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人殺し

あの日、彼女は、彼は、私は、俺はー

「人殺し」という言葉が最初に誰から出たのかは、もう誰にも分からなかった。


岡田修平の死が報じられて数日後、美咲の名前で検索すれば、それまでとはまるで違う投稿が並ぶようになっていた。


美咲を心配する人もいる。修平の死を悼む人もいる。憶測をやめろと怒る人もいる。


その中に、いつの間にか、


> 人殺し


という三文字が混ざった。


最初は、あまり相手にされていなかった。


> さすがにそれは違うだろ


> 美咲ちゃん何もしてないじゃん


> 死んだ人に責任押し付けるなよ


反論の方が多かった。


けれど、修平と美咲の過去のやり取りが掘り返されるたび、少しずつ空気が変わった。


> 帰宅時間まで覚えてたんでしょ?


> 毎日のように話してたなら影響ゼロではないよね


> 「自分のことを覚えてくれる美少女アイドル」とずっと話せたら依存する人はいると思う


> 本人にそのつもりがなくても、ファンを依存させるようなことしてたのは事実じゃない?


それに反論が付く。


> じゃあ返信したら責任取らなきゃいけないの?


> 美咲だってただ普通に話してただけだろ


> 修平さん本人の問題まで背負わせるな


そこからまた別の誰かが言う。


> 普通に話してただけ、で済ませていい結果じゃなくない?


美咲が直接何かを命じた証拠はない。


死を勧めたこともない。


むしろ以前から、死ぬという冗談には「やめなさい」と返していた。


それでも修平は死んだ。


そして、美咲に会いたかったのではないかと疑われる言葉を残していた。


その事実だけは消えなかった。


ニュース番組でも、論調が少しずつ変わった。


最初は「関連は不明」と繰り返していた。


やがて、「オンライン上での著名人とファンの距離感」という特集が組まれた。


美咲の名前を直接出さない番組もあった。


それでも、誰の話をしているのかは誰にでも分かった。


専門家が、ファンとの交流が心理的な支えになる一方、受け手がその関係を過大に受け取る可能性について話す。


別の番組では、コメンテーターが言った。


「故人である中川さんに法的な責任があるという話ではもちろんありません。ただ、これだけ特殊な存在で、しかも非常に多くのファンと直接交流している以上、今後どういう距離感を取るべきかは考える必要があるのかもしれませんね」


その発言だけが切り抜かれた。


《専門家も警鐘 中川美咲の“ファンとの距離”》


見出しになると、また少し意味が変わった。


遥香も、その記事を読んでいた。


最初に「人殺し」という言葉を見た時は、さすがに言いすぎだと思った。


美咲が修平を殺したわけではない。


そこまで言うのは違う。


ただ、


**本人に悪気がなかったから責任がない、とは思わない。**


そんな投稿を見つけた時、遥香の指は止まった。


何度か読み返した。


それなら、分かる気がした。


遥香はいいねを押した。


少しして、その投稿には長い文章が追加された。


> 中川美咲さん本人が岡田さんの死を望んでいたとは思いません。

> でも、死後もファンと近い距離で交流し続け、一人一人の生活まで覚えて親密な関係を築いていたことが、岡田さんの気持ちに全く影響しなかったとも思えないです。


遥香は最後まで読んだ。


昔から考えていたことだった。


美咲は距離が近すぎる。


誰にでも返す。


相手がどれほど美咲を必要としているのか、分かっていない。


だから心配していた。


何度も言った。


休んだ方がいい。


あまり返さない方がいい。


変な人には近づかない方がいい。


そのたびに美咲は、


「自分で決めたい」


と言った。


遥香はスマートフォンを置いた。


数分後、また手に取った。


> ずっと心配してたことが起きてしまった気がする


自分のアカウントに書いた。


送信してから、しばらく眺めた。


間違ったことは書いていない。


誰かを責める言葉でもない。


少なくとも、遥香にはそう見えた。


すぐに反応が付いた。


> 遥香さん生前から知ってるもんね


> やっぱ昔からこんな感じだった?


