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あと68日

あの日、彼は死んだ。これは、彼が彼女に送った最期の”推し活”の呪いー

岡田修平の死が広まり始めた翌日、美咲の名前は朝からニュースサイトに並んでいた。


《“死後もXを更新するアイドル”中川美咲のファン死亡》


《「美咲に会いたい」投稿も 29歳男性死亡との関連は》


《死後も交流していたファンに何が》


見出しだけなら、まるで美咲と修平が特別な関係だったようにも読めた。


実際に二人の間にあったのは、X上の短いやり取りだけだった。仕事で怒られた。ゲームをクリアした。今日は早く帰れた。そんな話を美咲が拾い、時々覚えていた。


それでも、過去の返信がまとめられると違って見えた。


《中川美咲、死亡男性の帰宅時間を把握か》


そんな見出しまで出た。


「把握」という言葉に変わるだけで、意味がまるで違った。


> 今日早いじゃん!


ただそれだけの返信が、記事の中では何度も引用された。


修平が何時頃帰宅することが多かったのか、美咲が覚えていた証拠として。


「親密な交流」。


「継続的な関係」。


「精神的な支え」。


いろいろな言葉が付けられた。


どれも完全な嘘ではなかった。


だから余計に面倒だった。


美咲は朝からほとんど投稿していなかった。


前日の、


> 修平くんの話は聞きました

> ごめんなさい、ちょっとまだよく分かってないです


それが最後だった。


普段なら朝には何か書く。


「おはよー」でも、「眠い」でも、「今日何曜日」でもいい。


その日は何もなかった。


昼を過ぎた頃、美咲の返信欄には同じ質問が何百件も並んでいた。


> 修平くんに会った?


> そっちにいるの?


> 死んだ人同士なら会える?


> 修平くん来てないの?


> 美咲ちゃん、答えて


中には、


> 会えてるなら安心したい


というものもあった。


美咲は答えなかった。


夕方。


ようやく新しい投稿があった。


> 会ってないよ


短かった。


それだけで、一気に広がった。


「中川美咲、岡田修平さんとの“死後の再会”を否定」。


数十分もしないうちに、その言葉が記事になった。


返信欄では安堵する人もいた。


> そっか


> やっぱり美咲ちゃんだけなんだ


> 修平くんどこ行ったんだろ


でも、それで終わらなかった。


> 本当に?


最初の一つは、それだけだった。


続いて、


> 会ってても言えないよね


> もし「会った」って言ったら真似する人出るもんね


> 次の自殺防ぐために嘘ついてる可能性ない?


> 証明できる?


美咲はしばらく返さなかった。


やがて、


> 本当に会ってない


とだけ書いた。


それでも止まらない。


> じゃあどこにいるの?


> 美咲ちゃんはどこにいるの?


> なんで美咲ちゃんだけXできるの?


> 修平くんもそのうち戻ってくる?


今まで何度も聞かれてきた質問だった。


美咲自身、答えを持っていない。


> 私も分からない


そう返した。


その文章まで記事になった。


七十二日。


誰かがその数字を持ち出した。


美咲が死んでから最初にXを更新するまでの日数だった。


> 修平さんも72日後なんじゃない?


> まだ分からなくない?


> それまでは待とうよ


妙な期待が生まれた。


修平のアカウントをフォローする人が増えた。


死亡前より、ずっと多く。


「72日目」がいつになるのか計算した画像まで作られた。


カウントダウンを始めるアカウントもあった。


それを見て、美咲が投稿した。


> 修平くんのことで遊ばないで


普段の美咲なら、「やめなー!」くらいの言い方をしたかもしれない。


今回は笑がなかった。


その投稿にも、


> 遊んでないです


> 本当に戻るかもしれないじゃん


> 美咲ちゃんだって戻ったでしょ


と返ってきた。


美咲はもう何も言わなかった。


真帆がその一連を見たのは、仕事から帰ったあとだった。


記事をいくつか開き、途中で読むのをやめた。


「親密な交流」。


「依存」。


「死後の再会」。


知らない人間が、美咲と修平の関係に次々名前を付けている。


真帆は美咲にメッセージを送った。


> 大丈夫?


返事は少しして来た。


> わかんない


珍しい答えだった。


「大丈夫」とも、「平気」とも言わない。


真帆は少し考えてから、


> 会ってないんだよね


と送った。


> 会ってない


> 本当に?


送った瞬間、真帆は自分でも嫌な質問だと思った。


数秒後。


> 真帆まで言う?


> ごめん


> 会ってないよ


真帆は画面を見た。


> じゃあ会ってないんでしょ


美咲から返事はなかった。


しばらくして、別の文章が来た。


> でも修平くんどこ行ったんだろ


真帆は答えられなかった。


美咲がいる場所も分からない。


修平がいる場所も分からない。


そもそも二人に、「いる場所」というものがあるのかすら分からない。


それでも、美咲は話せる。


修平は話せない。


その差だけが、はっきりしていた。


翌朝。


ニュース番組でも修平の死が取り上げられた。


画面には、生前の美咲の写真と、修平のXのプロフィール画像が並んだ。


司会者が慎重な口調で話す。


「現時点で、男性の死亡と中川さんとの交流に直接の因果関係があるかどうかは確認されていません」


専門家がSNS上の強い結びつきについて説明する。


別の出演者が、


「ただ、亡くなった方が中川さんに会いたいという趣旨の投稿をしていたという情報もあります」


と続けた。


事実と推測の境目は、一応守られていた。


それでも画面に二人の名前が並んでいるだけで、もう一つの物語が出来上がっているように見えた。


その日の午後、美咲が久しぶりに普通の投稿をした。


> 今日ご飯何食べた?


すぐに返信が付いた。


> ラーメン!


> パスタ!


> カレー!


いつもの返信欄に戻るかと思われた。


その中に、


> 修平くんは何食べてるんだろうね


と書いた人がいた。


美咲は返さなかった。


別の人が、


> そっちで会ったら教えてね


と書いた。


美咲はそれにも返さなかった。


やがて普通の投稿そのものを消した。


その日の美咲は、それ以上何も書かなかった。


修平のアカウントには、まだ新しい投稿はない。


誰かが、


> あと68日


と書いていた。


美咲の返信欄には、


> 本当に会ってないの?


という質問が、まだ残っていた。


美咲はもう答えなかった。


答えは最初から同じだった。


会ってない。


けれど、その言葉を証明できる人は、この世界のどこにもいなかった。


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