死んだアイドルと僕たちの推し活事情~中川美咲の場合~
あの日、私は死んだ。これは、私からみんなに送る最後の"感謝"の物語ー
今日は、静かだった。
美咲がそう思ったのは昼を過ぎた頃だった。
朝の投稿には、いつも通りたくさんの返信が付いた。
> おはよー!
それだけの投稿に、「おはよう」「仕事行ってきます」「学校だるい」「今日休み」といろんな言葉が返ってくる。美咲も何人かに返した。昨日テストだと言っていた子には結果を聞き、風邪を引いていた人には体調を聞いた。
しばらくすると、返信は止まった。
みんな仕事か学校なのだろう。
美咲はXを閉じた。
それから、少ししてまた開いた。
新しい通知が三件あった。
全部いいねだった。
美咲はタイムラインを眺めた。知らない人の昼飯、ニュース、猫の動画。昔のライブ映像を切り抜いた投稿も流れてきた。
自分が踊っていた。
美咲はその動画を最後まで見た。
よく動いている。
自分で見ても、元気だと思う。
映像の中の自分がターンして、黄色いスカートが広がる。曲が終わると息を切らしながら笑っていた。
美咲は、
> 若い笑
と書きかけて、やめた。
その動画の投稿者とは話したことがなかった。
タイムラインへ戻る。
また少し眺める。
特にやることがなくなった。
美咲は、
> 今日静かじゃない?
と投稿した。
思ったより早く返信が付いた。
> 平日だよ!
> 仕事中です!
> 授業中に見てます
> 授業聞け笑
美咲は最後の一つに返した。
> 先生に怒られても知らないからねー!
別の人が、
> 美咲ちゃんが暇なの?
と書く。
> そうとも言う!
十人ほどに返したところで、また返信欄を閉じた。
しばらくして開く。
増えている。
また返す。
閉じる。
もう一度開く。
美咲はそこで、自分でも何度目なのか分からなくなった。
昔は、暇なら寝た。
動画を見た。
コンビニへ行った。
メンバーに連絡した。
何となく風呂へ入って、いつまでも髪を乾かさずに真帆に怒られたこともあった。
今は、そういう暇の潰し方がない。
だからXを見る。
それだけのことだった。
夕方になると人が増えた。
> 仕事終わったー!
という投稿がいくつも流れてくる。
美咲は何となく、その中の一つにいいねを押した。
名前に見覚えがあった。
以前よく話していた人だった。
プロフィールを開く。
最近は、美咲への返信がほとんどない。
最後に話したのは三週間くらい前だった。
美咲は少し考えて、その人の最新投稿に返信した。
> 最近見ないねー
十分ほどして、
> 覚えてたの!?
と返ってきた。
美咲は、
> 覚えてるよ笑
と送った。
> 仕事忙しくて全然見れてなかった
> そっかー!おつかれ!
> また来るね
> 来て来てー!
そこで会話は終わった。
美咲はプロフィールから戻った。
少し気分がよかった。
別に、戻ってきてくれなくても困るわけではない。
仕事が忙しいなら仕方ない。
ずっと自分を見ていてほしいとも思わない。
前にも、ファンをやめると言った人を普通に送り出した。
その人が嫌いになったわけでもない。
ただ、見覚えのある名前がまた出てくると嬉しかった。
タイムラインを下へ送る。
今度は、最近よく見る名前があった。
昨日初めて返信した人だった。
今日も美咲の投稿に、
> 仕事終わった
と書いている。
美咲は、
> 今日もいるじゃん!
と返した。
> 覚えられてる!?
> そりゃ昨日いたし笑
相手が喜んでいる。
美咲も、その反応を見て笑った。
昔からいる人。
昨日来た人。
そういう区別を、美咲はあまり考えなかった。
話したことがあれば覚えているし、面白ければ返す。
ただ最近は、人の名前と話した内容が以前より頭に残るようになっていた。
何をしている人だったか。
明日何があると言っていたか。
どんなゲームをしていたか。
何を食べたと言っていたか。
覚えようとしているわけではない。
毎日見ているから、残るだけだった。
夜八時。
返信欄はかなり賑やかになっていた。
美咲はしばらくやり取りを続けたあと、ふと真帆のアカウントを開いた。
今日はライブだったはずだ。
投稿が一件ある。
> 今日ありがとー
短い。
美咲はメッセージを送った。
> 今日どうだった?
少しして、
> 普通
と返ってきた。
美咲は笑った。
また普通。
> 楽しかった?
> 楽しかった
> ならいいじゃん
> うん
それで終わった。
美咲はXへ戻った。
返信欄にはまだ人がいる。
しばらく返した。
十一時を過ぎた頃、反応が少なくなった。
一人ずつ寝ていく。
> おやすみ
という言葉が増える。
美咲も、
> おやすみー!
と返した。
十二時。
新しい返信がほとんど来なくなった。
美咲はタイムラインを更新した。
何もない。
もう一度。
新しい投稿が二つ。
どちらも知らない人だった。
美咲は時計を見た。
寝る必要はなかった。
少なくとも、昔のようには。
明日の朝が早いわけでもない。
身体が疲れるわけでもない。
目を閉じなければ眠くて仕方がない、ということもない。
美咲はしばらく何も投稿しなかった。
タイムラインを眺めていた。
少しして、検索欄を開いた。
「中川美咲」
自分の名前を入れる。
今日のライブについて書いている人。
昔の写真を載せている人。
美咲の返信をスクリーンショットして喜んでいる人。
一つずつ見ていく。
知らないところで、自分の話をしている人がたくさんいる。
美咲はその中の一つにいいねを押した。
相手がすぐに、
> え!?本人!?
と投稿した。
美咲は返さなかった。
でも、その投稿をしばらく見ていた。
十二時半。
美咲は新しく投稿した。
> まだ起きてる人ー?
すぐに返信が付いた。
> 起きてる!
> 明日仕事だけどいる!
> 寝なきゃなのに笑
美咲は、
> 寝なさい笑
と返した。
また一つ。
> 美咲ちゃんこそ寝ないの?
美咲は文字を打った。
> 私はいいの!
送信する。
すぐに、
> ずるい!
と返ってきた。
美咲は笑った。
そこからまた、いくつか話した。
誰かがゲームをしている。
誰かが夜食を食べている。
誰かが明日の仕事を嫌がっている。
何でもよかった。
一時を過ぎると、さすがに人は減った。
美咲は最後の返信を送った。
> じゃあみんな寝なー!
> おやすみ!
自分もXを閉じた。
静かになった。
少しして。
美咲はまたXを開いた。
通知はなかった。
タイムラインにも、新しいものはほとんどない。
美咲は何となく、自分の過去の投稿を見た。
一週間前。
一か月前。
どの日にも誰かがいる。
直人。
悠斗。
見覚えのある古参。
最近よく話す人。
知らない名前。
少し前まで毎日のようにいたのに、最近見ない名前もあった。
美咲はその人のプロフィールを開いた。
普通に生活していた。
仕事。
食事。
どこかへ出かけた写真。
美咲のことを書かなくなっただけだった。
「そっか」
声にはならなかった。
美咲はプロフィールを閉じた。
またタイムラインへ戻る。
誰か新しく起きてこないかな、と思った。
その考えを、美咲は特におかしいとは思わなかった。
暇だったから。
話すのが好きだから。
それだけだった。
しばらくすると、新しい通知が一件ついた。
> まだ起きてる?
美咲はすぐに開いた。
知らない名前だった。
> 起きてるよー!
送信した。