その質問には答えなかった。


代わりに、別の投稿が目に入った。


> 昔の美咲ちゃんはこんなにファン一人一人に深入りしてなかったよね


遥香は迷った末に、


> 私も、昔とはちょっと違うと思う


と返信した。


それは、ずっと胸の中にあった言葉だった。


昔の美咲。


今の美咲。


以前は、その二つを分けることに抵抗があった。


今は、むしろ分けた方が納得できた。


美咲が死んだからなのか。


急に有名になったからなのか。


ずっとXにいるようになったからなのか。


理由は分からない。


でも、違う。


遥香にはそう見えた。


その夜、美咲は何も投稿していなかった。


代わりに、美咲について語る人だけが増え続けた。


> 死人が生きてる人間を連れてったようにしか見えない


> ファンを依存させておいて「会ってない」で終わり?


> ずっと返事して期待させた責任はあるでしょ


そしてまた、


> 美咲が殺したようなもんじゃん


という投稿が流れてきた。


遥香は、その言葉をしばらく見ていた。


さすがにきつい。


そう思った。


でも。


投稿を閉じかけて、やめた。


引用する。


> 言い方はきついけど、全部間違ってるとは思えない


送信した。


数分もしないうちに、通知が増え始めた。


賛同。


反論。


批判。


> 遥香さんまでそんなこと言うの?


> 昔からのファンだからこそ分かるんでしょ


> 美咲ちゃんのこと一番知ってる人が言ってるならやっぱ問題あったんじゃない?


「一番知ってる人」。


遥香はその言葉を否定しなかった。


別の人から、


> 美咲ちゃん本人に言えば?


と来た。


遥香は返事をしなかった。


言ったことはある。


何度も。


その結果、


「ちょっとしんどい」


と言われた。


美咲が聞かなかった。


だから、こうなった。


そこまで考えたところで、遥香は一度目を閉じた。


違う。


自分は「だから修平が死んだ」と言いたいわけではない。


ただ。


もう少し距離を取っていれば。


もう少し早く気づいていれば。


修平だけに限らず、誰かが美咲を必要としすぎていることに。


何か違ったかもしれない。


そう思っているだけだ。


遥香は自分の投稿を消さなかった。


翌朝。


美咲が久しぶりに投稿した。


> おはよー


いつもの「!」がなかった。


返信欄にはすぐに心配する言葉が並んだ。


> 大丈夫?


> 無理しないでね


> しばらく休んでもいいんだよ


その中にも、


> 修平さんのことちゃんと説明して


> 逃げないで


と書く人がいた。


美咲は一つも返さなかった。


昼頃、新しい投稿が出た。


> 私、修平くんに死んでほしいなんて一回も思ってないよ


短い文章だった。


続けて、


> 死んでって言ったこともないです


当然のことだった。


遥香も知っている。


そんなことを美咲が言うはずがない。


だからこそ、遥香はその投稿を見ても気持ちが変わらなかった。


問題は、そこではない。


美咲が悪意を持っていたかどうかではない。


そう思った。


返信欄では、


> 分かってるよ


> 美咲ちゃん悪くない


という言葉が増えている。


一方で、


> でも依存させたよね


> 結果として一人死んでる


> 悪気なければ何してもいいの?


と続く。


やがて、誰かがまた書いた。


> 人殺し


美咲はそれには返さなかった。


夕方になるころには、その言葉だけを何度も投稿するアカウントまで現れていた。


人殺し。


人殺し。


人殺し。


美咲の名前の隣に、その言葉が並ぶ。


生前なら、想像もしなかった組み合わせだった。


遥香は画面を見ていた。


気分がいいわけではなかった。


むしろ吐き気がするほど嫌だった。


それでも、そこから目を逸らさなかった。


わずかに、高揚している自分が見えた。


美咲が死んでから、誰に何を言われても「美咲は変わっていない」と思おうとしてきた。


今は違った。


昔の美咲なら。


その言葉が、頭の中に浮かんだ。


昔の美咲なら、こんなことにはならなかった。


そう思うことでしか、もう美咲を好きだった自分を守れなかった。


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