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アイドルにしてはいけないこと

あの日、彼女は死んだ。だけど、もしかしたらー

修平がその返信を見つけたのは、昼休みだった。


いつものように会社近くの定食屋で昼飯を済ませ、残った時間でXを眺めていた。


美咲が朝に投稿した、


> 今日も一日がんばろー!


という何でもない言葉に、かなりの数の返信が付いている。


修平は自分では何も送らず、何となく下へ流していた。


その中に、一つだけ妙なものがあった。


> 死んだら美咲ちゃんみたいにXできるのかな


冗談なのか、本気なのか分からない。


アイコンも名前も知らないアカウントだった。


修平は指を止めた。


少し下に、美咲からの返信が付いていた。


> 分かんないよー

> 私が特殊なのかもしれないし!


軽い返事だった。


書いた本人も、


> じゃあやっぱ死ぬのはやめとく笑


と返している。


美咲。


> やめときなさい!!


そこで会話は終わっていた。


修平は画面を閉じた。


「そりゃそうだろ」


小さく呟く。


死んだからといって、美咲と同じようになる保証なんてどこにもない。


そもそも、なぜ美咲だけXを使えているのかすら誰も知らない。


死後の世界なのか。


それとも、死後ですらない何かなのか。


美咲本人も分からないと言っている。


考えるだけ無駄だった。


午後の仕事が始まった。


修平はいつも通り働いた。


資料を確認し、電話を取り、後輩から質問を受ける。


さっきの返信を思い出すことはなかった。


その日の帰り。


電車の中で美咲のXを開いた。


新しい投稿がある。


> 今日カレーの人いる?


何の脈絡もない。


修平は鼻で笑った。


> カレーじゃない


数分後。


> じゃあ何


> 唐揚げ


> 迫力満点だ


何が迫力満点なのか分からない。


修平は、


> カレーに負ける気はしない


と返した。


返事は来なかった。


代わりに、少ししていいねが付いた。


修平はそれを確認してからXを閉じた。


家に着く。


着替える。


夕飯を食べる。


ゲームを起動する。


いつも通りの夜だった。


一時間ほど遊んだところで、ふと思った。


美咲は、今どこにいるんだろう。


今まで何度も考えたことはある。


誰だって考える。


でも、その日は昼に見た返信のせいか、少しだけ長く残った。


死んでいる。


これは確定している。


身体はない。


会えない。


声も聞けない。


なのに、Xでは普通に話している。


修平はゲームを続けた。


考えても答えは出ない。


翌週。


仕事が少し暇な日があった。


定時より早く片づき、同僚三人で飲みに行くことになった。


修平も誘われたのでついていった。


誰かが最近付き合い始めた相手の話をして、別の一人が元恋人の愚痴を言う。


その流れで、修平にも話が振られた。


「岡田って今彼女いないんだっけ?」


「いない」


「作らないの?」


「別に」


「好きな人も?」


修平はビールを飲んだ。


「いないと思う」


「思うって何だよ」


「いないよ」


笑われた。


修平もその場では普通に笑った。


帰りの電車で、その会話を思い出した。


好きな人。


いない。


少なくとも、そう答えるのが自然だった。


修平には長い間恋人がいなかった。


特に困ってもいない。


恋愛そのものに興味がないわけではないが、積極的に相手を探したこともない。


美咲を最初に見た時だって、かわいいとは思った。


ただ、それだけだった。


スマートフォンを開く。


美咲が少し前に、


> 飲んでる人ー?


と投稿していた。


修平は、


> 飲んでた


と返した。


少しして、


> 珍しい!


と来た。


修平は眉を上げた。


> なんで知ってんの


> あんまり飲みの話しないじゃん


修平は返事を打つ手を止めた。


確かにそうだった。


飲みに行くこと自体が少ないし、行っても美咲にはあまり書かない。


その程度のことまで覚えているらしい。


> 覚えすぎ


と送る。


美咲。


> えらいでしょ


> 暇なんだろ


しばらくして、


> そうともいう


と返ってきた。


修平は笑った。


駅に着く。


電車を降りる。


改札を抜けて、いつもの道を歩いた。


好きな人。


さっきの言葉が、また浮かんだ。


修平は考えないことにした。


美咲はアイドルだ。


自分はファンだ。


しかも会ったことすらない。


それで十分だった。


数日後。


メメント・キミの公式アカウントが、昔のライブ写真を投稿していた。

黄色い衣装で、ステージ上から片手を上げる美咲。


その投稿に、美咲本人が、


> この頃ほんと体力あったなー笑


と返信していた。


修平が知る前の美咲だった。


返信欄には生前からのファンが思い出を書いている。


「あのライブ行った」


「この衣装好きだった」


「この時のMC覚えてる」


修平には何一つ分からなかった。


当然だった。


美咲が生きていた時、自分は彼女を知らなかった。


その事実が、今さら妙に惜しかった。


もっと早く知っていれば、ライブへ行っただろうか。


実際に会えば、どんな話をしただろう。


チェキだって撮ったかもしれない。


美咲は修平の顔を知らない。


今さら、その当たり前のことに気づいた。


Xでは名前を知っている。


仕事で怒られたことも、ゲームを終えたことも、帰宅が普段より早かったことも知っている。


でも、顔は知らない。


修平は美咲の写真を見た。


自分はこの人の顔を知っている。


美咲は知らない。


それが少し不公平に思えた。


その夜、美咲から返信が来た。


以前送った、


> 最近残業多い


という言葉に対してだった。


> 今日は早く帰れた?


修平は通知を開いた。


> 今日は早い


> よかった!


たった二往復。


それで終わった。


修平はしばらく、その通知を消さなかった。


自分の顔も知らない人が、自分の帰宅時間を気にしている。


そのことをどう考えればいいのか、よく分からなかった。


嬉しい。


それだけは分かった。


数日経っても、昼休みに見た「死んだら」という言葉は、完全には消えなかった。


美咲は死んでいる。


なのに、話せる。


修平にとって、美咲の死はこれまで「会えない理由」だった。


生前に知れなかったから、もう会えない。


それだけの話だった。


けれど、あの日の返信を見てから、ほんの一瞬だけ別の考え方が頭をよぎることがあった。


死んだ人間が、どこかへ完全に消えるとは限らない。


美咲が、その証拠のように今日も投稿している。


修平はその先までは考えなかった。


考える必要もなかった。


夜、美咲が投稿した。


> 今日もみんなおつかれー!


修平は、


> おつかれ


と返した。


美咲からいいねが付いた。


それを見てから、修平はスマートフォンを置いた。


会えないことだけが、少し惜しかった。


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