今、メメント・キミ
あの日、彼女は死んだ。これは、僕たちから彼女に送る別れの”推し活”の物語なのかも知れないー
直人が五人になったメメント・キミのライブへ行くのは、久しぶりだった。
美咲が死んでから一度も行っていなかったわけではない。何度か足を運んだことはある。ただ、どのライブでもステージの空いた場所を探してしまった。
六人だった頃の立ち位置。
美咲が歌っていたパート。
黄色いペンライト。
見ようとしなくても、勝手に昔の形と比べてしまう。
だから、だんだん行かなくなった。
五人が嫌いになったわけではない。
むしろ好きだった。
それでも、メメント・キミを見るたびに「いない」が先に来るのが嫌だった。
今回のライブも、行くつもりはなかった。
仕事帰り、何となくXを見ていると公式アカウントの投稿が流れてきた。
> 本日当日券あります!
昔なら迷わず行っていた。
直人は一度画面を閉じた。
駅のホームで電車を待つ。
次の電車まで七分。
会場まではここから三駅だった。
七分後、直人は家とは反対方向の電車に乗った。
当日券を買って中へ入る。
特別ライブとは比べものにならない、小さな会場だった。
客席も近い。
天井も低い。
開演前から少し暑い。
昔、何度も立っていたような場所だった。
美咲はずいぶん人気になったというのに、メメント・キミは相変わらずだった。
直人は後ろの方へ立った。
前方には、今のメンバーそれぞれの色が揺れている。
黄色も少しだけあった。
直人はそれを見ても、前ほど引っかからなかった。
誰が持っているのかは分からない。
美咲のファンかもしれないし、単に黄色が好きなのかもしれない。
考えるのをやめた。
照明が落ちる。
五人が出てきた。
歓声が上がった。
直人も拍手した。
一曲目は最近の曲だった。
『書を捨てよ、歌を歌おう』
美咲がいた頃には存在しない曲。
当然、美咲のパートもない。
最初から五人のために作られた曲だった。
直人は何となく聴いていた。
知ってはいる。
配信で何度か聴いた。
でも、生で見るのは初めてだった。
思っていたよりよかった。
真帆の声が強くなっている。
昔は、美咲の方が先に耳へ入ってきた。
今は違う。
真帆が真ん中に立つ瞬間がある。
別のメンバーが客席を煽る。
五人でフォーメーションが完成している。
そこに穴はなかった。
直人は途中で、そのことに気づいた。
美咲がいない場所を探していなかった。
二曲目。
三曲目。
昔からある曲も始まった。
イントロだけで客席が沸く。
直人の身体も勝手に覚えていた。
振りをする。
声を出す。
美咲が歌っていたパートは、今は別のメンバーが担当している。
最初の頃は、そのたびに胸が詰まった。
今日は普通に聴けた。
同じではない。
違うから聴けたのかもしれない。
MCで真帆が喋った。
「今日さ、暑くない?」
客席から声が返る。
「だよね! 私だけじゃないよね!」
隣のメンバーが、
「真帆だけ汗やばいよ」
と言った。
「うるさい!」
客席が笑った。
真帆も笑う。
そのまま次の告知へ行こうとして、言葉を噛んだ。
「あ、違う。来週じゃない、再来週」
また笑いが起きる。
「今日ダメだ」
真帆が自分で言った。
その瞬間、直人は昔の美咲を思い出した。
MCで噛む。
自分で笑う。
どうでもいい失敗。
以前なら、その連想だけで胸の奥が重くなった。
今日は、真帆を見て笑った。
ライブは続いた。
完璧ではなかった。
一人が振りを半拍間違えた。
マイクが一瞬だけハウリングした。
曲の終わりで息が合わず、二人が同時に喋り始めて譲り合った。
どれも小さなことだった。
数秒後には消える。
次のライブでは起こらないかもしれない。
直人は、それが妙に楽しかった。
特別ライブで見た美咲は、いつ見ても同じところで笑う。
同じところで走る。
同じ音を外さない。
映像として残っている以上、次に見ても変わらない。
目の前の五人は違った。
今日だけ、真帆が言葉を噛んだ。
今日だけ、誰かが半歩遅れた。
今日だけ、客席の声が大きすぎてメンバーが笑った。
今しかない。
直人はそこまで考えて、すぐにステージへ意識を戻した。
次の曲が始まっていた。
スマートフォンがポケットの中で震えた。
たぶんXの通知だった。
直人は取り出さなかった。
今はライブ中だった。
終盤、昔からある曲が流れた。
美咲が好きだった曲。
直人も好きだった。
六人の頃の映像が頭に浮かんだ。
それでも、目の前の五人から視線は逸らさなかった。
真帆が歌う。
客席が応える。
別のメンバーが煽る。
誰かの髪が汗で頬に張り付いている。
照明の色が切り替わる。
最後のサビで、真帆の声が少し掠れた。
それでも押し切った。
曲が終わる。
直人は両手を叩いた。
昔の方がよかったか。
六人の方が好きだったか。
そんなことを考える必要はなかった。
今日のライブは、今日のライブだった。
アンコールが終わり、客電がついた。
直人は人の流れに合わせて出口へ向かった。
会場の外へ出てから、ようやくスマートフォンを開いた。
通知は美咲だった。
ライブが始まる少し前に、
> 今日ライブの人楽しんでねー!
と投稿していた。
その下には、現地のファンから大量の返信が付いている。
直人は投稿を見た。
美咲も、今日のライブがあることを知っていた。
直人は少し迷って、
> 楽しかった
と返した。
数分歩いたところで通知が来た。
> いいなー!
直人は足を止めなかった。
駅へ向かう。
後ろでは、ライブ帰りの客が今日の曲順について話していた。
誰かが笑う。
電車がホームへ入る音が聞こえる。
直人はスマートフォンをポケットへ戻した。
五人のメメント・キミは、今日もちゃんとライブをしていた。
そして美咲も、今日もXにいた。
どちらかを消さなくても、両方そこにあった。




