最近見ないね
あの日、彼女は死んだ。これは、僕が彼女に送る最後の”推し活”の物語ー
直人は、美咲の投稿を毎日すべて見ることがなくなっていた。
朝に開く日もあれば、昼休みにまとめて見る日もある。仕事が忙しければ夜まで開かないこともあった。
以前なら、その間に何件投稿されたか気になって仕方がなかった。
今は違う。
見れば美咲がいる。
見なければ、自分の一日が進む。
その二つが少しずつ両立するようになっていた。
特別ライブのあとも、直人は毎日のように現場へ戻ったわけではなかった。
五人のライブへもう一度行くこともあったし、行かない週もあった。
休日に一日中家にいることもあれば、健太と飯を食べることもある。
以前より何か特別なことを始めたわけではない。
ただ、美咲以外の予定が入るたびに、それを「美咲を見る時間を奪うもの」とは思わなくなった。
ある日の夜。
仕事が長引いて、帰宅したのは十時を過ぎていた。
夕飯を食べながらXを開く。
美咲は昼から何度も投稿していた。
そのうち一つに返信しようとして、やめた。
別に話すことがなかった。
いいねだけ押す。
そのまま流していくと、知らないファンとのやり取りが目に入った。
> 最近仕事忙しい
> 前も忙しいって言ってなかった?
> 大丈夫?
直人は少しだけ手を止めた。
美咲は、前に話した内容をよく覚える。
昔からそうだった。
だから今さら驚くことではない。
そのまま画面を閉じた。
数日後。
直人が昼休みにXを開くと、美咲から返信が来ていた。
前日の投稿へのものだった。
> 直人最近見ないね
直人は一瞬、意味が分からなかった。
最近見ない。
確かに、前より返信は減っている。
いいねだけの日も増えた。
でも、完全に離れたわけではない。
> いるよ
そう返した。
美咲からはすぐに返事が来なかった。
昼休みが終わったので、直人もそのまま仕事へ戻った。
夕方。
スマートフォンを見ると通知が来ていた。
> ならよかったー!
直人はそれを読んだ。
昔なら、かなり嬉しかったと思う。
美咲が自分のことを覚えていて、しかも最近見ないと気づいた。
それだけで何日か機嫌よく過ごせたかもしれない。
今も嬉しくないわけではなかった。
ただ、それ以上の意味は持たせなかった。
> 仕事とかで普通に忙しかった
と返す。
美咲。
> そっか!
> ちゃんと生活しててえらい!
直人は笑った。
> なんだそれ
返事は来なかった。
それで終わった。
帰宅途中、直人はコンビニへ寄った。
飲み物を選び、レジへ並ぶ。
前にいた高校生が財布を忘れたらしく、慌てて商品を戻していた。
店員が「大丈夫ですよ」と笑っている。
直人も少しだけ口元を緩めた。
外へ出る。
風が強かった。
スマートフォンはポケットに入れたままだった。
その夜、美咲はいつもより長く返信していた。
直人が気づいたのは翌朝だった。
> 今日みんないるー?
> 暇な人話そー!
> まだ起きてる人!
夜遅くまで投稿が続いている。
返信欄もいつもより賑やかだった。
美咲は昔からファンと話すのが好きだった。
それ自体は変わっていない。
でも、最近は「誰かいる?」と聞くことが増えた気がする。
直人は何となく、美咲の過去の投稿を少し遡った。
数日前。
一週間前。
さらにその前。
同じような投稿がいくつかある。
以前から全くなかったわけではない。
ただ、最近は少し多い。
直人はそこで遡るのをやめた。
理由を考えても仕方がない。
昼休み。
また美咲が投稿していた。
> 今日静かじゃない?
返信欄には、
> 平日だからじゃない?
> 仕事中!
> 学校!
と並んでいる。
美咲は、
> そっかー!
と返していた。
夕方には、
> みんな帰った?
という投稿が増えた。
直人はそれを見た。
返信はしなかった。
自分がいなくても、誰かが返す。
それは以前から分かっていたことだった。
数日後。
古参ファンの一人が、しばらくXを休むと書いた。
仕事が忙しいらしい。
美咲はそこへ、
> また暇になったら来てねー!
と返していた。
別の、昔からいるファンの名前も最近見なくなっていた。
直人はそのことに初めて気づいた。
自分だけではなかった。
少しずつ離れる人がいる。
嫌いになったわけではない。
何か問題があったわけでもない。
生活が変わる。
仕事が増える。
恋人ができる。
別の趣味を見つける。
それだけで、人は前ほど来なくなる。
美咲は、その一人一人をどこまで見ているのだろう。
その日の夜。
直人の投稿に、美咲から返信が来た。
美咲について書いたものではなかった。
仕事帰りに見た猫の写真だった。
> この猫かわいい
直人は少し驚いた。
> そこに反応するんだ
> 猫だから!
直人はそれ以上返さなかった。
数時間後。
寝る前にXを開く。
美咲はまだ返信していた。
> 今日いっぱい人いるねー!
楽しそうだった。
直人はその投稿を見て、画面を閉じた。
翌日。
朝から会議が続いた。
昼休みも短かった。
美咲のXは開かなかった。
夕方、仕事が終わってからスマートフォンを見る。
通知が一件。
> 直人今日いないじゃん
直人はその文章を見た。
昨日までなら、少し重く受け取ったかもしれない。
今は違った。
> 仕事
とだけ返した。
しばらくして、
> おつかれー!
と来た。
直人はそれにいいねを押した。
電車が来る。
乗る。
座れたので、窓の外を見た。
美咲は、自分が来なくなったことに気づく。
それは少し嬉しかった。
でも、だから毎日行かなければならないわけではない。
直人はその日の夜、美咲のXを開かなかった。
翌朝。
美咲は変わらず投稿していた。
> おはよー!
その下には、もう何十件も返信が付いていた。
直人はいいねだけ押して、会社へ向かった。




