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岡田 修平さん(29)

あの日、彼女は死んだ。そして俺はー

その日も、修平は会社へ行った。


いつも通りの時間に起き、シャワーを浴び、コンビニでコーヒーを買った。


電車は少し混んでいた。


会社に着く。


パソコンを立ち上げる。


メールが何件か溜まっていた。


午前中は打ち合わせが一つ。


昼は同僚と定食屋へ行った。


「今日魚なんですね」


向かいの後輩が言った。


「何でもいいだろ」


「いつも肉じゃないですか」


「毎日見てんの?」


「岡田さんこそ美咲ちゃんに帰宅時間見られてるじゃないですか」


修平は箸を止めた。


「なんで知ってんの」


「前スマホ見えてましたよ」


「最悪」


後輩が笑う。


「推し活いいじゃないですか」


「別に推し活ってほどじゃない」


「それ一番信用できないやつです」


修平は何も言わなかった。


そのまま味噌汁を飲んだ。


午後も普通だった。


仕事で大きな問題はなかった。


部長が会議室を間違えた。


新人が資料を逆向きに印刷していた。


修平はそのたびに軽く笑った。


何かあれば美咲に話せそうだと思った。


それも、もう自然なことだった。


夕方。


仕事を終える。


同僚の一人が、


「飲んで帰ります?」


と聞いた。


修平は少し迷った。


「今日はいいや」


「了解です」


それだけ。


誰も引き止めなかった。


修平もそのまま会社を出た。


駅へ向かう途中、美咲のXを開く。


昼に投稿が一つあった。


> 今日みんな何してるー?


修平は、


> 仕事終わった


と返した。


しばらく歩く。


電車に乗る。


乗り換える。


通知は来なかった。


最寄り駅に着いた。


コンビニへ寄った。


夕飯を買う。


家へ帰る。


> 帰宅


送る。


いつもの文字だった。


美咲からの返事はなかった。


修平はスーツを脱いだ。


弁当を温めた。


テレビをつけた。


ゲーム機も起動した。


何も変わらない。


夜十時を過ぎた頃。


美咲からいいねが付いた。


修平はそれを確認した。


画面には、


> 帰宅


という自分の返信。


その横に、美咲のいいね。


それだけだった。


修平はしばらくXを見ていた。


少しして、美咲が新しく投稿した。


> 今日静かだったねー


返信欄にはすぐに人が集まった。


> いるよ!


> 今来た!


> 今日仕事だった!


美咲も返している。


修平はその流れを見た。


自分も何か送ろうとした。


指が止まった。


特に話すことがなかった。


昼の部長のことでもいい。


新人の印刷ミスでもいい。


いつもなら、それで十分だった。


でも、その日は書かなかった。


スマートフォンを置く。


少しして、また手に取る。


美咲のプロフィールを開く。


固定された投稿。


過去のやり取り。


今日の返信。


修平は、自分の名前を検索した。


美咲とのやり取りがいくつも出てくる。


仕事で怒られた日。


ゲームをクリアした日。


帰宅が早かった日。


飲みに行った日。


全部、短い。


何でもない会話。


それでも、全部残っている。


修平は一つずつ見た。


自分のことを知っている美咲。


名前を知っている。


仕事のことを知っている。


何時頃帰るかも何となく知っている。


でも、顔は知らない。


会ったこともない。


修平はスマートフォンを閉じた。


部屋は静かだった。


静かなのは、昔から同じだった。


でも今は、その静けさの意味が少し違った。


美咲に会いたい。


数日前から、その言葉が何度も浮かぶ。


今までは考えないようにしていた。


その日は、考えないことができなかった。


美咲は死んでいる。


自分は生きている。


だから会えない。


その事実だけが、どうしても変わらない。


修平はベッドへ横になった。


天井を見る。


会いたい。


一度でいい。


直接、話してみたい。


自分の顔を見てほしい。


名前だけではなく。


文字だけではなく。


そこまで考えて、修平は目を閉じた。


その夜、修平のXはそれ以上更新されなかった。


翌朝も。


昼になっても。


夜になっても。


美咲は普通に投稿していた。


> おはよー!


> 今日暑い!


> 昼何食べたー?


いつも通りだった。


修平のアカウントだけが静かだった。


三日後。


修平の会社では、朝から妙な空気が流れていた。


修平の席には誰も座っていない。


パソコンもついていない。


部長が何度か席を外した。


人事の人間が来た。


昼前。


短い説明があった。


岡田修平が亡くなった。


理由については、詳しく話されなかった。


後輩は何も言わなかった。


部長も笑わなかった。


昼休みになっても、誰も定食屋へ行こうと言い出さなかった。


修平の机には、数日前まで使っていたペンが残っていた。


引き出しの中には、開封していないのど飴。


デスクトップには、途中まで作った資料。


誰かが消すまで、全部そのままだった。


その日の夕方。


修平のXには、少しずつ書き込みが増え始めた。


> 修平さん、どうしたの?


> 最近見ないけど大丈夫?


> 仕事忙しい?


誰もまだ知らない。


修平本人からは何も返らない。


翌日。


訃報を知った誰かが投稿した。


> 岡田修平さん、亡くなったそうです。


そこから、一気に広がった。


美咲のファンだったこと。


何度も返信をもらっていたこと。


最近まで普通にやり取りしていたこと。


過去の投稿が掘り返される。


> 美咲に会いたい


という直接的な言葉はなかった。


でも、


> 生きてる限り会えないんだよな


> 美咲のいる方ってどんなとこなんだろ


そんな言葉が、いくつか見つかった。


誰かが、


> これって……


と書いた。


別の誰かが、


> まさか美咲ちゃんに会うため?


と続けた。


噂はすぐに形を持った。


岡田修平は、中川美咲に会うために死んだ。


誰も本人に確認できない。


でも、そう読むには十分な言葉が残っていた。


美咲のアカウントにも、修平の名前が押し寄せた。


> 修平くん亡くなったって


> 美咲ちゃん知ってる?


> これ本当?


> 修平くんに会った?


しばらく、美咲は何も返さなかった。


その間にも返信は増えた。


> ねえ美咲ちゃん


> 修平くんそっちにいる?


> 会えた?


さらに時間が経った。


美咲が投稿した。


> 修平くんの話は聞きました


続けて、


> ごめんなさい、ちょっとまだよく分かってないです


それだけだった。


修平のアカウントは更新されない。


一時間。


一日。


三日。


一週間。


何も起きなかった。


美咲の時のように、七十二日後に何かが起きるのかもしれない。


そう言う人もいた。


修平は戻ってこなかった。


美咲は今日もXにいる。


岡田修平は、どこにもいなかった。


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