永遠のアイドル
あの日、彼女は死んだ。これは、僕たちから彼女に送る永遠の”推し活”の物語ー
悠斗は、奈緒と新しい部屋を見に行っていた。
今すぐ一緒に住むわけではない。ただ、奈緒の今の部屋の更新が近く、悠斗も職場へのアクセスを少し変えたいと思っていたので、ついでに二人で物件を見ることになった。
「ここ、キッチン広いですね」
奈緒が先に入っていく。
「広いけど駅遠くない?」
「十分じゃないですか?」
「毎日歩くの俺なんだけど」
「私も歩きますよ」
「じゃあいいか」
「軽」
不動産屋の担当者がそれをみて微笑む。
悠斗も気にせず部屋を見て回る。窓からの景色、収納、コンセントの位置。奈緒は日当たりを気にしていたが、悠斗はネット回線の方が重要だった。
「またゲーム基準」
「大事だろ」
「私より?」
「比較対象がおかしい」
そんな話をしながら、三件見た。
結局その日は決めなかった。
帰りに二人でラーメンを食べた。
奈緒が写真を撮る。
「載せる?」
「何に?」
「X」
「別に」
「美咲ちゃんに見せないんですか?」
悠斗は箸を止めた。
「何で美咲基準なんだよ」
「前、ラーメン食べたって話してたじゃないですか」
「よく覚えてるな」
「高橋さんが見せてきたからでしょ」
そうだった気もする。
悠斗は結局、写真は載せなかった。
美咲に話したいとも特に思わなかった。
そういう日も普通にあった。
家に帰ってからXを開くと、美咲は昼頃から何度か投稿していた。
その一つに、
> 引っ越したい人いる?
とあった。
偶然だった。
悠斗は、
> 今日部屋見てた
と返した。
しばらくして、
> え、引っ越すの?
> たぶん
> いいなー!
そこで会話は終わった。
悠斗はそのまま別の動画を開いた。
昔なら、美咲との会話が終われば、少し物足りなかったかもしれない。
今はそうでもない。
奈緒との連絡もある。
仕事もある。
友人からゲームの誘いも来る。
美咲はその全部とは別のところにいた。
そして、その場所は動かなかった。
数日後、職場の同僚と昼飯を食べていると、推しの卒業の話になった。
「来月で終わりなんだよ」
同僚はスマートフォンを見ながら言った。
地下アイドルらしい。
「急だな」
「昨日発表。無理すぎる」
「まあ、あるよな」
「悠斗はいいよな」
「何が」
「推し、卒業しないじゃん」
悠斗は少し黙った。
同僚はすぐに、
「あ、ごめん。言い方悪かった」
と付け足した。
「いや、別に」
実際その通りだった。
美咲は卒業しない。
少なくとも、普通の意味では。
年齢を理由に辞めることもない。
結婚を発表して活動を終えることもない。
事務所との契約がどうなるのかは知らないが、Xにいる美咲本人が「もうやめる」と言わない限り、誰かが強制的に卒業させられるものでもないように見えた。
同僚が続けた。
「変な話だけどさ、ずっといるんだもんな」
悠斗は水を飲んだ。
「まあね」
「最強じゃん」
「何が」
「推しとして」
同僚は冗談半分だった。
悠斗も笑った。
ネットでも似たようなことは何度か見た。
中川美咲はもう死なない。
卒業しない。
年を取らない。
炎上して活動休止することもない。
推しとして最強。
最初に見た時は、かなり嫌な言い方だと思った。
今でも好きではない。
でも、完全に間違っているとも言い切れなかった。
生前の美咲を推していた頃、悠斗にも当然不安はあった。
いつ辞めるか分からない。
人気が出なければグループごとなくなるかもしれない。
本人が別の人生を選ぶかもしれない。
だから会える時に会う。
行けるライブには行く。
そういう焦りがどこかにあった。
今はなかった。
今日返事がなくても、明日がある。
一週間話さなくても、美咲はいる。
奈緒と旅行へ行って数日Xを見なくても、帰ってから開けばまた投稿している。
それは、ずいぶん楽だった。
週末、悠斗は奈緒と家具を見に行った。
結局、奈緒が引っ越すことになった。
二人で住むわけではないが、悠斗の家からは少し近くなる。
ベッド。
棚。
小さなテーブル。
奈緒が次々見て回る。
悠斗は途中から疲れて、ソファ売り場に座っていた。
「それ売り物ですよ」
「試してる」
「十分試したでしょ」
奈緒が呆れている。
悠斗のスマートフォンが震えた。
美咲の通知だった。
画面には、
> 暇ー!
と出ている。
悠斗は通知だけ見て、しまった。
「何か来ました?」
「美咲」
「返さないんですか?」
「あとでいい」
奈緒は何も言わず、また棚を見始めた。
その夜、悠斗がXを開いた頃には、美咲のリプ返はとっくに終わっていた。
> 暇終わったー!
最後にそんな投稿がある。
悠斗は返信せず、過去の投稿をいくつか流し見した。
今日話せなかった。
ただ、それだけだった。
明日でもいい。
明後日でもいい。
美咲はずっといる。
悠斗は、何の疑いもなくそう思っていた。
翌朝。
目を覚ましてXを開く。
美咲はすでに投稿していた。
> おはよー!
悠斗はそれを見て、いつも通り一日を始めた。




