わったんだよ」


誰にも聞こえない声で言った。


そうでなければ。


昔の美咲まで、自分を拒んでいたことになってしまう。


遥香には、それだけは受け入れられなかった。


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