来ないで
あの日、私は死んだ。どうして、そのままでいさせてくれなかったの。
岡田修平が亡くなってから、美咲の返信欄には冗談では済ませにくい言葉が増えた。
最初のうちは、誰もが悪趣味な冗談だと思っていた。
> 美咲ちゃんに会えるなら死ぬのもアリかも
美咲は、
> なしです!!
と返した。
別の人が、
> そっち行ったら会ってくれる?
と書く。
> 会えるか分かんないし来ちゃダメ!
いつもの美咲にしては少し強かった。
それでも最後に「!」が付いているだけで、まだ普段のやり取りの延長に見えた。
返信欄でも、
> 怒られてる笑
> 美咲ちゃんに止められてて草
と笑う人がいた。
美咲自身も、それ以上は何も言わなかった。
だが、同じような投稿はなくならなかった。
修平が死んだことで、以前なら完全な冗談だった言葉が、冗談だけではなくなった。
> 修平さんみたいにしたら美咲ちゃんに覚えてもらえる?
その投稿には、美咲は返さなかった。
しばらくして削除された。
誰が消したのかは分からない。
投稿した本人かもしれないし、運営に報告されたのかもしれない。
翌日には、
> 俺も美咲ちゃんに会いたいな
という一文が流れてきた。
それだけなら、何もおかしくない。
生前から何千回も言われてきた言葉だった。
美咲自身だって、
「会いに来てね」
と言っていた。
けれど今は、その意味が一つではなくなっていた。
美咲はしばらく返信しなかった。
やがて、
> 会いたいって言ってくれるのは嬉しいけど
> 変な意味で言ってないよね?
と返した。
相手はすぐに、
> 大丈夫大丈夫笑
と答えた。
美咲。
> ならいい!
それで終わった。
美咲は以前より、そういう言葉を気にするようになった。
「死にたい」。
「会いに行きたい」。
「そっちへ行きたい」。
そのどれかが入っているだけで、今までなら流していた投稿にも目を止めた。
冗談っぽければ、
> ダメだよー
と返す。
少しでも本気に見えれば、
> ほんとにやめてね
と書く。
何も返さず、周囲が止めているのを見ていることもあった。
それでも投稿は続いた。
ニュースサイトでは、美咲の「死なないで」という返信まで記事になった。
《中川美咲、ファンへ異例の呼びかけ》
《「来ちゃダメ」死後アイドルが相次ぐ“後追い”発言に警告》
そんな見出しが出ると、また人が集まった。
応援する人もいれば、
> 美咲ちゃん自身が「そっち」にいるって認めてるようなもんじゃん
と言う人もいた。
美咲は何も答えなかった。
ある夜。
真帆は帰宅してから、美咲のXを開いた。
仕事中にも何度か通知は見ていた。
でも、ちゃんとは読んでいなかった。
美咲がいつものように何かを書いている。
その程度に思っていた。
返信欄を開いて、真帆の指が止まった。
> 修平さんが会えなかっただけで、俺なら会えるかもしれないよね
投稿されたのは十分ほど前だった。
誰かがすでに、
> やめろ
と返している。
別の人も、
> そういうの書くなよ
と続いている。
本人はその下で、
> 冗談だって笑
と書いていた。
美咲からの返信はなかった。
真帆は画面を閉じようとした。
その瞬間、新しい投稿の通知が来た。
美咲だった。
> 来ないで。
真帆は開いた。
続けて投稿される。
> 私に会うために死なないで。
> お願いだから。
数秒置いて、もう一つ。
> 私、そんなことしてほしくてここにいるんじゃない。
それまで流れていた返信が、一瞬止まったように見えた。
実際には止まっていない。
新しい投稿は次々付いている。
ただ、いつものようにふざけた返事をする人がほとんどいなかった。
> 分かった
> 大丈夫だよ
> 美咲ちゃんのせいじゃないよ
> みんなちゃんと生きよう
そんな言葉が増えていく。
美咲はそこにも返さなかった。
さらに一つ投稿した。
> 修平くんのことも
> 私に会うためだったのか本当は分かんない
真帆はその文章を読んだ。
その通りだった。
みんな勝手にそう決めている。
修平本人は、もう何も言えない。
> でももしそうだったなら
> そんなことしてほしくなかった
美咲の投稿はそこで止まった。
真帆はしばらくXを見ていた。
数分経っても、美咲は何も書かない。
いつもなら、重い話をしたあとに、
> なんか暗くなっちゃった!
くらい書いて、別の話へ逃げることもある。
その日はなかった。
真帆はメッセージを開いた。
> 美咲
送る。
返事は来なかった。
十分ほどして、
> なに
とだけ来た。
> 大丈夫?
真帆は送ってから、また同じ質問をしていると思った。
最近は何度も聞いている。
美咲から、
> 分かんない
と来た。
真帆はベッドへ腰を下ろした。
> ああいうの全部拾わなくていいからね
しばらくして、
> でも本気だったらどうすんの
と返ってきた。
真帆は手を止めた。
> 美咲が全部止められるわけじゃないでしょ
送る。
美咲からの返事はなかなか来なかった。
> 分かってる
さらに少しして、
> でも見たのに何も言わないの嫌だ
真帆はその文章を読み返した。
美咲らしいと思った。
昔から、誰かが困っていると放っておけないところがある。
真帆がファンに嫌なことを言われた時もそうだった。
本人が何とかすると言っても、美咲は勝手に怒った。
今は相手が多すぎる。
それだけだった。
真帆は、
> じゃあ言えばいいよ
と返した。
> でも全部背負わないで
美咲。
> はい
その返事が素直すぎて、真帆は少し嫌な気分になった。
翌朝。
美咲は投稿しなかった。
昼になっても何もない。
その間にも、
> 昨日の美咲ちゃん本気で怒ってたな
> あれ見てもまだ変なこと言うやついるの?
という話は続いていた。
一方で、
> 死ぬなって言われたい人増えそう
という投稿もあった。
真帆はそれを見て、すぐ閉じた。
夕方。
ようやく美咲から新しい投稿が出た。
> 今日ちゃんと生きてる?
その一文に、何百もの返信が付いた。
> 生きてるよ
> 仕事してる
> 学校終わった
> ご飯食べてる
> 今日もいる
美咲は一つ一つに返したりはしなかった。
ただ、かなり時間が経ってから、
> よかった
とだけ投稿した。
その日の夜、美咲への罵倒はまだ消えていなかった。
「人殺し」。
「依存させた」。
「責任を取れ」。
美咲は一つも否定しなかった。
代わりに、誰かが「そっちへ行く」と書くたび、以前よりずっと早く反応するようになった。
> やめて
> 来ないで
> 生きてて
同じような言葉を、何度も書いた。
美咲が何のためにここにいるのかは、美咲自身にも分からない。
でも。
誰かをこちらへ呼ぶためではない。
それだけは、もう迷わなかった。




