生前からそうだった。なんて死んでから変わることがあるみたいに。
あの日、あの子は死んだ。私たちは、いつまで彼女に縛られるのだろう。
真帆が美咲からの通知で目を覚ましたのは、午前一時を少し過ぎた頃だった。
枕元のスマートフォンが短く震えた。翌日は午後から仕事だったので、真帆はまだ眠っていなかった。動画を見ながらだらだらしていただけだったが、美咲にはそんなことは分からない。
> 起きてる?
真帆は時刻を確認した。
> 起きてるけど
少しして返事が来た。
> ひま
> 寝れば
> 寝れない
真帆はベッドの上で寝返りを打った。
> じゃあ動画でも見れば
> 何見ればいい
> 知らないよ
美咲から、泣いている顔のスタンプ代わりに「泣」とだけ返ってきた。
真帆はそこでスマートフォンを置いた。会話は終わったものだと思った。
五分ほどすると、また震えた。
> 今日何してた?
真帆は画面を開いた。
> レッスン
> それは知ってる
> じゃあ聞くな
> レッスン以外
そこまで聞くことあるか、と真帆は思った。
> コンビニ寄った
> 何買ったの
> アイス
> 何味
真帆は眉を寄せた。
> 美咲今日どうしたの
しばらく返事がなかった。
> 別に?
> 質問多い
> 暇なんだって
> だから寝ろって
美咲から今度は、
> はーい
と来た。
それきり通知は止まった。
真帆も動画へ戻った。
翌朝、美咲のXを見ると、午前二時近くまで返信をしていた形跡があった。
誰かの夜食に反応し、眠れないという人に「私もー」と返し、ゲームの話を聞いている。真帆とのやり取りが終わったあとも、しばらく起きていたらしい。
別に珍しいことではない。
美咲は昔から夜更かしすることがあったし、ファンとの会話も好きだった。
ただ、最近はこういう日が少し増えていた。
数日後、ライブが終わって楽屋へ戻ると、美咲からメッセージが来ていた。
> 今日どうだった?
真帆は汗を拭きながら返した。
> 普通
> 見てたけど普通よりよかったよ
> 見てたの
> 途中から
真帆はタオルを首にかけたまま、次の返信を待った。
> あの曲久しぶりだったね
> うん
> 最後ちょっと声やばかった?
真帆は思わず顔をしかめた。
> 聞こえてた?
> 聞こえてた笑
> 最悪
> でもよかったよ
それで会話は終わった。
昔なら、こういう感想が来るのは特に不思議ではなかった。美咲はメンバーだったし、今でも真帆たちの活動をよく見ている。
ただ、最近は感想が来る回数そのものが増えていた。
ライブ。
配信。
新しい衣装。
真帆がXに上げた昼飯。
わざわざ話題にするほどではないものまで、美咲が拾うことがある。
別の日、真帆が夕方に、
> 今日眠すぎ
と投稿した。
美咲から数分後、
> 昨日何時に寝たの
と来た。
> 2時
> 遅い!
> あんたも起きてたじゃん
> 私はいいの
> なんで
返事は来なかった。
代わりに、美咲はその少し後からリプ返を始めていた。
真帆は仕事へ向かう電車の中で、何となく返信欄を眺めた。
以前からいるファンの名前もあれば、最近よく見るようになった名前もある。美咲は前に話した内容を覚えていることが増えていた。
> 今日面接だった!
という返信に、
> この前言ってたやつ!どうだった?
別の人には、
> 風邪治った?
と自分から聞いている。
誰かが数日前に書いたことを覚えているだけなら、美咲には昔からよくあった。
けれど最近は、その人数が多かった。
真帆は一度Xを閉じた。
駅に着く。
仕事をして、帰る。
その夜、美咲からまたメッセージが来た。
> ひま?
> 風呂
> じゃあいいや
返事が速かった。
真帆は風呂から上がったあと、
> 何だったの
と送った。
> もう暇じゃない
> 何してんの
> リプ返
真帆はXを開いた。
本当に返信していた。
十数分前から、かなりの数に返している。
> 最近よくやるね
真帆が送ると、
> 楽しいから
と返ってきた。
真帆はその言葉を見たあと、
> ならいいけど
とだけ返した。
そこから数日は何もなかった。
美咲から夜中に連絡が来ることもなかったし、真帆も特に気にしなかった。
次に来たのは、仕事が早く終わった日の夜だった。
> 起きてる?
時刻は十一時半。
真帆はすぐ返した。
> 起きてる
> 今日早いね
> 何が
> 返事
> たまたまスマホ見てた
> そっか
それで終わった。
真帆はしばらく待ったが、続きは来なかった。
何の用だったのか分からない。
暇だったのかもしれない。
話したかったのかもしれない。
美咲がどういうつもりだったのか、真帆には聞かなかった。
しばらくしてXを見ると、美咲は投稿していた。
> 誰かいるー?
すぐに何十件も返信が付く。
美咲はその中のいくつかへ返し始めた。
真帆は返信欄を少し見てから、スマートフォンを置いた。
翌朝も早い。
寝なければならない。
照明を消してから、枕元でもう一度だけスマートフォンが震えた。
美咲だった。
> おやすみー
真帆は、
> おやすみ
と返した。
そのまま画面を伏せる。
美咲は生前から人と話すのが好きだった。
それは何も変わっていない。
ただ最近、誰かと話していない時間が、前より少し短くなっている気がした。




